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アラフォーですが、異世界転移しました。  作者: 嶽音羽
第一部 アラフォー聖女と英雄
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幕間:【勇者】となった幸運に ―ヴィンセント・グレイアム

 退出するアーヤたちを見届けて、大きな溜息を零したい衝動にかられた。それをなんとか飲み込んでいると、扉を叩く音がして魔導師団の師団長が入室する。ここから先は、機密事項。


「……ねえヴィンス。僕の魔力が減少するのはいつなのか、神様から聞いた?」


 ドウェインが防音の魔法をこの部屋に掛け直すと、不満そうに訊ねた。エル様からの伝言を、一連の報告と共にドウェインには伝えてある。


「いいや。もうすぐ、とだけだ。詳しくはなにも仰らなかった」

「なんだい、ドウィー。お前の魔力が減少するのかい? それは愉快な話だね」

「なんにも愉快じゃないですよ、師匠! 本当に減少したら、師匠と共同で研究しているアレ、失敗するかもしれませんよ!」

「それもまた一興。お前がいなくとも成功するように、また研究を始めたらいいだけの話さ」

「え、もしかして僕、クビですか……?」


 フッと妖艶な笑みを浮かべた師団長は、そんなことより、と王太子殿下に向き直った。ドウェインは顔を蒼くしたままだが、内輪の話は後回しにして貰いたいので今は放置だ。

 師団長は数枚の紙を王太子殿下にお渡しする。王太子殿下はサッと目を通すと宰相閣下に紙を渡し、一つ息を吐いた。


「確かに、アヤコ嬢の魔力で間違いないんだね」

「ええ。ドウェインと私できっちりと確認しましたよ。もっとも、私はドウェインからの情報を元に精査しましたので、その情報に間違いがなければ、ではありますが」

「ちゃんとした情報ですよ! ちゃーんとアーヤの魔力の流れを確認して、明確化した結果をマージェリー師団長に提出しました! 疑うならマージェリー師団長も独自に調査したらよかったんですよ!」

「ああもうお前は本当に昔から煩いね。少しは黙ってられないのかい」

「師匠が煽るからでしょーが!」


 ドウェインは俺の右斜めに一人掛けの椅子に座っている。アーヤは俺の左隣に座っていた。そのアーヤは退出済みだ。そして入室した師団長は、唯一空いているアーヤが座っていたそこに座っている。つまり、この師弟のやり取りは俺の左右で行われている。

 そっと両耳を手で覆うと、正面の王太子殿下とラルフさんがなんとも言えない表情をしていた。同情するのならば、左右の騒がしい師弟を止めて欲しい。


「マージェリー師団長、その辺にしてあげてください。ドウェイン師も冷静になるように」


 流石は宰相閣下だ、じっくりと読み込んでいた報告書から顔を上げると、ぴしゃりと言ってのける。バツが悪そうな顔をしたドウェインは兎も角、不満そうにしている師団長には効果があったのかは定かではないが。


「それで、アヤコ嬢の魔力……神聖な力と言った方がいいでしょうか、その影響で陛下の病が快復に至ったとマージェリー師団長は判断するんですね」

「そうでございますよランドン宰相。陛下の病は侍医が快復したと診断済みなのも、あれは医者には無理で魔導師でも可能性は低いこともご承知のはず。それなのに陛下は快復したんですよ。一番可能性があるのは、彼女の力によるものだと判断出来ます」


 王太子殿下の御父君、この国の国王陛下の体は病に蝕まれていた。徐々に体力を奪われて倒れ、目を覚ました時には左目の視力がなくなり右足が動かなくなっていた。そのために王太子殿下に王位を譲る準備を早め、今や公務の半分以上を王太子殿下が担っている。

 王太子殿下がすぐに王位に就かなかったのは、陛下の親心だ。幸い病は陛下の聡明さを奪うことなく右目だけでも機能しているので、そのお体が少しでも動く内に少しでも上層部を綺麗にしておきたかったのだ。

 その病が治癒されたのは、師団長やドウェインが調べるでもなくアーヤの力によるものだろう。エル様が言うように存在するだけでこの世界に神聖な力で包まれるなら、その影響で陛下の病が快復したのだ。


「……わかった。どうやら父上は相当しぶといらしい。まったく……いつまでも子供扱いしていないで、のんびりと隠居なさればいいものを」


 二人の会話で、王太子殿下はほっと息を吐かれた。憎まれ口を叩いてはいるが表情はどこまでも穏やかで、慈愛に満ちていた。快復した要因がアーヤの力だと確定して、安堵されたのだろう。そしてなにより、心より父王を想っているのだろう。


「折角ですので、お元気になられた陛下に掃除をしていただけばよろしいではありませんか。マッケンジー公爵家も力になりますよ」

「なんだい、ラルフ。お前、随分と古狸が板について来たじゃないか」

「失礼な、私は善良な狸だよ。そうですよね、殿下」

「あはは、確かに公爵は善良な狸だよ。ランドン侯爵家も善良な方だと私は思うのだけれど?」

「いいえ、殿下。私は古狸側ですよ。あの件の処分を武のマッケンジー公爵にしていただくよう、殿下に進言しようと思っておりますので。陛下に呪いを掛けた愚か者を野放しにしていては、宰相の肩書きが廃れてしまいます」


 それまでの穏やかな空気が一変し、ぞくり、悪寒がする。宰相閣下が凍えた目をしたからだ。ドウェインなんかは自らの腕をさすっているが、師団長も流石に顔を引き攣らせたようだ。それから、王太子殿下。このお方はいつも通り微笑んでいる。それが却って、怖い。


