絢子、名付ける。1
私は特にお花に興味を持っていない。咲いてるお花を見てもどんな名前なのかわからないし、教えてくれても頭に残らないから、本当に興味がないのだろう。ただ、綺麗なものは綺麗。あれは可愛い。こっちは美しい。そんな感覚でお花を見る。
「女性は総じて花に興味があるものだと思っておりました……」
「それはすごく偏見ですよ、ロドニーさん。綺麗とか可愛いとか思うから見るけど特に興味はないって女が、今ここにいます」
「じゃあアーヤに花を贈っても心は動かないってわけだ?」
「いや、それは嬉しいです」
「む……難しいですね……」
「へー。ヴィンスに言っとこ」
こんなことまでヴィンセントさんに報告するのか。私の発言を逐一報告してなんになるのだろう。ヴィンセントさんからドウェインさんに伝わって、なにか研究の材料にされてるとかはやめて欲しい。というか、そういうことするなら私の許可を取って欲しい、切実に。
何故かニヤニヤとイアンさんに見られている私は今、ティフ様とお茶会をした薔薇の苑がある庭園に来ている。仕事はドクターストップならぬマリーネさんストップが掛かってしまったので、体力回復のためと気分転換を兼ねてのお散歩だ。
庭園内は自由にしていいらしいので、あっちへフラフラこっちへフラフラと花を見る。すると、思い出すのが携帯電話の存在だ。だってパシャっとしたいだろう、パシャっと。見事な庭園なので、写真に収めたい欲が出て来るだろう。だから代わりに……多分その内記憶からすっかり抜けるだろうけど……目に焼き付けておこうとジッと見ていたら、やはり女性は花が云々といらぬ誤解をされたので否定したところだ。
「あれ、そんなに難しいことです? 貰う分はなんだって嬉しいですよ、自分のために選んだんでしょうから。そうではないこともあるかもだけど、まあ、綺麗ですしね、お花」
イアンさんからの視線を振り切って、いつまでもロドニーさんが難しいという顔してるから助け船を出した。なにをそんなに考えているのだろう。
「……自分、婚約者がいるんですが。もしかしたらアーヤさんと同じ感覚なのかも、と思いまして」
そうか、ロドニーさんの実家は男爵家で、騎士である以前に貴族の一員なのだ。婚約者くらいいてもおかしくはないだろう。でもそんなに考え込むようなことだろうか。自分で選んで渡すのなら、婚約者さんも喜ぶのではないのか。
「なにか不都合なことでも?」
「その……どうせなら、本当に喜ぶ物を贈りたい、と思うではないですか」
私はここ十年くらい、恋人がいたことがない。出会いがないし興味もなくなった結果が今の私だ。だから……ロドニーさんの相談には乗れない……若い子がなにを思うのかわからない……こっちの世界と感覚が一緒なのかもわかんないし……なのでごめんなさい、イアンさんにバトンタッチする。私をニヤニヤ見てたお詫びとしてロドニーさんに助言してやって欲しい。
そういう意味合いでイアンさんを見たら、両手と首を振られてしまった。拒否ですか。ではどうお詫びをさせよう。
「いや無理。俺に婚約者はいないし、そういうのかれこれ十年くらいないし」
「え、同志だ! イアンさん握手しましょう!」
そうだ、お詫びとして私と同志の握手をするべきだ。だけどイアンさんは、またもや拒否をする。解せぬ。
「あのさ、アーヤは結婚する気、ある?」
「……特にないですね」
「じゃあ握手できないね。俺はまだ諦めてないし、そもそもヴィンスに付き合って結婚してないだけだし。まだイケるでしょ、俺なら」
確かにイアンさんはイケメンだけれど、調子いいしチャラい感じだから特定の人はできるのだろうか。思っても口に出さずに不満顔だけをすると、マリーネさんがロドニーさんに助言してくれていた。流石はしっかり者のお姉さんタイプだ。
「大丈夫ですよ、ロドニー様。アーヤ様も仰っていた通り、相手のことを想って選んだ物ならばそれだけで価値のあるものに変わります。確かに好きな物を贈っていただけるのは嬉しいでしょうが、それよりもロドニー様の気持ちが肝心です」
