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幕間:忠臣ラルフの忙しない日々1 ―ラルフ・マッケンジー

 そうか、と落胆した声を、被疑者に聞かせてやりたい。

 このほど騎士団が捕縛したギルバート・カーライルは、国王陛下のご学友だった。特別近しいほどではないが、にこやかに会話ができる程度には親しかった。仕事上ではカーライルが役職に就くことはなかったので、社交の場での付き合いではあったが。

 腹立たしさを腹の底に沈めて、本日の尋問を終える。一貫して、知らなかった、間違いではないか、呪ったことは認めるが違う人物だ、と言うばかりで、では一体どうして呪術を行ったのかの問いには答えられないようだった。イザベラ嬢曰くカーライル自身にも呪いが掛けられているらしいので、その影響だろう。ある一線を越えたら自白できないようになっているのだ。

 呪具はとうの昔に見つかっている。城内にあるカフェテリアを彩る、花々を生けた花瓶だった。回収した時には魔力の感知ができずに術者を特定できなかったが、いつの間にか感知遮断は解かれていた。イザベラ嬢やドウェインであっても、解くことが困難なほどに絡まっていた術だったのにもかかわらず。時間が経過したためかとも思えたが、我が義妹となった【聖女】のアーヤの力の方が有力だろう。どうせならカーライルに掛けられた呪いも解いて欲しいと思うのは、欲張り過ぎだろうか。

 ともかく、しばらくはこのまま尋問を続けなければならないだろう。別の方向から攻めたら、なにか手掛かりになるようなことを零すかもしれない。早急に解決して、陛下のお心に翳った闇を払わなければ。

 カーライル自身も、安易に呪術に手を出してしまった己を責めている。友とも呼べる仕えるべき君主を呪ったのだから。


「団長、少し休まれては? 第一部隊があとは引き受けますよ」

「ああ、すまないウェスリー」

「本当はイアンが大得意ですけどね、尋問は。しかし第一部隊にも得意な者がおりますので、お任せください」

「イアンの班だった者たちだろう? 頼りにしている。……ああそうだ、ウェスリー。ブランシュと休みを合わせたいと言っていたそうだな。一週間後はどうだ。」

「……お気遣い、ありがとうございます。団長も奥方様とのお時間を大切に、ちゃんと確保してくださいよ」


 まるでまだ新婚かのように照れるウェスリーに、それでも反撃されたので苦笑するしかない。もうどれくらい一日休みを貰っていなかったか、考えたくもないので適当に誤魔化すことにした。



 ◇◇◇



 次から次に、頭を悩ませる事態が舞い込む。グレイアム辺境伯から正式に嫡男ヴィンセントと我が義妹アーヤとの婚約の打診があったので、その返答をした矢先だった。本日は妃殿下とアーヤのお茶会が催されるのでそちらの警備に集中したかったのに、イザベラ嬢から緊急の連絡が届いたのだ。城内に、不審な魔力を感じる、と。

 すぐに動けるのは第三部隊の一部のみ。魔導師団と連携して捜索すると、外務省長官の執務室へ通じる廊下の片隅の人目に付きにくい死角に、よくわからない形状の置物があった。ドウェインがそれを呪具だと判断し、魔導師団の方で慎重に回収する。


「……ラルフ様。なーんか、すっごく嫌な予感がするんですよね」

「対象がわかるのか? それとも術者の方か」

「対象の方です。術者は案の定の感知遮断が掛かってるので今は追えません。ですが……あ~ゾワゾワする。あの呪具、僕の魔力に反応してるみたいです」

「ドウェインを呪おうとは、術者も強く出たな」


 近い内に魔力が減少すると神様に言われているとはいえ、ドウェインはこの世界随一の魔導師だ。たとえ容易く呪うことができても、解くことができない事態にはならないだろう。


「違います。僕じゃないです。これは……この感覚は、ヴィンス、かもしれないです」


 ドウェインの言葉を信じるならば、ヴィンセントを保護せねばならない。【聖女】のアーヤがいるので大事にはならないだろうが、それでもヴィンセントは【英雄】であり【勇者】だ。この世界の宝を呪いで失うわけにはいかない。


