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絢子、嫉妬する。2

 黒い靄の勢いが、段々と小さくなっていく。予想通り、私が念じたらそうなるのだ。聖女の力、やっぱりすごい。


「そうそう、アーヤはそうやって念じていて。アーヤの魔力が、この呪いを押し返しているからさ。それよりも……どうして今、発動した? なにがきっかけだ? 呪具が指し示していたのはこの先の通路だった。だから術者はこの場にはいない、はず。でも周囲にはいた? 距離までわかればよかったんだけど、そうじゃなかったしな……」


 ドウェインさんが早速頭脳を回転させているけれど、できれば早くして欲しい。私の魔力が黒い靄を押し返しているのは見ていてもちゃんとわかるけれど、念じれば念じるだけ段々と疲労を感じる。


「……もぉ! 真の術者が早く見つかればいいのに!」


 そうしたら、この呪いを引っ込めて貰うのに。引っ込められるかは知らないけれど、どうにかできると信じている。

 すると、黒い靄の動きが変わった。黒い靄がものすごいスピードで一直線に向かった先で、断末魔の悲鳴という言葉が似合うほどの叫び声が響いた。



 ラルフお義兄様にイアンさんとドウェインさんが呼ばれ、しばらくしてから一人の男性が拘束された状態で現れた。

 フィランダー・バブスという名の伯爵の顔には、おかしな紋様が描かれている。それはドウェインさん曰く、呪詛返しの代償、ということだった。つまりは、この男性こそが蛸の足オブジェの呪いの術者であり、ギルバート・カーライルさんに罪を着せ、私とティフ様を呪った張本人、というわけだ。


「思いの外、近くにいたな。テレンスの小隊が周囲を封鎖していたが、内側の陰に潜んでいた。なにをしていたのか、なにをしたのか、騎士団がきっちりと追及する」


 イアンさんが拘束しているフィランダー・バブスさんは、項垂れながらもブツブツとなにやら呟き続けている。


「まさかそんなに呪術が得意だとは思わなかったよ、フィランダー。学院時代は隠してたのかな? 騎士団の尋問の後に魔導師団の方でもいろいろと調べさせて貰うから、覚悟しててよね」


 嬉しそうに楽しそうにドウェインさんが言うので、これにはラルフお義兄様もパシンと頭を軽く叩く。せめて表情は引っ込めた方がよかったのかもしれない。


「イアンはウェスリーと共にこの者を連れて行け。そのまま尋問を開始してかまわん。ドウェインはこの場に残り、ロドニーと周辺の調査をしてくれ。テレンスの小隊も使っていい。あとで魔導師団からも数名派遣する。テレンス、お前はマルヴィナ嬢をアドルファス公爵の元へお連れしろ。公爵には詳細は後日必ず伝えると。それから……ヴィンセント。我が義妹を離してくれないか」


 ラルフお義兄様がテキパキと指示を出した最後、顔を引き攣らせているのはヴィンスさんが私をガッツリと抱き締めているからだ。断末魔の悲鳴が上がったと同時に腕の中に抱えられ、耳を塞がれたからだ。流石に塞いだ耳は解かれていたけれど、抱き締める行為はそのままだったからだ。


「ひっ……ひゃぁっ!」


 私はただ呆然としていたため、自分がどういう状況にあるのかわかっていなかった。慌ててヴィンスさんから離れると、そのままラルフお義兄様のそばまで駆け寄る。助けてお兄ちゃん、とは叫ばなかったけれど、そういう気分で向かえばラルフお義兄様は察してくれたのか、私をヴィンスさんから隠してくれた。


「可哀想に。ヴィンセント、我が義妹を大切に思ってくれるのは義兄として嬉しいが、程々にしてやってくれ」


 ラルフお義兄様、もっと言って。ヴィンスさんが上司に向かって不満顔を隠しもしないので、もっと強く言って欲しい。いくら婚約者であっても、まだ段階的にそれは早い。……早いだろう、婚約者になってからまだ二週間くらいしか経ってないのだから。そのペースでは私は置いて行かれると、そろそろ知ってもいいのではないか。

 騎士団のトップとナンバー2が無言の睨み合いを続ける中、イアンさんが大きな溜息を吐いた。


「団長も副団長も、そのくらいにして欲しいんですが? ヴィンスはアーヤを送っていけよ。部屋はロドニー班の連中がいるから警備は大丈夫だけど、あれだったらお前がそのまま護衛に付いとけ」


