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幕間:そんなことより研究がしたい ―ドウェイン・タルコット

 あれもこれも、やりたいことにやらなきゃならないことも重なって、やることが多過ぎる。もう一人自分が欲しい、と願っても僕の楽しみが半減するだけなので、その案は却下だ。

 そして、いつ訪れるかわからないけれど、僕の魔力が減少することも決定している。ヴィンスとアーヤ経由で、神様から伝えられたことだ。本当かどうかもわからないので本来ならば信じないだろうが、【聖女】と【英雄】もとい【勇者】が揃って言うのだから本当のことだろうと受け止める。あの二人が、殿下に嘘を伝える理由も見当たらないし。

 だから僕は、その時までにできるだけいろんなことをやっておきたい、のだけれど。


「あーっ。自白不可の呪いを解きたい~っ。でもやっぱり危険なんだよねー。ここから入っても……でもそれじゃやっぱり脳をやっちゃうしなぁ。それじゃあこっち……は、喉が潰れちゃうな。こっちをこう書き替えたらこっちを消して……そしたら爆発しちゃうね!」


 あはは、と陽気に紙に向かっていたら、後頭部を強く叩かれた。こんなことをするのは魔導師団内では師匠だけで、周囲の仲間たちはそっと視線を逸らしている。助けるなり師匠を注意するなりして欲しい。まあ、魔導師団の師団長相手に、そんな度胸はないだろうけど。


「なにやってんだい、馬鹿弟子。お前、何日寝てない? 睡眠不足は効率下げるって、何度言えばわかるんだろうね」


 頭を抱えながらも溜息を零す師匠だけれど、師匠も師匠で目の下の隈が酷い。それを言えば威圧と共に軽く魔法の炎で炙られてしまうので、口を閉ざしながらも不満顔だけはしておく。


「自白不可の呪いには、無暗に手を出すんじゃないよ。それよりも私はお前に、花瓶の呪具の解析を進めろと言っていたはずだよ」

「だってぇ……花瓶の呪具はもう無理ですって。なにも出ません。呪いは発動して対象を蝕み、殆ど役目を終えてるんですよ。残ってるのは術者の魔力と呪いの構築の痕跡。お粗末な呪いでも発動したのは、呪具の隠蔽効果が優れていたから……というよりは、絡みに絡まって強固だったから。それも解かれたから術者が判明した」


 この花瓶の呪具は、恐れ多くも我が国の国王陛下を呪った呪具だ。結構前に回収されていたこれは、術者の魔力の感知を遮断する魔法が正規とはまた違った形で絡まりまくって掛けられていた。僕や師匠が丁寧に剥がしても、手順を間違えず一気にしなければ元に戻るという強固っぷりに、僕はウキウキとワクワクが止まらなかったのだ。

 その研究に没頭していたのに、アーヤがこの世界に招かれてからあえなく止まってしまう。理由は様々あり、一つは僕がアーヤをいたずらにこの世界に招いたという嫌疑が掛かったから。勿論、僕はそんなことはしていない。けれど、お偉いさん方が煩くするから仕方なく謹慎という名のアーヤのお勉強の先生をしていた。それからアーヤの魔力の研究を優先してしまったことも理由の一つで、もう一つ大きなことは花瓶の呪具の感知遮断の魔法が解けたから。


「わかっているよ。ホント、【聖女】様の力はすごいね。これじゃあ、私たちの出番がなくなりそうだよ。でもねえドウィー。ラルフ軍務省長官サマが、徹底的に洗え、との仰せだよ。カスでもいいからわかったことがあれば報告しておくれ」

「はぁい、了解でーす。……でもその前に、睡眠時間の確保、してきますね」


 にっこりと笑って席を立てば、師匠の顔は引き攣っていた。怒りを爆発させる前に、退散しなければならない。すたこらと研究室を出て行けば、背中に師匠の怒鳴り声が刺さった。それでも僕はしっかりと前を向いて歩く。仲間たちが師匠を止めてくれているだろうから、ごめんね、と心の中で謝りながら。

 だって眠くなったんだもん。



 ◇◇◇



 花瓶の呪具と向き合って、何日経ったか。向き合い過ぎて日付の感覚も失いつつあり、仲間もぐったりとしている。適度に休憩をとり睡眠をとり食事をとり、それでもカスを浚ってなにかを掴まなければならない。それがきっかけとなって自白不可の呪いで肝心なことを喋ることができない彼に代わり真実を見いだせたら、魔導師団で後日酒盛りの慰労会を開催したい。勿論、騎士団長……ではなく、軍務省長官のお金で。

 そう思っていたのに、事態が急変した。新たな呪具が見付かったからだ。

 ザワザワと僕の魔力が反応する辺り、僕が呪いの対象かもしれない。いいや、僕に呪われたような感覚は一切なく、どちらかといえば絶好調だ。もしかしたら絶好調になる呪いかもしれないが、そんな呪いならばずっと掛けていて欲しい。

 その絶好調な僕は、僕自身に問い掛ける。このザワザワの感覚は、ヴィンスに近付いた時に似ていないか。


「ドウェインを呪おうとは、術者も強く出たな」


 呪具が僕の魔力に反応していることをラルフ様に告げるとそう返されるが、違う、と僕の魔力が騒ぎ出す。感覚的なものだが、いつものザワザワとは違うような気がするのだ。そうなると、呪具が呪おうとしているのは僕じゃない。僕じゃないということは――


