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絢子、名付ける。4

「ひどい……こんなあつかいはじめて……わたし、かみなのに……」


 は? 神じゃなくて紙なんじゃないんですか? ペラペラの紙でしょ、絶対に。

 半泣きのおふざけ様改めペラペラの紙様は膝を抱えて座っている。ちょっと前までのヴィンセントさんスタイルだ。そのヴィンセントさんは私がペラペラの紙様を攻撃したためか、ふて寝スタイルから復活している。ちょっとだけ私に対して警戒している気がするけど、矢鱈滅多に捻り散らかすワケじゃないから警戒心を解いて欲しい。怖くないから。大丈夫だから。

 でもまあ、必殺技ができて強い心を得てしまったので、言わせて貰いますけれども。


「今度そんなフザケたお節介という名の押し付けをするなら、次も容赦なく捻ります。脇腹と言わず、全身」

「全身はイヤっ……!」

「俺は一応は貴族なので見ず知らずの令嬢と結婚する覚悟は、まああるが……アーヤには酷だということは理解している。そういうことは彼女の意思を尊重して欲しい」


 流石はヴィンセントさん。真っ当なことを言ってくれて、私に寄り添ってくれて、本当にありがたい。どこかのペラペラの紙様に爪の垢を煎じてやって欲しい。

 だからだろうか、神秘的な暫定神様だった頃はかしこまっていたヴィンセントさんなのに、口調が元に戻ってる。敬うほどの相手ではないと判断したんだろう、ざまあみろ。


「うー……わかったよ、わかりました! じゃあ好きに生きたらいいよ。君は【聖女】だから、この世界にいるだけで世界中を平穏に包み込むだけの神聖な力が行き渡るんだ。だから【星の渡り人】は一様にこの世界に根付いて貰ってるんだけど、徐々になにかしら影響が出て来てるんじゃない?」


 そうは言われても、特にはなにも感じていない。どういう影響があるのかわからないけれど、私の知らないところでなにか起こってるのだろうか。

 すると、ヴィンセントさんがなにやら難しい顔をし始めた。――なにか、あるんだ。


「そう、それも()()なんだよ、ヴィンセント・グレイアム。だからね、【聖女】のことはちゃんと大事にしてね」


 にこり、と笑ったペラペラの紙様は、おもむろに右手を高く上げる。すると、途端に真っ白な光に包まれた。この不思議な空間に引き込まれた時と同じだ。眩しくて目を開けていられない。両手で顔を覆い、なるべく光を見ないようにする。次第に光が和らいだ気がしたから手を外してゆっくりと目を開けると、そばにはヴィンセントさんがいた。

 ――それから、地面に付くほど長い銀色の髪をした綺麗だけど性別不明のペラペラの紙様も、いた。


「いやなんでだよ! 元の場所に戻さないのかよ!」


 思わずツッコミを入れたのは、もはや仕方のないことだ。


「……」


 ほら御覧なさい、ヴィンセントさんが無の表情をしている。


「ごめんごめん、本当は元の場所に返してあげようと思ったんだけどね、お願いがあったのを忘れてたんだ」

「脅威が来る予告とかそういうやつですかっ?」


 多少苛立った口調なのはペラペラの紙様のせいであって、私は悪くない。私の言葉にハッとしたらしいヴィンセントさんが真剣な顔をするけれど、そんな顔をしてもペラペラの紙様が瞬時に無に返しそうなのでやめた方がいいと思う。


「違うよ。あのね、わたしに名前を付けて欲しいんだ」

「名無しの権兵衛でいいんじゃないんですか」

「……アーヤの世界ではそういう名前が流行っているのか?」

「違います。名前がない人を指す総称みたいなものです」


 権兵衛って名前が流行っていた時代もあるかもしれないけれど、一般的には名前がない人の総称だろう。やっぱり気が抜けるようなお願いだったので再び無の表情になったヴィンセントさんには悪いけれど、流行りではないので否定させて貰う。

 そうか、と力なく呟くヴィンセントさんがしょんぼりすると、ペラペラの紙様はペラペラの紙様でぶすくれている。


「もっとちゃんとしたの付けてよ~。あのね、わたしって別に名前なんて必要なかったの。神様って呼ばれるだけで十分だったんだよ。それなのに君がさぁ、謎の人だの愉快な人だの、挙句には不審者とかおふざけ様とかペラペラの紙様とかで呼ぶから、名前が欲しくなっちゃったんだよ。だから責任取って、ちゃんとした名前を付けて」


 待ってください、待って待って。久し振りに待ってと言ってる気がするけど、待ってってば。

 え、口に出してた? 謎の人とか愉快な人とか、言ってた? ペラペラの紙様とかヴィンセントさんの耳にも入ってた?

