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絢子、念じる。2

 今日で四日連続である。ヴィンスさんとのお城の中のお散歩の話だ。こんなに連日お散歩をしていると、野次馬の皆さんの視線にも慣れてしまった。ヴィンスさんのエスコートにも、少しだけ。

 まだ照れが残る私をエスコートするのは大変だろうに、ヴィンスさんはそれはもう楽し気にしている。ヴィンスさんが楽しいのならいいか、という気にはならない。私がまだ恥ずかしいからだ。

 キュッとなる心臓を深呼吸をして落ち着かせていると、思わずヴィンスさんの腕にしがみ付く形になった。上から降り注ぐヴィンスさんの視線が、柔らかくてくすぐったい。それを誤魔化すように、私はヴィンスさんに訊ねた。


「あの、連日お散歩に付き合ってくださっていますが、本当にお仕事はよろしいんですか?」

「まだ気にしているのか。騎士団の年中行事の会議ならば、代わりにイアンが出席している。いつぞやの罰だそうだ」

「いつぞや……まさか、あの時のですか? エル様の時の。あれは不可抗力でしたし、罰なんてやめてください!」


 しまった、と思った時には遅かった。どうやらヴィンスさんは嫉妬したらしい。ムッとした顔をして、私の頬に手の甲で触れる。


「ラルフさんから罰だと言われているが、本人にとっては罰ではない。自ら率先して代わりに出ると言っていた。……俺の心配をしていたんじゃないのか」


 野次馬の皆さんがいつもよりもざわざわする。それもそうか、こんなに嫉妬心を出している英雄様は珍しいだろう。ヴィンスさんはとってもクールというイメージを当初は持っていたけれど、私もこんな人だなんて思わなかった。


「……心配してますよ。ヴィ……ヴィンス、が、私とお散歩ばかりしていて、怒られてないか、って」


 ヴィンスさんの視線から逃れるようにそっぽを向きながら、ごにょごにょと喋る。ちゃんと伝わっているかはわからないが、私がヴィンスさんの嫉妬に不満を持っていることは伝わって欲しい。イアンさんのことも勿論心配したけど、ヴィンスさんのことだって心配なのだ。こんなに連日、私に付き合うほど暇な人ではないはず。私の護衛があるとしても、この前までは副団長の職務もきちんとしていたのに。


「それは心配いらない。アーヤとの時間はラルフさんの許可が下りている」

「そ、それなら、いいんです、けど……」


 いいや、よくはない。ラルフお義兄様の許可済みならばいいけれど、でもよくはない。それなのに私は、ふふふ、とティフ様みたいに微笑んでしまうのであった。ティフ様みたいに、可愛い微笑みではないかもしれないけれど。



 ◇◇◇



 なんとかお散歩を終えてスウィートルームに戻って来ると、扉の前でマリーネさんが待っていた。門番役のロドニーさんの部下さんたちとのお喋りを中断し、私とヴィンスさんに軽くお辞儀をする。そして、おかえりなさいませ、の言葉と共にヴィンスさんにお手紙を手渡した。


「至急、とのことです」


 なにやら難しい顔をしてお手紙を読み終えたヴィンスさんは、再び私に手を差し出す。小首を傾げながらもいつものように手を置けば、これまたいつものようにエスコートスタイルになった。疑問符を頭上にたくさん飛ばしていると、ヴィンスさんはマリーネさんに声を掛ける。


「殿下がお呼びだ。戻りはいつになるかわからん」

「承知しました。いってらっしゃいませ」


 マリーネさんに見送られ、ロドニーさんの部下さんたちにも敬礼され、私はヴィンスさんに連れられて王太子様の執務室へ向かった。その道中、ヴィンスさんは険しい顔をしていて声を掛けづらい。おそらくはなにかあったのだろうが、私に関係することなのだろう。そうでなければヴィンスさん一人で王太子様の呼び出しに応じるはずだ。

 なにかしたかな。ヴィンスさんとお散歩しているだけだな。

 心当たりはそれしかないので、あまり目立つななどとお小言を言われるのだろうか。それならば、ヴィンスさんが全面的に悪いです、と言って逃げてしまえばいいだろう。本当に、ヴィンスさんが悪いので。

 しかし、王太子様を始めランドン宰相もラルフお義兄様もドウェインさんも、それから初めてお会いする美女も、そんな雰囲気ではなかった。


「やあ、おかえり。今日の城内の散歩も楽しめたかな?」

「こちらを待たずとも、呼んでくださればすぐに駆け付けました」

「邪魔をしないようにという判断でしたが、いらぬ世話でしたか。ですが、婚約者を蔑ろにしてはいけませんよ」


 ランドン宰相に窘められたヴィンスさんは、口を一文字にする。

 そんなヴィンスさんをくすくすと笑った王太子様は、私が初めてお会いする美女を立ち上がらせた。ローブ姿はドウェインさんと同じ魔導師ということか、軽くお辞儀をされたので私もお辞儀で応えた。


