絢子、嫉妬する。1
私だけじゃなくティフ様も狙っていたということは、純粋に腹が立つ。私のこの世界での初めてのお友達になにしてくれとんのじゃい、と脇腹でも頬っぺたでも抓って差し上げたい。それからラルフお義兄様たち騎士団にしっかりと絞られて、罪を償うといい。
そういうわけで、私は渋るラルフお義兄様やヴィンスさんを振り切って、呪具の真の術者探しに協力している。私に振り切られたラルフお義兄様を筆頭に、同じく振り切られたヴィンスさんと、イアンさんとロドニーさん、それからブランシュさんとマリーネさんの旦那様たち、ドウェインさんという布陣は、どちらかと言うと私を守る為のものだ。過剰とも思えるが、私は聖女だから、と自身に言い聞かせてこの特別編成で呪具の真の術者を捜索する。とは言っても、ヴィンスさんが持ってくれている呪具が放つ光線を辿ればいいだけなんだけれど。
そう、蛸の足オブジェはヴィンスさんが持っている。振り切った手前、自分で持ちます、と主張したけれど、頑なに渡して貰えなかった。ラルフお義兄様に目で訴えても首を左右に振られるだけで、味方をしてくれない。
なるべく蛸の足オブジェに触れさせたくはない、という気持ちはわかるつもりだ。なんせ、この蛸の足オブジェは私を呪いの対象と定めていたのだから。
しかし、よく考えて欲しい。呪具の真の術者を指し示す光線は、私が蛸の足オブジェから手を離せば消えてしまう。間接的に触れていれば大丈夫みたいだけれど、この場合の間接は、蛸の足オブジェを持つヴィンスさんということになる。つまり、私はヴィンスさんの体のどこかに触れていなければならないということになる。エスコートスタイルだと動きにくい。ただでさえヴィンスさんは蛸の足オブジェを持っているので、咄嗟の行動が適うスタイルといえば……そう、手を繋ぐ、だ。
「アーヤさん、散歩の最中も手を繋いでいたんですか?」
「なに言ってるんですかロドニーさん。お散歩の時は手は繋いでませんよ」
「は~? なにやってんだよ、ヴィンス。お前さ、散歩の時もアーヤの手を繋げって」
「そうだよヴィンス。腕を組むのもいいけどさぁ、僕は手を繋ぐ方が親密さが出ると思うんだよね」
「ちょっと、イアンさんもドウェインさんもやめてください! 今まさに繋いでるから……つないで、るからぁ……っ」
手汗が酷いことは、自分でもわかる。それなのに気にも留めずにギュッと握られるので、私のキャパは限界を越えそうである。呪具の真の術者を捜索している場合ではない。いいや、捜索中だからこそ、この程度で済んでいるのだ。
「マリーネから聞いておりましたが、アーヤ様は本当に恥ずかしがり屋なんですね」
「待ってくださいテレンスさん。マリーネさんからなにを聞いてるんですか?!」
「ああ、私もブランシュから聞いております。大変可愛らしい御方だと」
「ウェスリーさんまで……」
騎士団の第三部隊の小隊長を務めるテレンスさんは、マリーネさんの年下の旦那様だ。そしてロドニーさんの直属の上司である。それから騎士団の第一部隊の隊長を務めるウェスリーさんは、ブランシュさんの旦那様だ。二人とも奥様方から私のことを聞いているらしく、移動の最中に揶揄ってくる。
「お前たち、無駄口も程々にしておけ。ヴィンセント、方向に間違いはないんだな?」
「はい。ただ……もしかしたら気付かれたのかもしれませんね。光が指し示す方向が、何度か揺らぎました」
私は城内の見取り図なんて頭には入っていないので、どこをどう移動しているのかはわかっていない。加えてお喋りをしながら歩いていたので、注意力も散漫気味だ。ヴィンスさんと手を繋いでもいるし、余計に。もしかしたら私が安易に入ってはいけない場所を通っていたが故の配慮だったかもしれないが、なんとなく、同じ場所を通った既視感はあった。
「ドウェインはどう見る」
「そうですね……ヴィンスの言う通り、気付かれた可能性が高いと思います。あれだけ強固な呪具を作ったんだ、自分に辿り着くとは思わずに、逃げ場所も確保していなかったかもしれません」
だからウロチョロとしているんだろう。どうやら呪具の真の術者は、詰めが甘いタイプらしい。よからぬことをするのなら、万が一のことを考えて逃亡経路などを用意しておくべきだ。こちらとしてはお粗末で安心しているけれど。
それにしても、このままウロチョロと振り回されていたら私の体力が持たない。ただでさえヴィンスさんとのお散歩終わりでコルセットという名の拷問器具と決して軽くはないドレスを身に纏ったままなのだ、なけなしの体力が根こそぎ奪われそうである。私の歩幅や歩調に合わせてゆっくりと歩いてはくれているけれど、限界はそう遠くはない。
いやいや、私がいなければ呪具の真の術者を探し出せない。私の身はなんとかなっているからいいけれど、ティフ様になにかあったら後悔の念で押し潰されてしまうだろう。だから、頑張らないといけないのだ。
私が気付かれないようにそっと深呼吸をすると、ヴィンスさんが突然足を止めた。前につんのめりそうになるのをヴィンスさんに軽々と支えられると、そのまま片腕でひょいと私を抱え上げる。
――はい?
