絢子、顛末を知る。2
それから三日後、私は王太子様に呼ばれた。ラルフお義兄様から近い内に王太子様から招集があると言われていたので、あの呪い騒動の報告会だろう。
いつも通りに王太子様の正面に座った私は、あの時に感じたことや気付いたことを王太子様に報告した。
マルヴィナ様がラルフお義兄様と会話をしていた際に、蛸の足オブジェがクリスマスイルミネーションの如く輝いたこと。それに触れようとした時にヴィンスさんに声を掛けられて、黒い靄が発生したこと。黒い靄は私に向かって来たが、私には呪いの効果はないと念じ続けたら黒い靄の勢いが小さくなったこと。疲労がすごくてやけくそで真の術者が見付かって欲しいと強く願ったら、黒い靄が別の方へと向かった先で断末魔の悲鳴が響いたこと。
流石にクリスマスイルミネーションはわからないだろうからちゃんと通じるように言葉を選んだけれど、大体は伝わったようだ。なるほど、と王太子様が呟けば、ドウェインさんの笑顔が炸裂する。現場検証の結果と私の報告が合致したのかもしれない。本当にこの人はそういうことが大好きなんだな。研究職がぴったりの人なんだ。
「殿下、これではっきりわかりました! フィランダーは自白通り、相応しくない者を排除しようとしたんですよ。確か、ヴィンスがアーヤに声を掛けたのって、マルヴィナ嬢がヴィンスに時間をくださいとか言ってたことへの返事の途中だったんです。つまり、どうして他の女性を選ぶんだ、というフィランダーの嫉妬です」
「もしその場にいたのが私とティフであった場合でも、同じことが起こっていた可能性がある、か……」
苦虫を噛み潰したような表情を王太子様はしているけれど、ドウェインさんの説明では犯人だったフィランダー・バブスさんはヴィンスさんが好きで、ヴィンスさんがマルヴィナ様や私と会話をしているから嫉妬して……?
「え、フィランダー・バブスさんってヴィンスさんが好きなんですか?」
どうしよう、同性の女性が相手でも闇落ちしそうなほどに嫉妬したのに、男性が相手となると私は闇落ち程度で済むんだろうか。うーんと真剣に悩んでいると、視線が私に集中しているようだったので首を傾げた。
「あれ……? いや、別に偏見とかはないですけど、意外なライバルが出現しちゃったなって……あれ? 違うんです?」
「そのライバルは、二度と君たちの前に現れないからライバルにはなり得ないよ。それよりもアヤコ嬢、隣のヴィンセントが可哀想なくらい頭を抱えているから、あとでしっかりと言い聞かせられたらいい」
隣のヴィンスさんを見ると、王太子様の言う通り頭を抱えていた。多分、私がおかしなことを言ったからだろう。この様子じゃ、フィランダー・バブスさんがヴィンスさんを好きとかはないのかもしれない。私の早とちりだ。あとでごめんなさいしとこう。
「アーヤは本当に面白いよね。今の会話でどうしてそうなるのか教えて欲しいんだけど」
「とりあえず私の早とちりの勘違いってことはわかったんで、話を進めてください!」
私が語気を強めて言えば、ドウェインさんは笑いを堪えながらもごめんごめんと軽く謝る。するとヴィンスさんが眉間の皺をますます深くするから、あとで私が謝る時にまで影響がありそうで怖い。なるべくご機嫌を宜しくしてもらわないと、私が可哀相である。八つ当たり的な意味合いで。
「つまりはですね、アヤコ嬢。フィランダー・バブスはマルヴィナ嬢こそが王太子妃に相応しいと考えていたんです。そうじゃなくとも【英雄】の妻が相応しい。だから貴女と妃殿下が呪いの対象となったんですよ」
私のせいで止まっていた話を進めたのはランドン宰相だ。勘違いした私にもわかりやすく明確に説明してくれたので、今度は勘違いしなくて済むだろう。
それにしても、ただ相応しいからという理由だけで他者を排除しようとするなんてとんでもない人だ。それほどまでにマルヴィナ様が素晴らしい人だとしても、邪魔者に呪いを掛けようとするなんて普通ではない。
ぶっちゃけ、部外者は黙ってろ、と言いたい。ティフ様とマルヴィナ様が王太子妃候補で、王太子様がティフ様を選んだ。その時点で雌雄は決している。異を唱えるならその時で、お二人が結婚した後にごちゃごちゃと言うのは違うだろう。お二人の仲が悪い事実があればまだわかるけれど、つい最近この世界に招かれた私でさえ仲睦まじいと思っているのに。