「彼女はイザベラ・マージェニー。魔導師団の師団長であり、ドウェインの師匠だよ」

「お初にお目にかかります、【聖女】のお嬢さん。とはいっても、私は初めてではないんですけどねえ。ドウェインと一緒に、一番初めに貴女の魔力の流れを確認したのはこの私さ」

「えええ、そうなんですね。ええと、私は初めまして、ですね。アヤコ・ツカハラ……マッケンジー、と申します」


 イザベラ様に握手を求められたので応じながらも名前を名乗る。この名前も、なかなか慣れない。正式にマッケンジー家の令嬢になってから数日経つが、名乗る機会もなかったので今日が初めて自ら名乗ったのだ。たどたどしく名乗ってしまったからか、イザベラ様はきょとんとしている。


「あっはっは、可愛らしいねえ。ラルフの義妹もヴィンスの婚約者も勿体ないくらいだ」

「おっと、イザベラ嬢がなんと言おうと、アーヤは既に私の義妹だよ」

「アーヤの婚約者の座を他に譲るつもりはないんですが」

「おお、こわいこわい。別にお嬢さんを私の義妹にしてドウィーの婚約者にしようだなんて考えちゃいないさ」

「師匠、僕を巻き込むのやめてくれません?」


 愉快に笑っているイザベラ様を笑顔で睨むラルフお義兄様と、しっかり睨んでいるヴィンスさん。彼らの親愛は本当に嬉しいけれど、私のキャパが限界なのでそこまでにして欲しい。本当に、何度も言うけれども、慣れていないので羞恥で爆発してしまう。

 ドウェインさんが溜息交じりにイザベラ様を諫める。心底迷惑、という表情に申し訳なさがいっぱいになる。


「そんなことより、はーい皆さまご着席くださーい。こちら、世にも珍しい最高級の呪具でございまーす」


 呆れ顔をしながらも布に包まれたなにかをローテーブルに置いたドウェインさんが、その布を取り払いながらも紹介する。私は王太子様の正面という定位置にヴィンスさんのエスコートで座らされながらも、そのなにかをジッと見た。置物だろうか、宝石が散りばめられているオブジェだ。絡み合った太い蔦が下から上へと伸びているので、見ようによっては蛸の足だ。

 その蛸の足のオブジェに惹かれるように、手を伸ばす。すると、ヴィンスさんが慌てた様子で私の腕を掴んで引き留めた。


「無暗に触れようとするな、呪具だぞ!」

「ぅわっ、はいっ! ごめんなさい!」


 蛸の足のようだが、彫ってある模様や宝石類が綺麗だ。じっくり見たい、と思ってしまった私を、ヴィンスさんが叱る。確かに呪具と言われたのに、気にしなかった私が悪い。


「なにもないな? ドウェイン、アーヤを確認してくれ」

「わー、過保護~。大丈夫だよ、触ってももうなにも起こらないみたいだから」


 私が悪いから、私の手を確認しまくるのはやめて欲しい。額に手を当てて熱の確認とかする必要はあるのだろうか。顔を覗き込むのもやめて欲しい。イケメンの顔が近くにあり過ぎるから距離を、キョリを、きょりを、とって!


「顔が赤いじゃないか。熱はないようだが……」


 本っ当に、やめて欲しい。


「おい、ラルフ。コイツの吹っ切れ加減にドン引きしてるんだが?」

「よくも義兄の前でそのようなことができるなと感心しているよ」

「婚約者同志、仲が宜しくて結構じゃありませんか。でもそろそろ本題に戻らないと、アヤコ嬢が可哀想ですね」

「そうだね。……ヴィンス、彼女は大丈夫だからその辺にしてあげて」


 王太子様のひと声で、ヴィンセントさんは渋々私を解放してくれた。よかった、羞恥心で死んでしまうかと思った。そう安堵していたら、ヴィンセントさんにしっかりと手を握られる。どうしてなの。

 まるで死んだ魚の目をしたドウェインさんが、蛸の足オブジェを片手で持ち上げてゴッホンと咳払いをする。


「あのね、アーヤ。こっちに集中して。この呪具にね、アーヤの魔力がまとわりついてるんだ」


 ポカンとする私を許して欲しい。情報が少なすぎて憶測にすぎないが、私はその呪具を使用した容疑者なのだろうか。まさかの展開に、頭はなにも追い付いていない。ポカンとし続ける私の手を、いつの間にかヴィンスさんは離していた。

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