「すまない、疲れているだろう」
「わわわわわわわっ、おろしておろして……っ」
「よかったねー、アーヤ。……って言いたいところだけど、やめろヴィンス。目立つし団長が怖えから」
なにもよくないし確かにラルフお義兄様が怒っていらっしゃる。笑顔を向けているが、放たれているのは怒気だ。
ムッとしたヴィンセントさんの意味がわからないが、イアンさんの言葉に納得したのだろう、そっと降ろしてくれたので思わず安堵の息。ロドニーさんはなんだかんだ慣れてしまったのか無だけれど……いいや慣れてないから無なのか……ウェスリーさんとテレンスさんは困ったように微笑んでいる。
私の体力のことを考えて抱え上げてくれたのだろうが、大変居た堪れない。どうしてくれる、この空気。せめて断りを入れて欲しかった。
恥ずかしくて小さくなっていると、あの、と可憐な声が耳に入って来た。咄嗟に、ヴィンスさんを筆頭に皆さんが私を隠すように立ってくれる。
「職務中に失礼いたします。アドルファス公爵家のマルヴィナと申します」
チラリと覗き見れば、すらりと背の高いきりっとした女性が立っていた。
「これはマルヴィナ嬢。お久し振りですね」
「ええ、なにやら楽しげでしたので、つい声を掛けてしまいました」
ラルフお義兄様が対応しているけれど、公爵家を名乗るということは家格は同じだ。私も公爵家の令嬢となってしまったので本当はこちらからも名乗るべきなんだろうけれど、護衛の皆さんがなにもさせてくれない。
どうしよう、困った。そう思いながらもお二人の会話を聞いていると、目の端できらりとなにかが光る。あの蛸の足オブジェだ。私が念じた時のように、しかし静かに密やかにキラキラとクリスマスイルミネーションの如く光り続ける蛸の足オブジェを、誰も気付かない。
だからそっと、ヴィンスさんの右手に手を伸ばす。私が直に持てば、この蛸の足オブジェはまたなにか示すのかもしれない。
「今日はもうお忙しいとお聞きしております。ヴィンセント卿、また後日でも構いませんのでわたくしにお時間をくださいませ」
マルヴィナ様がヴィンスさんに話し掛けたタイミングだったので、正直タイミングが悪かった。
「マルヴィナ嬢、申し訳ないが……アーヤ、どうかしたか」
そのまま言い切ればよかったのに、私の行動を気に掛けたばかりに中途半端になる。声を潜めたことはよかったかもしれないが、マルヴィナ様の目にはどう映ったのだろうか。遮ってごめんなさい。
瞬間、蛸の足オブジェから強烈な光の点滅は起こらず、どす黒い靄が放たれた。それは一直線に私に向かい。
「きゃーっ!」
「アーヤ!!」
「ヴィンセント、呪具を捨てろ!」
「マルヴィナ嬢はこちらに!」
「なにこれなにこれ、呪いが一気に発動しちゃった?!」
「笑ってんなよ、ドウェイン! 魔法でどうにかならねえのかよ!」
「ロドニー、お前が小隊を率いて周囲を封鎖しろ!」
「了解しました!」
大混乱である。
私といえば、マルヴィナ様みたいに悲鳴を上げることもできずに黒い靄と対峙している。私に向っては来たものの、黒い靄はウネウネと私の周囲を漂っているだけだ。害はない、とは言えないのは、なんとなくドウェインさんの言う通りに呪いが一気に発動して私に襲い掛かって来たとわかるからだろう。ヴィンスさんが私を庇うように前に出ようとするけれど、ヴィンスさんが呪われる可能性があるので私がヴィンスさんを庇う形になっている。
「アーヤ、危険だ。前に出るな」
「ヴィンスさんこそ私の前に出ないでください。大丈夫、この呪いは私には効果はありません」
「言い切れることではないだろう!」
「私がそう念じれば、そうなるんです!」
多分だけれど、呪具の真の術者を念じて導いた時のように、念じたらできるはずだ。信じる者は救われる、ではないけれど、今はそれに掛けるしかない。
私は一生懸命に、私には呪いの効果はない、と念じ続けた。