「ロドニー。ヴィンセントに私の部屋に来るように伝えてくれ。お前はヴィンセントと交代でアーヤの護衛に就くように」


 敬礼をしてすぐさま立ち去るロドニーを見送り、ドウェインに向き直る。


「早急に呪具を調べてくれ。最優先で、だ」



 ◇◇◇



 扉を叩く音で、抱えていた頭を持ち上げた。返事をすれば、イアンが顔を覗かせる。


「失礼しまぁす……って、大丈夫ですか、団長」

「見ての通りだ、としか言いようがない。それよりも、どうした」

「カーライルへの尋問の件と、今日もヴィンスとアーヤの散歩がいつもの時間からありますよ、という報告です。アチラさんはなかなか尻尾を出しませんね。アーヤが元気だと知らしめれば、別の動きをするかもと思ったのに」

「お前の案には乗ったが……同時に【英雄】に守られていると周囲に知らしめる、というのは義兄としてはいい気分ではないな」

「ヴィンスとグレイアム辺境伯家がアーヤを貰うことは決定してますから、いい加減諦めてくださいよ」


 アーヤが【聖女】だからではなくヴィンセントの心が動いた相手だから、アーヤとヴィンセントに上手くいって欲しいとイアンは願っている。アーヤの義兄としては寂しさと悔しさがあるが、ヴィンセントとイアンが王都に来たばかりの頃から知っている身としては、どうかこのままアーヤと共に幸せになって欲しいとも思う。


「それにしても、【聖女】を狙うなんて大胆過ぎやしませんか」

「ヴィンセントを狙っていたとしても大胆過ぎるが……本命を隠しているような気さえもする。カーライルからはやはりなにも出ないのか?」


 ドウェインの予想は外れた。詳しく呪具を調べてみたら、呪いの先にはヴィンセントではなくアーヤがいたのだ。幸い、彼女は【聖女】の力を無意識下に使えるためか、なんの影響も受けていない。イザベラ嬢が言うには、呪いの発動を抑止しているらしい。


「カーライルは自白できない呪いがどうにかならないと、やっぱり無理ですね。流石の俺でもお手上げです」

「やはりそうか……」

「それから……ドウェインが間違えたのは、いつものヴィンスに近付くとゾワゾワするって感覚があったから、自分じゃなければヴィンスが対象なんじゃ、って思ったからですよね。それをアチラさんは知らないとしても、アーヤを隠れ蓑にしてまで誰を呪いたいんでしょうか」


 ――たとえば、陛下。たとえば、殿下。

 ただのんびりした平和な国ならば、血腥い案件もないのだろう。騎士団や魔導師団などの軍務省も必要ないはずだ。

 しかしこのプレスタン王国は、至って普通の国だ。様々な考えを持つ人々がいて、国を導く王と王家があり、成り立っている。衝突は大小あれど、必ず起こる。いかに上手く回していたとしても、手を尽くしていても、そちらがよくてもこちらは駄目、なんてこともある。ただ少しだけ、他国よりかは平和を自負できるというだけだ。

 だから、陛下が呪われた件は有り得ることだった。もし今回は殿下を狙ったのならば、それも有り得ることだ。まさか、なんて言葉はない。

 それでも、どうか君主たる陛下を、後継となる殿下を、呪って欲しくはない。決して愚かな王と王太子ではないと、断言できるが故に。


「……杞憂ならばいいんだがな。最悪の想定をしなければならないことも、軍務省長官としても騎士団長としても、必要なことなんだよ」

「勉強になります。団長は俺の心の師匠ですからね」

「ははは。心のとは言わず弟子としてしっかり学び、いずれは防衛の要であるグレイアム領の参謀として邁進してくれ」

「それじゃあ今日から弟子を名乗りますから……と、誰か来ましたね」


 扉を叩く音に反応したイアンが応対する。私の弟子とならずとも、すでに優秀な補佐役だ。ヴィンセントが許すなら、私の補佐役になって欲しいくらいには。


「団長、魔導師団からです。新たに解明できたことがあるとのこと。詳しくは、こちらの資料に」


 イアンから手渡された資料を読むと、そこに書かれていたのは私が恐れていたことだった。イアンも魔導師団からの使いの者に説明を受けたか資料をサッと読んだのだろう、顔色を悪くしている。


「……杞憂ならばよかったのにな」

「まったくですよ……」


 早急に殿下にお会いしなければならない。状況を知りたい。イアンは命じずとも察知して、まずは魔導師団からの使いの者にイザベラ嬢とドウェインへ招集を頼んでいた。

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