エマズワース村、西の森にて4
僕に、若様とイアンのような関係の友人はいただろうか。
スーパー飯山の同期は同僚というか切磋琢磨していく好敵手みたいな感じだったし、友人とは言い難い。プライベートの友人は……
友人? そもそも僕に、友人はいたっけ……?
ちらり、脳裏に銀色の長い髪をした綺麗な誰かが過った。
――あれは一体、誰、だろう……?
「トーゴ? 本当に大丈夫かい? ……顔色が悪いよ。強行軍だったからね、いよいよ疲れが強く出たんじゃないのかい?」
「え……すまん、トーゴ。調子に乗り過ぎた。一旦、村に戻るか? ゲイル、連れて行ってくれ」
「はい。それでは祖父の家に連れて行きます。あそこなら祖父が看てくれるだろうし」
モリスさんの家なら僕も安心できるし、ゲイルもお祖父さんとゆっくりお喋りできる機会もできるから、その判断はいいと思う。
けれど、ちょっと待って欲しい。僕はなにかを忘れているような、なにかに忘れられているような、そんな気持ちになって頭が痛くなってきた。
そんな僕のことを、竜がじっと見つめていた。
ズキズキする頭を抱えながらも、僕はゆっくりと竜の方へと近付く。はっきりと僕の意思でそちらに向かっているわけではなく、まるで導かれるように引き付けられるように足が動くのだ。
その間にも、銀色の長い髪の人物がチラチラと僕の脳裏をよぎる。それまであった、妻や子供たちとの思い出や仕事に勤しんでいる記憶を塗り潰すかのように、銀髪の人物が僕の思考を覆っていく。
遠くの方で僕を呼ぶ声が聞こえるが、おそらくは若様たちの声だ。その声が、僕をまだここに留めてくれているような気がした。
『……まだ、思い出さぬか』
「なんの、こと……?」
竜が僕に言葉を掛ける。けれどなにを言っているのか、その意図さえもわからないので眉を寄せるしかできない。
多分、ルイーズさんもコリンも、わけがわからなくて混乱しているだろうな。姿が見えないなにかと僕が、会話をしているんだから。
そんなことを考える余裕が少しできた時だったか、僕の肩や腕を誰かが掴んだ。おそらく複数人。おそらく、若様とイアン。ゲイルもだろうか。
『どうして妾が、其方をこの世界に招くことができたと思う。どうして魔力のやり取りができると思う。きちんと思い出せ。でなければ、彼奴から【聖女】を取り戻すこともできぬぞ』
そういう状況で、竜の言葉が強く僕に刺さる。僕の頭痛は一層強くなり、ぐにゃりと体から力が抜けて、ちゃんと立っているのかもわからなくなった。
「アオヤギ殿、しっかりしろ!」
若様が声を掛けてくれるが、ノイズが掛かったように聞こえるのは頭痛が酷いからだろうか。響くのであまり耳元で声を出さないで欲しいな、なんて思いながらも頭痛に耐えるために目をぎゅっと閉じると、妙にクリアな声が聞こえたような気がした。
――若様に伝えなきゃ。
僕の体を支えてくれているのだろう手の中から、おそらくは若様であろう手を探って腕を掴む。
「わか、さまっ……つおく、ねがっ……てっ! つかあらさっ……かみの、と……い、る……!」
僕がそう精いっぱい伝えると、突然視界が真っ白になった。周囲を強い白い光で包まれているようで、途端に僕の頭痛が引く。思考もクリアになり、体もスッと軽くなった。
記憶が混ざる。家庭を持ち、いち社会人として働いていた日々と、今のこの姿で相棒と共にこの世界の安寧を見守っていた日々と。
――聖獣と身を引き裂かれた記憶と、異なる世界に投げ出された記憶と。
白い光は次第に弱まり、僕はちゃんとエマズワース村の西の森に立っているようだ。
若様と、イアンと、イザベラ様と、ゲイル。少し離れたところにルイーズさんとコリン。それぞれの姿をゆっくりと視界に入れると、一様に驚いているようだった。
それもそうだろう、僕の姿はきっと変わっている。日本人特有の黒い髪は老いにより白髪交じりだったけれど、今は白銀に変わっているだろう。眼鏡がなくても視界はぼやけていないし、服装だってそれまで着ていた衣服とは違って白を基調とした服に変わっている。布が多くなんかちょっと動きにくそうな服で、宗教画の天使みたい、と言えば通じるだろうか。
なにもかも違う。驚いていても、警戒していても、それは仕方のないことだ。
――そうか。
