絢子、名付ける。3
どうやらヴィンセントさんが勇者だったそうです、わーすごい。
私が、へえ、とあんまり感動もなく零したら、神様らしき人がまた感情豊かにプンプンと怒る。
「なんでそんなに他人事なの! 普通は【聖女】と【勇者】が同時にこの世界に存在するのはおかしいことなんだよ?!」
「そんなこと言われましても、だったら私を召喚しなければ同時に存在することはなかったんじゃ?」
「……あれ、そうだね?」
ダメだこりゃ。この神様っぽい人、神を自称してるけどすごくポンコツだ。憐れんだ目で見ていると、神様っぽい人改め自称神でポンコツさんはブツブツと考え込み始めた。その間に、私はヴィンセントさんに確認する。
「で、えーと、ヴィンセントさんって、勇者なんですか?」
「聞かれても返答に困る。そもそも【聖女】は勿論だが【勇者】も招かれる存在。この世界で誕生したことは、一度もないはずだ」
「じゃあ違うんですかね?」
「おそらくは」
ヴィンセントさんは英雄って言われてるんだし、今更勇者にジョブチェンジしてもあんまり変わらないだろうし、不都合な点はないとは思う。けれど、自称神でポンコツさん的にはなにかあるんだろう。考えがまとまったようで、出会ってから初めての真剣な顔をされてしまった。
「いや、違う。この世界に、同時に存在するのがおかしいんじゃないんだ。えっと、最近わたし、ちょっと疲れてて色々ミスしちゃうんだよね。だからえーと、この世界じゃなくても【聖女】と【勇者】が同時に存在するのはおかしい、が正解。たとえ他の世界だろうが、同時はあり得ない。何故なら、このわたしが【聖女】も【勇者】も選出しているのだから」
そうなの? という意味を込めてヴィンセントさんを見るけど、ヴィンセントさんもわからないみたいで首を傾げられてしまった。
自称神でポンコツさんは、続ける。
「わたしはね、【聖女】や【勇者】を選出するだけではなく、補佐する役割……【英雄】も選べる。【英雄】はわたしが蒔く種を所持しており、脅威の内容に応じてその中から選ぶんだよ。今代は【聖女】を選んでいたから、次に【英雄】を選ばなければならなかった。数多いる中でわたしが目を付けていたのが、ヴィンセント・グレイアム。しかし君の持つ種が大きく育ち過ぎてしまい、【英雄】ではなく【勇者】としての力を得てしまったんだ」
さっきまでの親しみ易さが完全になくなった。纏う雰囲気も神秘的な、まるで常時開放していないご神体を見られた時のような……たとえがおかしいな……とにかく神々しい空気だ。表情や仕草にも子供っぽさはなく、こちらの方が元々の姿なのだろう。疲れていてミスが多いと言っていたから、ストレスでちょっとネジが外れてたのかもしれない。そういうことはよくある。私もよくそうなった。
それにしても、自称神でポンコツさん改め暫定神様の言葉に、一番驚いているのはヴィンセントさんだ。内容は簡単に言えば、英雄が謎の力で勇者にレベルアップした、で済んでしまうけど、前代未聞のことが自分自身に起こってしまったらそりゃ驚くだろう。
「……それで、俺は――私は如何様にすれば?」
「そこなんだけど。君はしっかりと【勇者】の使命をこなしている。十五年前の魔竜を倒した功績があるだろう。【勇者】の補佐役の【英雄】も君と同様に勝手に選出されたけれど、ちゃんと仕事をしてくれたしね。解決してくれてよかったと思っているよ、ありがとう」
ええと、勇者にレベルアップしたヴィンセントさんと同じように、ドウェインさんも英雄にレベルアップしたのだろうか。本当ならドウェインさんは英雄の肩書きはなく、今よりも魔力が少なめの研究大好きなただの魔導師だったんだろう。……いや、元々魔力が多くて強い人だったはずだ、あのドウェインさんならなにか功績を残しそうだし。
私がドウェインさんのことを考えていると、いつの間にか優雅なお茶の席が消えていた。真っ白い空間の中、すごく綺麗な所作で暫定神様にお辞儀をされたヴィンセントさんは、片膝をついて応える。私といえばどうしたらいいかわからず、慌てて立ち上がってぺこりと無様な姿でお辞儀するしかできなかった。ここにブランシュさんがいたら減点されるくらいの不出来だった。
そんな私のことを気にしないでいてくれる暫定神様は、にこり、とティフ様以上と思うほどの優雅な笑みを浮かべた。けれど、次の瞬間には少し困ったような表情をして、だけど、と続ける。
「……だけど、そのせいで宙ぶらりんになっているのがそこにいる【聖女】のアヤコ・ツカハラでーす!」
キャー、と叫ばれても困るんですが?! さっきまでの神聖な感じの雰囲気はなんだったの! 見てよ、ヴィンセントさんなんて格好良く跪いていたのに、両膝抱えて小さく蹲ってるじゃない! 小さいと言っても体が大きいから小さくはないんだけど!