説得力があるのは、マリーネさんの経験談だからなのかもしれない。マリーネさんも勿論貴族の出で、旦那さんのエレイン子爵とは政略結婚だったそうだ。それでも互いに情が湧き、尊重し合えるようになっていい関係を築いているのだそう。たとえ政略結婚でも、そうやって思い合えるならいいのかもしれない。
ロドニーさんはマリーネさんの言葉に励まされたみたいで、自信が付いたみたいだ。それはよかった、とイアンさんと微笑み合ったんだけど、このゆるーい雰囲気の中、私の目には不思議な現象が見えていた。
なんだこれ。ふわふわ浮いてる。
「あのー……あれって?」
私の視線の先、イアンさんの後ろの方で、シャボン玉のようなふんわりとした球体がふよふよと漂っている。花が咲き誇る庭園の中、そういう演出です、と言われても違和感がないような、ふわふわの球体だ。幻想的だなぁと思いながらも指を差して、あれはなんでしょう、と皆さんに伺ってみたところ、何故かイアンさんが腰にある剣の柄を握って構えた。続いてロドニーさんも同じようにふわふわの球体の前でいつでも剣を抜けるように構え、まるで私を守るかのような立ち位置になる。マリーネさんは私を包み込むように庇い、これは一体なにごとかと一人混乱する。
「え、ええ? なんです? なにごと?」
「うーん、ちょっと俺らもわかんないかな。でもわかんないから俺らはアーヤを守ろうとしてるわけで、理解していただけたら嬉しい」
「イアンさん、副団長に報告は」
「他の奴等が行ってるはずだ。俺らはアーヤの護衛優先」
え、すごい。私、すごく護衛されてる。すごいすごい、とはしゃいじゃいそう。だって危機感がないからね、しょうがないよね。ふわふわ浮いてるただの球体に、危機感を持てなんて言われても無理だよね。そういう演出があるんだ~、で済ませられるような世界で生きて来たから。
ところで、護衛は現在イアンさんとロドニーさんの二人だけのはずではなかっただろうか。しばらくこの庭園にいるけれど、他に人なんて見かけなかった。もしかして、表立ってはヴィンセントさんとイアンさんとロドニーさんのみだけど、裏ではたくさんの方々が私の護衛に就いてたりするのだろうか。なにそれ怖い。
ふわふわの球体よりも裏の護衛さんたちの存在に恐怖していると、ふわふわの球体がなんだかよぼよぼと浮遊し始めた。突然どうした、一気に老けたか。イアンさんもロドニーさんも困惑気味で、なんだこれ、と零してる。
そうだね、なんだこれ。ふわふわ、よぼよぼ、と飛んでたら危機感も吹っ飛んじゃうよね。私には初めから危機感はなかったけれど。
「これさぁ、魔法の類なんだろうけど……あー、ヴィンスがドウェインも連れて来ねえかな」
「そうだとありがたいですね。イアンさん、アーヤさんたちを下がらせますか」
「動きが鈍いから突然攻撃するとかもなさそうだしな、多分大丈夫だと思う。マリーネ、合図したらアーヤ連れてここから離れてくれ」
「承知しました。アーヤ様、走る準備をお願いいたします」
「あ、はい。わかりました」
はしたないかもしれないけど、いつものシンプルドレスの裾をちょっとだけ持ち上げて走る準備は万端。歩いてでも退避できそうだけど、危険な感じもないんだけど、ここは大人しくイアンさんの言うことを聞いておこう。
そして、イアンさんが合図をする。同時にマリーネさんと一緒に庭園の出入り口の方へと走り出した。
「アーヤ、無事か!」
すると、ヴィンセントさんが険しい顔で現れる。あ、ヴィンセントさんだ、とちょっと安心したのは、危機感はなかったけど護衛されている実感を得て多少の緊張があったから、だろう。
「ヴィンセントさん!」
――私は、無事だという思いを込めて名前を呼んだはずだ。
「きゃーっ!!」
――マリーネさんの叫びが耳に入った。
「アーヤ! ヴィンス!」
――これはイアンさんだ。焦った声を出してるのは何故?
「危ない、御二人とも避けて!」
――ロドニーさんにもなんだか焦った声を出されて。
途端に、真っ白な光に包まれた。眩しくて目を開けていられない。両手で顔を覆い、なるべく光を見ないようにする。次第に光が和らいだ気がしたから手を外してゆっくりと目を開けると、そばにはヴィンセントさんがいた。
それから、地面に付くほど長い銀色の髪をした、綺麗だけど性別不明の謎の人物も、いた。