それに、周囲がなにも見えていないではないか。それが一番ダメだと、私は思う。
「……ティフ様とマルヴィナ様はお友達だと聞いています。そのことは、フィランダー・バブスさんはご存知なんですよね?」
私が尋ねると、王太子様が弱々しく頷いた。
「私の妃候補だった頃も、候補同士なのに仲が良すぎると皆が言っていたほどだ。知らないわけがない」
「それなら……本当に身勝手な人ですね。ティフ様を害してマルヴィナ様が喜ぶと思ったんでしょうか。それともそんな感情は見ない振りをしてマルヴィナ様がただ王太子妃になればいいと、それで自分が満足できたらいいと思ったんでしょうか。だとしたら最低です。フィランダー・バブスさんこそ、マルヴィナ様を推す資格なんてない」
私は貴族社会のことはわからない。フィランダー・バブスさんにとって、マルヴィナ様が王太子妃になったらとてもいい影響があると考えているのかもしれない。それが本当にこの国のためであっても、私利私欲であっても、通さねばならない時限まで辿り着いていたのかもしれない。
だけど、だ。誰かのためと動いたなら、その誰かが本当にそれで幸せなのか、今一度考えて欲しい。綺麗事だと言われるかもしれないが、できればそうであって欲しい。
「そうだな……アーヤの言葉をフィランダーに聞かせてやりたいよ」
ラルフお義兄様はなにか思うところがあるのか、苦悩の表情を見せる。王太子様やランドン宰相も険しい顔をなさるので、きっと私には教えられないなにかがあるのだろう。
愉快な話をしていたつもりはないが、空気がずんと重くなった。それを払拭してくれたのは、イザベラ様だ。
「ところでお嬢さん、楽しい話を聞かせてやろうじゃないか。マルヴィナ嬢のことなんだがね、ヴィンスが……って、なんだいヴィンスその顔は」
「なにが楽しい話なんですか。やめてください、アーヤにあることないこと吹き込むつもりでしょう?」
「相変わらず狭量だねえ。私はね、お前とラルフが」
「イザベラ嬢、その話は私とヴィンセントがアーヤに説明するからやめてくれないか」
ヴィンスさんとラルフお義兄様が、言葉を遮ってまでしてイザベラ様に圧をかけている。マルヴィナ様の話なら聞きたいし聞きたくないけど、聞かなきゃやってらんねえので聞きたいんですけど。
「あの~……そのお話、聞きたい気持ちがあるんですけど……」
私が小さく挙手をすれば、イザベラ様が大変楽しそうな笑顔を向ける。するとラルフお義兄様が物凄く綺麗な笑みを私に向けた。ヴィンスさんは私の右手をしっかりと握り、イザベラ様に威嚇している。
「ほぉら、こういうことは本人の意見を尊重した方がいいんだよ!」
「だとしても、イザベラ嬢が話をしなくてもいいだろう。私とヴィンセントで説明をするので騒がないでくれないか」
ニヤニヤとするイザベラ様に、ラルフお義兄様が大きく溜め息を吐いて諦めたようだ。なんだか私の一声で意に染まぬことをさせたみたいで、申し訳ない気持ちが強い。ヴィンスさんの方を見たら、こちらも大きな溜め息。でも、だって、ほら、マルヴィナ様の話なら聞きたくないけど聞きたいに決まってるじゃない。そこの私の気持ちは汲み取って欲しい。
そういえば、とふと王太子様を見ると苦笑していた。騒がしくしていたのになにも言わないのはランドン宰相もだけど、このやり取りは容認されていたらしい。だから止める素振りも見せなかったのか。ドウェインさんだってニコニコと見守っているだけだ。
つまり、茶番だ。
「……また茶番だ」
私がぽつりと呟けば、ヴィンスさんが繋いでいる私の手を逆の手でぽんぽんとさすった。
「俺とラルフさんとで話したかったのは本当だ」
「じゃあ、今からヴィンスさんとラルフお義兄様が話してください」
そうお願いすれば、王太子様が前のめりになった。もしかして、王太子様も知らないことだろうか?
「そうだね。詳しい話は私も聞いていないから、楽しみだよ」
スンッてなったラルフお義兄様の表情をみるに、王太子様に報告していない件もあるのかもしれない。それは逆に怖いのであんまり聞きたくないなぁと思っていても、王太子様が聞く気満々だからヴィンスさんとラルフお義兄様の口は容赦なく開くのである。