 サーっと血の気が引く。ヴィンセントさんのビックリした顔がこちらを見ている。その反応で私の口が滑っていた事実はないっぽいことが察せられたけれど、だったらどうしてこの人は――

 よし、松島権三郎はどうだろう。私が小さい頃にお気に入りだったぬいぐるみに付けてた名前で、そのことを誰に話してもなんでだよってツッコミが入った名前だ。お前は塚原だろう、松島ってどこから出て来た。そう言われまくった名前だ。


「松島権三郎もちょっと……」


 だったら前田庄左衛門はどうかな。これも私のぬいぐるみの名前。権ちゃん庄ちゃんはずっと仲良しの親友くまさんだ。


「前田庄左衛門も無しだよ、ナシ!」


 ――そうか。


「ヴィンセントさん大変です。この人、私の思考を読んでます」

「マツスィマゴン・ザブルォーとやらもマエドゥアショー・ザエェモンも、アーヤの思考を読んでのことか……?」

「そう! だってその名前は私が小さい頃にぬいぐるみに付けてた名前ですから!」


 なんかヴィンセントさんの発音おかしいけど、今はそれどころではない。私がそう判断すると、ヴィンセントさんが思案する。


「……ヴィンセント・グレイアム。君の妹のお人形の名前、ミミィっていうんだね。でも私の名前にするには可愛らし過ぎるかな」


 まさか、ヴィンセントさんの思考も読まれて……?

 ニヤリ、笑うこの人のことを、正直舐めていた。謎の人で愉快な人で、神様っぽいけどポンコツで、段々神様らしく見えて、でもふざけるしぺらっぺらな紙みたいだし、だから脇腹だって思いっきり抓った。

 もしも名前のことを思い出さずに元の場所に戻されていたとしたら、きっと永遠にこの人を軽く扱っていたかもしれない。危なかった。変で愉快でふざけまくったペラペラな自称神でした、なんて言い触らしていたかもしれない。それなのに、自分でもなんで思考を読まれてやっと理解するんだよってツッコミを入れたいけれど、今になって完璧に理解した。

 この人、本当に神様なんだ。


「……数々の無礼、大変失礼いたしました」

「申し訳ありませんでした」


 私とヴィンセントさんが揃って深く頭を下げる。思い返せばなんて失礼な態度だったんだろう。


「いいよ、面白かったし。気にしないで。ねえそれよりさ、わたしの名前、ちゃんと考えてよ」


 本当になにも気にしていないという笑顔を向けるので、少し気が楽になった。よかった、不敬罪とかで罰せられなくて。ノリが軽過ぎるから、簡単に許してくれたのかもしれない。それとも神様ってすっごく寛容ってことだろうか。

 それにしても、名前、ね。松島権三郎とか前田庄左衛門とかはお気に召さないのはなんとなくわかる気がするけど……だって世界観に合わないしね……どういう名前がいいのだろう。

 うーんうーんと考えても、横文字系の名前はパッと思い浮かばない。それに名前の意味とかあるだろうし、安易に神様に付けてはいけないだろうし……あ、そうだ。


「エル、は如何でしょう? 私がいた世界の私が住んでいた国の言葉じゃないんですけど、神という意味があるってなにかで読んだ記憶があります」


 天使の名前は、エルで終わっていることが多い。神の使いだからという理由だったはずだ。この人が神様なら、相応しいとは言えないけど名乗ってもいいような気がする。

 すると、何度かエルと繰り返し呟いた神様は、満面の笑みで頷いて見せた。よかった、気に入ったみたいだ。


「うん、気に入った。エル……いい名前だね。ありがとう、大切にするよ」

「神という意味ならば相応しいな。エル様、改めて大変失礼いたしました」


 ヴィンセントさんがもう一度深く頭を下げるので、私も同じようにする。

 そんな私たちに苦笑したエル様は、再び右手を高く上げた。この仕草をするのなら、また眩しいほどの光に包まれるのだろう。覚悟してぎゅっと目を瞑り、エル様とのお別れの時を待つ。


「さてと、用件はこれですべて終わったよ。ああ、そうだ。アヤコ・ツカハラ……アーヤ、だっけ? この前は申し訳なかった。熱が出たのは、最終調整みたいなものだったんだよ。もう大丈夫だから、この世界を満喫して欲しい。……それじゃあまた会おうね、ばっいばーい!」

「え? は?! あの高熱ってそういう原因だったんです?!」

「アーヤ、目を閉じろ!」


 思わず目を開けてしまっていると、ヴィンセントさんの言葉と同時にあの真っ白な光に包まれる。三回目であっても、やっぱり眩しくて目を開けていられない。両手で顔を覆い、なるべく光を見ないようにする。次第に光が和らいだ気がしたから手を外してゆっくりと目を開けると、私とヴィンセントさんは今度こそ元の場所に戻っていた。

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