「そうだね。……マッケンジー公爵、お願いできるかな」

「仰せの儘に」


 恭しく頭を垂れたラルフさんは、しんと静まった空気を壊すためなのか一つ咳払いをした。それから何故か俺を見てにっこりと笑い、そういえば、と声を掛ける。


「イザベラ嬢、この度ヴィンセントに婚約者ができてね。私の義妹なんだ」


 思わず咳き込んだ俺を、誰も責めないで欲しい。


「……ほう。お前、念願の義妹がヴィンス如きに奪われてもいいのかい?」

「むしろ、ヴィンセントほどの男でなければ可愛い義妹を嫁がせる気なんてないさ」

「同じ【英雄】ならウチのドウィーもそうだが?」

「あ、その話なら僕は本当は【英雄】じゃないんですって。魔力も減少するし【英雄】でもないし、【聖女】のアーヤには釣り合わないですよ」


 ドウェインが明るく言っているが、師団長の眉間に皺が寄った。なんだかんだ弟子のドウェインを可愛がっている人だ、その反応もわからんでもない。だけど立ち上がってドウェインのそばまで向かい、襟首を掴んで揺さぶらなくてもいいだろう。どうして悔しがらないんだい、と詰めるのは、それはそうだなとは思うが。


「まあまあ。落ち着いてください、マージェリー師団長。結果的にドウェイン師がそうなってしまうから、ヴィンセント卿が最適なんですよ」


 アーヤがこの世界に存在するだけで神聖な力が発動するなら、存在を秘匿し続けるのは困難だ。なにも影響がなければアーヤを自由にさせてあげられただろうが、目に見える形で奇跡が起きた今、それは悪手だろう。箝口令を布いてはいるが、それも限界がある。それに今回の俺とアーヤが消えてしまった件は、騒ぎが少し大きくなった。なにも気付いていない振りをしていた古狸たちが、ここぞとばかりに動き出すかもしれない。陛下のお命を狙ったように。

 彼女のためにもこの国のためにも、今必要なのは後ろ盾だ。ラルフさんの義妹というだけでは少なくともこの国の貴族や友好国の王族や貴族にしか有効ではなく、俺の婚約者だとこの世界の誰にでも通用する。マッケンジー公爵の義妹という肩書きを得なくても構わないが、俺の婚約者の立場は得なければならない。

 王太子殿下も宰相閣下も、当初は楽観視していたのかもしれない。驚異のないこの世界に、【星の渡り人】が理由もわからず招かれたのだから。【星の渡り人】とは本来ならなにかある時に招かれるが、なにもない時に招かれたら()()()()()のでは、と考えたのだろう。だから無理矢理縛ろうとはなさらなかった。俺とアーヤの婚姻を無効にしたのがなによりの証拠だ。それなのに今更結婚を強いるのは、段々と影響が出てきたうえでの最良の選択をした結果なのだ。


「……ヴィンスはそれでいいのかい?」


 師団長の問いは、そのままアーヤへと届けたい。彼女は本当に、それでいいのだろうか。


「ヴィンセント。お前はさっき、アヤコ嬢の前で政略結婚なら受け入れると言ったな? 此度の件、どう考えても政略結婚だ。彼女は【星の渡り人】ではあるが、この国どころかこの世界の住人でもないアヤコ嬢を我がマッケンジー公爵家が保護してこの国の民とし、【英雄】のお前と婚姻を結ぶ。【聖女】はこの国に根付き、代々騎士団の団長を輩出するマッケンジー家にとっても屈強な兵を抱える辺境のグレイアム家との縁談は有益でしかない」


 そう言われてしまえば、抗議の一つもできない。もっとも既に決定事項なので口を挟む余地などないが、アーヤへの罪悪感は拭えないけれども。


「ヴィンス。私もティフとは初めは政略有りきだったよ。けれど、私は欲張りでね。自分ごと、彼女と幸せになりたい。そのために精進しているつもりだ」

「私も政略結婚だ。むしろそうでない貴族の方が少ないだろう。だが私は妻と出会えて幸せだと思うし、妻もそう思ってくれていると信じている」

「私の場合はどちらかと言えば恋愛結婚なので参考にはならないでしょうが……一つ言えるとすれば、これから先、ですよ」


 この場にいる既婚者は、王太子殿下と宰相閣下、それからラルフさんだ。三人とも夫婦の仲は良く、とても真摯に伴侶と向き合っているのだろう。……そうか、逃れられないのならば、考え方を変えるべきだ。彼女は勿論、自分自身も彼女といて幸せだと胸を張れるように。

 両手を上げ、降参の意を伝える。すると、それまで黙っていたドウェインがこれ見よがしに溜息を吐いて見せた。


「はいはい、これでヴィンスの完全敗北。ガッチガチに固めてやらないと飲み込めないなんて、柔軟さがなくなり過ぎじゃない?」

「ドウェインの言う通りだ。むしろアヤコ嬢に好意を持っているならば、喜んで飛び付けばよかったんだ。イアンから聞いているぞ、積極性に欠けて困っている、と」

「おやおや、随分とヘタレだねえ。あれこれと連れまわせないなら、騎士団詰め所のそばの花壇でもいいからデートでもしな」

「私でよければ、いくらでも恋愛の相談に乗りますよ。これでも私、何組かの夫婦の仲を取り持ったことがあるんです」

「あはは。みんな、あんまりいじめないであげて。こんなでも、この世界の【英雄】であり【勇者】であり、私の剣の師でもあるんだから」


 頭を抱える俺に対して、棘のある言葉ばかりが飛んで来る。それらを甘んじて受け止めて、アーヤを大切にすることを秘かに誓った。

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