「違います。僕じゃないです。これは……この感覚は、ヴィンス、かもしれないです」


 ラルフ様に命じられて、僕は花瓶の呪具から蔦が絡まったような置物の呪具へと向き合う対象が変わる。もしも本当にヴィンスが呪いの対象ならば、【英雄】を呪おうとした術者はどんな強者なのだろう。正直そちらにはあまり興味はないが、術者の施した呪いの方には興味がある。険しい顔をしているラルフ様にばれないように、ニヤニヤしてしまう顔を隠すのは大変だった。



 ◇◇◇



 なんやかんやあり、件の術者は無事に捕縛できた。アーヤの力を借りたことで早急に解決した。本当なら、僕や師匠をはじめとした魔導師団や騎士団の方で頑張って解決しなきゃならないんだけれど、今回はこれでよかったんだろうと思う。何故なら、呪いの対象が対象だったからだ。

 術者のフィランダー・バブスが呪いの対象にしていたのは、ヴィンスじゃなかった。アーヤと、恐れ多くも殿下のお妃様だった。どうしてそのお二人に呪いを掛けようとしたのかは、まだわからない。騎士団の方で、イアンを筆頭に尋問に特化した連中が問い詰めていることだろう。このお二人が呪いの対象なだけに、極刑は免れない。その前に魔導師団としては、僕個人としても、フィランダーの魔力や呪いに関することをいろいろと調べ上げたい。散々てこずらせられたから、その手の内を解明したい。そんな時間を、果たして殿下は確保してくれるだろうか。

 それはまず置いといて、僕は別件でうーんと唸っている。紙に書き殴っては丸める作業を続けている。まずはこっちを解決したいのだ。どうしてあの時、フィランダーの呪いは僕の魔力に反応していたのか、ということを。

 本来の呪いの対象はアーヤと妃殿下で、僕でもヴィンスでもなかった。もしかして強い魔力に反応するのかと思ったけれど、師匠も仲間たちもなにも感じてはいなかった。それならば僕の魔力が特殊で、それに反応するヴィンスの魔力もまた特殊なのかもしれない。アーヤがそばにいるとヴィンスが近くにいてもザワザワはないことは、少し研究したからわかっている。そうなると、やはりアーヤが鍵だ。

 これは面白くなってきた。可能な限り、アーヤを調べつくしたい。【聖女】ってほんと、研究し甲斐がある。


「あーでもでも、なーんか魔力が減ったような気がするんだよねー! もしかして例のアレ? やだやだ、もう少し魔力お化けでいたいよぉっ!」

「なに言ってんだい、元々お前は魔力お化けだろう」

「でもねでもね師匠ぉ! 魔力の絶対量が減少するってことは……睡眠時間が長くなるということですよ?」

「そうだね、寝てくれ」

「いやだ、寝てる時間が勿体ない! ……アーヤとヴィンスに、魔力増幅期間を延長して貰えないか神様に頼んで、ってお願いしようかな」

「馬鹿なこと言ってないで、まずは寝て来い馬鹿弟子!」


 師匠が威力の弱い氷の魔法を唱えて僕にぶつけて来る。弟子虐待やめてください。威力がヨワヨワなので防護魔法で防げるけど。

 師匠の攻撃が止んだので、一応治癒魔法を自身に掛けながらも研究室から出ようと渋々と立ち上がる。これ以上グダグダとここにいたら、師匠に今度は炎の魔法で本当に炙られてしまうだろう。『煉獄の魔女』の二つ名は伊達じゃない。だからさっきは手加減してくれて、まったく得意じゃない氷の魔法で僕をいじめたのだ。そんなところで優しさを見せないで欲しい。

 すると、師匠がしょんぼり気味の僕の背中に声を掛けた。


「そういえば、フィランダー・バブスが自白したそうだよ。妃殿下は殿下に相応しくない。【英雄】の隣にいるあの女性も【英雄】に相応しくない。自分はもっと相応しい人物を知っている……ってね」


 ――へえ、自白したんだ。自白不可の呪い、自分にも掛けておけばよかったのに。詰めが甘いヤツだなあ。

 これはまだ探る必要があるからと思って師匠にしか報告してないんだけど、フィランダーを捕縛したあの周辺にフィランダーの魔力が溢れていた。その魔力はフィランダー周辺ではなく、ある場所に集中していた。それはもう、不自然なほどに。


「……その相応しい人物って、マルヴィナ様ですか?」


 師匠が肯定も否定もしなかった。やっぱり。僕は踵を返しながらも、殿下もヴィンスもそれからラルフ騎士団長も、きっとフィランダーを絶対に許さないだろうと考えて、身震いした。

 ああ怖い、あの三人に喧嘩を売るなんて。馬鹿なところに手を出したね、フィランダー。

 学院時代に僕に突っ掛かって来ていた一つ年下の後輩が、なにを思ってアーヤと妃殿下を呪おうとしたのかの興味は、僕にはない。けれど、そんな力を持っているなら僕と一緒に健全にいろんな研究をした方が楽しかったかもしれないのに、という不満は残った。

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