大きな溜め息を吐いて顔をうずめているヴィンセントさんは、取り敢えずそっとしておこう。それよりも、その宙ぶらりんになっている聖女こと私を、この暫定神様改めおふざけ様はどうしたいのだろう。
「じゃあ私はどうしたらいいんですか! どうせ宙ぶらりんならこの世界に招かなくてもよかったんじゃないんですか?!」
「あれ、元の世界に帰りたいとか思っちゃう? そういう感情って、わたしが招いたと同時に薄まるようにしてあるんだけど」
「どうしてです?」
「郷愁があれば余計にツラい思いをさせちゃうから。【星の渡り人】は一様に、この世界に根付いて貰っているからね」
「……つまり?」
「つまり、元の世界に帰る方法はない。たとえ私の力を持ってしても、ね」
……なるほど。そう断言されても、私には絶望とかそういう感情があまり沸かない。お母さんたちにはもう会えないのか、ちょっと寂しいな。その程度だ。最初から帰れると思ってなかったとか、そういうのではない。おふざけ様曰くのそういう感情が薄れる魔法かなんかが、私に掛かっているからだ。
多分だけれど、最初の王太子様たちとの話の場で気持ち悪さを感じたあの時は、感情が薄れる魔法とそういう思いがぶつかり合っていたんだろう。だから気持ち悪くなったのだ。
「わたしに選ばれた時点で、君がこの世界に招かれることは確定していたんだ。ただ、さっきも言った通り予想外のことが起こったからね。君をいつこの世界に招いたらいいのかわからなくなって、今になった。わたしの判断ミスだ」
ごめんね、と親しみ易さが復活した困り顔で謝られる。そんな風に謝られても、とにかく私はこの世界でどうあるべきなのか、ただそれだけだろう。
脅威のない世界。否、脅威は既に勇者と英雄によって取り払われて平和になった世界。そこに聖女の役割はどこにも見出せないだろう。この世界に来ることが確定している、という項目さえなければ、たとえ星の渡り人に選ばれたとしても元の世界で生きていられただろうに、それすらもできず。
「……なるほど。確かに宙ぶらりんですね。そりゃ、どうすればいいか判断に困ります」
「そう、そこでわたしが考えたのが、じゃあ【勇者】とラブラブになったらいいんじゃないかな、ってこと! だからお風呂に入ってるところに召喚したんだよ、褒めて褒めて!」
頭が痛くなってきた。敢えて言おう、頭痛が痛い。だからキャーキャー叫ぶんじゃないよ、おふざけ様。ほら見てみなさい、ヴィンセントさんなんてゴロリとふて寝スタイルになってるじゃない。私だってヤンキー座りでお酒でもかっ食らいたいわ。
こめかみをグリグリして頭痛を紛らわしていると、無邪気な笑顔でおふざけ様はふざけ続ける。
「だって【勇者】ったら全然結婚しないんだもん、お節介したくなっちゃうじゃんね! もしかしたら大本命は【聖女】なのかな、だって【英雄】のはずだったしね、って思ったから、ちょっと遅くなっちゃったけど【聖女】を招いちゃった! だから君は【勇者】と幸せになってね!」
もし私にそれなりの筋力と腕力があれば、おふざけ様を思いっきり殴っていたことだろう。右ストレートでやってやる。ついでに脚力があれば蹴っていたかもしれない。後ろ回し蹴りがしたい。華麗に決めてやる。
代わりと言ってはなんだけど、にっこり笑顔で近付いて如何にも貴方に同意しますという雰囲気を出した上で、脇腹の肉というか皮を思いっきり抓ってやった。そして捻る。捻られる限界まで捻り続ける。
痛い痛い痛いってば、とおふざけ様が半泣きで騒いでも、しばらくは離してやらなかった。