 それでいいですね、とイアンさんがラルフお義兄様に訊ねると渋々了承したので、私はヴィンスさんと一緒にスウィートルームに戻ることになる。

 ブツブツと言い続けるフィランダー・バブスさんを連行するイアンさんとウェスリーさんを見送ると、私とヴィンスさんはエスコートスタイルではなくガッツリと手を繋ぐスタイルになった。勿論、ヴィンスさんがそうしたのだ。どうやらこのスタイルでスウィートルームに戻るらしい。抗議の目を向けても効果はないけれど一応向けると、慈愛に満ちた目を返されてしまった。イケメンはずるい。

 私がボンっと顔を赤くしていると、あの、と可憐な声が聞こえて来た。そうだ、この場にはなにもわからないままに巻き込まれたご令嬢がいたのだ。そちらのケアもしなければならないのに、ラルフお義兄様とヴィンスさんに巻き込まれて遊んでいる場合ではなかった。


「あの……バブス伯爵は、少し前までわたくしと会話をしておりました。その時には特になにも……ですが、これは一体? なにがあったのです。つい先程の黒い靄やらは、一体なんだったのです?」


 マルヴィナ様の声が震えている。私でさえわかっていても本当は怖かったのだから、マルヴィナ様の恐怖心はどのくらいだろう。アフターケアとかカウンセリングとかが必要なのではないのだろうか。


「巻き込んでしまい、申し訳ない。お怪我はなかっただろうか」

「ええ……ええ、なにも。アラベラ子爵が庇ってくださいましたし、こちらのエレイン子爵が治癒の魔法を念の為と掛けてくださいました」

「それならばよかった。今日のところはテレンス・エレインに、マルヴィナ嬢を御父君の元へ送らせます。また後日改めて騎士団より謝罪に向かいますので」


 頭を下げるラルフお義兄様に、なにか言いたげな言葉を無理矢理飲み込んだマルヴィナ様は、小さく頷くと感謝の言葉を述べた。それからちらりと私に視線を向け、スライドさせてヴィンスさんをじっと見つめる。

 ――成る程、そうか。

 ヴィンスさんは軽く頭を下げると、私の背中を押してラルフお義兄様にこの場を去る旨を伝えた。


「ああそうだ、マルヴィナ様。一つだけ宜しいですか? 今日は、妃殿下とお会いしましたか?」


 私とヴィンスさんが歩き始めた頃、早速周囲を調べていたドウェインさんがマルヴィナ様に訊ねていた。残念ながら私は、マルヴィナ様の返答を聞き取ることはできなかったけれど。



 ◇◇◇



 スウィートルームに戻ると、マリーネさんが涙目になっていた。どうやらあの騒動は一瞬で城内に広がったらしい。この部屋で動けずにいたマリーネさんは、ロドニーさんの部下の皆さんが仕入れて来た情報で心を痛めていたそうだ。マリーネさんをぎゅっと抱き締めて無事を伝えると、とりあえずドレスを脱ぎたいです、という私に言葉に笑顔で応えてくれた。

 そういうわけで、コルセットいらずの簡単なドレスに着替えた私は優雅にお茶を楽しんでいる。今日は柑橘系の爽やかな紅茶と、サクサクのクッキーだ。歩き疲れとドレス疲れとあの騒動で疲労困憊の私の体に、ほどよい甘さが染み渡る。隣にヴィンスさんが座っていなければ、マリーネさんにはしたないと叱られても寝転がってしまうのに。


「あ、そうだ。マリーネさんの旦那様に初めてお会いしました」

「ええ、ブランシュのご夫君のウェスリー様も一緒だったと聞いております。夫婦共々、アーヤ様のお世話になりましたね」

「いやいや、お世話になってるのはこちらの方ですよ。でもできれば私のあれこれをあんまり喋らないで欲しいかな……」

「……夫がアーヤ様になにか失礼なことでも言いましたか?」


 マリーネさんの表情が険しくなった。もしかしたらエレイン夫妻の力関係は、マリーネさんに軍配があがるのではないだろうか。マリーネさんが年上の姉さん女房というヤツだから、テレンスさんはマリーネさんの尻に敷かれているのかもしれない。

 たいしたことじゃないから、と否定して怒りを抑えて貰うと、今日はもう私の護衛に徹するらしいヴィンスさんが紅茶のカップをテーブルに置いた。


「それで、訊きたいことは?」


 腕組みをして、何故か私に問い掛ける。なにがあったのかの詳細が知りたいのはマリーネさんであって、私は当事者だったのでヴィンスさんに訊ねることなんてないはずだ。

 しかし、ヴィンスさんの視線は真っ直ぐに私に向かっている。


「俺に訊きたいことがあるだろう。アーヤ、言って欲しい」


 私は唇を一文字にした。

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