僕は……ぼくは、元々こちらの世界の存在だったんだ。
「……アオヤギ殿、なのか?」
若様の慎重な問いに、ぼくは拙い顔で微笑んだ。青柳桐吾としての記憶ははっきりとあるけれど、今のぼくはそうだとは言い切れない。そうだけど違う、なんて返したら、ますます警戒は強くなるだろうな。
そんな風に考えていると、ぼくの視界は突然真っ暗になった。息も上手くできない。
『お主ーーっ!! やっと……やっとじゃー! やっと会えたぞ! 妾の本体~!』
【聖獣】だ。何度目かは忘れたけれど、ぼくの顔に張り付いているんだ。それを引き剥がす力は、ぼくにはない。多分……ない……と、思う。だから力いっぱい【聖獣】の体を引き離そうと奮闘するけれど、やっぱり引き剥がされてくれないのでそろそろ窒息しそうだ。
ぼくと【聖獣】の攻防を助けてくれたのは、若様とイアン。【聖獣】は相変わらず若様が苦手なようで、ぎゃぴぎゃぴと騒ぎながらもあっさりと若様に引き剥がされたようだ。
『なにをする、此奴は妾だぞ!!』
「だとしてもだ! 顔に張り付いたら息ができないだろう?!」
『フンッ、軟弱じゃな!』
若様に抱っこされながらもジタバタとする【聖獣】を見ながらも、ぼくはなんとか息を整える。引き剥がす際にぼくの体を固定していてくれたイアンが、ぽんぽんと労わるように背中を叩いてくれた。
「……ありがとう」
「いいや? っていうか、やっぱりトーゴだよ、な?」
「そう……とは言い切れない。確かに青柳桐吾の記憶はちゃんとあるけど……」
『其奴も神じゃよ』
はっきりはしない旨を伝えると、しかし【聖獣】ははっきりと断言した。ぼくは慌てて【聖獣】の口を塞ごうと手を伸ばしたけれど、若様が素早く後ろに数歩下がったのでそれは簡単にできなかった。
「……どういうことだ? 確かにその外見はエル様の御姿と近しいが。顔立ちはアオヤギ殿のままだが、雰囲気は似ているな……」
『何度も言わせるな。それは其奴も、奴と同じく神だからじゃ』
「だっ……から! 君はちょっと黙っててくれないか?! ぼくが説明するから!」
そうは言っても、ぼくもまだきちんと説明できるような脳内の整理はできていない。頭を抱えてブツブツと自分なりに整理していると、フッ、と笑う声が聞こえてきた。きっと笑い上戸のイアンだろうと思ったけれど、違った。若様だった。
「いや、すまない。その考え込んでいる様子がエル様に似ていると思って。説明ならばまとまった時にでも聞こう。今はそうだな……まずはドウェイン、落ち着け。師団長もです。興奮しながらずっとアオヤギ殿を観察しないでいただきたい」
「え~? だって、興奮せずにはいられないじゃない? だって、神だよ? 面白くなってきたって思うでしょ?!」
「……ってことは、なんだい? アンタはこちらの世界からお嬢さんの世界へ転移したってことかい?! どうやって? 似たようなことはできないのかい?!」
「……無視してくれ」
イザベラ様も魔力や魔術に興味津々で僕も散々観察されたけれど、ドウェインさんも似たような感じなんだ? 流石は師弟関係、と言えばいいんだろうか。興奮の仕方までそっくりで、まるで血の繋がった姉弟のようにも見えてしまう。
それをまるっと無視していいと若様が言うので、ぼくはそうさせて貰うことにした。二人に付き合っていたら、なにもできないからね。
ちらり、イアンの方を見ればゲイルと共にルイーズさんとコリンと話をしているようだった。イアンのことだから、上手いこと説明してくれているんだろう。できれば二人には安全に村の方へ戻って、これまでと変わらない平穏な日々を送って欲しい。
――そう、願いながらも。
「では、若様は強く願ってください。エル、と名付けた神との対面を」
上手い説明はまだできないけれど、ぼくは片割れに弾かれた存在だ。だとしたら、元々あの子が選別していた【英雄】最有力候補であった若様が、そう願えば届くはず。
【聖獣】がするりと若様の腕から逃れる。すると若様からは優しい光が零れ、次第に周囲に広がっていった。
ええっ?!店長も神だったの?!ビックリ!!竜は店長の分身だったの?!ビックリ!!(白々しい作者)
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