エマズワース村、西の森にて2
夜も遅い時間帯にエマズワース村に着いた僕たちは、『野兎の尻尾亭』に宿が取れた。遅い時間だったにもかかわらずジョージもルイーズさんも歓迎してくれて、僕の再訪をすごく喜んでくれたのは本当に嬉しい。
積もる話もあるけれど、強行軍に疲弊していた僕は早々に休ませてもらった。ここで働いていた身としては、利用できるのはなんだかくすぐったい気持ちになったけれども。
竜もこの宿が気に入ったようで、暴れることも騒ぐこともなく、のんびりしているようでよかった。流石に竜も疲れたんだろう、僕と一緒に早々に就寝してくれた。
翌朝には村長とモリスさんが『野兎の尻尾亭』に来ていて、僕の再訪や若様の来訪を歓迎してくれた。
今回の村への訪問は、当初の予定通り僕に関する調査ということにしている。若様たちは西の森の僕が倒れていた周辺の調査を、ゲイルはこの村に馴染みがあるので村の人たちからの聞き取りを担当することになった。
驚くことに、ゲイルはモリスさんのお孫さんだった。早くに教えてくれたらよかったのに。僕がどれだけモリスさんにお世話になったか、感謝しているか、孫の君に教えたかったのに。
それを伝えたら、感謝するのはこちらの方だとゲイルに言われてしまった。祖母を失って塞ぎ込んでいた祖父が穏やかに元気にしているのは、きっと僕と一緒に過ごしていたからだろうって。祖父の様子を見るまでは孫だということは言えなかった、って。
多分、僕と一緒に領都に行ってくれたスコットに、ちょっと話を聞いていたんだろう。モリスさんが元気になったぞ、って。スコットのことだから、僕の話もしたのかもしれない。半信半疑のまま僕の護衛に就いて、僕を見定めていたのかもね。穏やかに笑って打ち明けてくれたということは、僕は合格だってことかな。
祖父と孫の再会も優しい雰囲気が漂っていて、いいシーンを見ることができてよかった。
そんなやり取りをしたのも束の間、僕はといえば竜と一緒に若様たちに同行して森の中に入る日々だ。
◆◆◆
「ドウェイン、なにかわかったか?」
「うーん……ちょっと待って、なんか反応が……あ、違ったっぽい」
「こっちもなにもないよ。私はもう少し奥の方を見てくる」
「俺はあっち見回って来るな。ついでに森の恵みの採取もしてくるわ」
僕たちが領都を出てからエマズワース村に訪れて、三日目。毎日西の森に入り、なにか手掛かりはないかと調査をしている。イザベラ様の弟子だというドウェインさんとも二日目の昼過ぎ頃に合流しての調査は、けれど進展はないらしい。
僕は竜を抱っこしながらも、邪魔にならないように皆さんを見守っている。時折モリスさんや村長が様子を見に来てくれるから、少しだけ話し相手になってくれるので気分も紛れる。
そうそう、ジョージが昼食を作ってルイーズさんと一緒に持って来てくれるから、それも本当にありがたい。ジョージの料理はやっぱり美味しいんだ。
『……みな、必死じゃのぅ』
「そりゃあそうだよ。若様は特に必死になるさ。婚約者がいなくなったんだからね、僕も……なにかできたらいいんだけど」
ぽつり、零した竜の言葉を拾い上げた。今は村の人達は誰もいないので、こういった会話も普通にできる。竜が喋るのも奇異に見えるし、会話の内容も聞かれたらまずいからね。けれどたまにこうやって吐き出さないと、重苦しい感情に押し潰されそうになる。
それくらい、進展は本当にないみたいなんだ。
竜は僕の腕の中で身動ぎすると、僕の顔をジッと見た。その視線に気付くと、竜は再び若様たちの方へと視線を戻す。
『其方も動けばいいものを』
「僕が動いても、なにもできないよ。君に渡す魔力はあっても、僕が使えるわけでもないし。君こそ、聖獣ならなにかできるんじゃないのかな?」
よくはわからないけれど、聖女に寄り添うのが聖獣ならばなにかできるはずだと思うんだけれどな。
問えば、竜は首をゆっくりと左右に振る。
『駄目じゃ。妾とて万能ではない。せいぜい、神が言ったという妾が生まれた場所を教えるくらいしかできん』
「そっか……ここに、君が魔竜になった原因が本当にあるんだよね?」
若様の話によると、神様がそう言っていたと。塚原さんが浚われた理由と結びつくかはわからないことだけれど、調べていればなにかを掴むきっかけくらいにはなるだろう。
『どうして妾が魔竜にならねばならなかったのかは、妾にもわからぬこと。妾はあの【聖女】に寄り添うべく、神から零れたというのに……』
そんな悲しそうな目で見られても、僕にはどうすることもできないよ。
困りながらも微笑めば、竜はしょんぼりとしてしまった。もしも僕が万能ならなにかできるかもしれないけれど、君の憂いは僕じゃ解決できない。そんな力は、ただの普通の人間である僕は持っていないから。
――本当に?
問いかける声が聞こえたような気がした。咄嗟に周囲を見回してもなにもなく、若様たちの声がここに届くわけもない。
気のせいか、と思って再び竜を見ると、目に見えてしょんぼりとしている。それならばそっとしておいた方がいいだろうと思い隣に座らせて背中を何度かゆっくりと撫でると、そのまま眠るのだろう、小さく丸まった。もう少しだけ背中を撫でてから手を離すと、僕はゆっくりと息を吐く。
なにもしていないから、逆に疲れているのかな。森に入り始めてから、体力がなくなったような気がする。まあ若様たちと比べたら体力のないオジサンだしね、なんて思いながらも欠伸をかみ殺していると、トーゴ、と僕を呼ぶ声が聞こえた。
うん、今度は幻聴とかではないようだ。
「あれ、ルイーズさん? 昼ごはん、持って来てくれたんだ」
「そうよ、ゲイルにお願いしてね。今日はなんと、コリン付きでーす!」
「なっ?! ちょっと、ルイーズ!!」
前にいるルイーズさんと殿を務めるゲイルの間から、コリンが姿を現した。村に再びお邪魔してからはほとんど森の中にいるから、本当に久し振りだ。焦っている様子は、きっとルイーズさんに言われる前に自分で姿を現したかったんだろう。
「……ひさしぶり。村に帰って来てもなかなかトーゴに会えないってルイーズに言ったら、ゲイルに交渉してくれて……って、別に! 急ぎで! 会いたかったわけじゃないし!!」
「あはは、久しぶりだね、コリン。元気にしてたかい?」
こういうの、確かツンデレって言うんだよなあ。可愛いなあと思いながらも訊ねれば、コリンは唇を尖らせながらも小さく頷いてくれた。
「こーら、コリン。トーゴさんにそんな態度取るんだったら、村に帰すからな?」
「げっ……! ちが、だって! ……ごめんなさい」
ゲイルが握り拳を見せながらも叱れば、コリンは素直に謝った。けれど、今回はコリンの味方をしよう。ゲイルは知らないだろうけれど、僕とコリンの関係はこれでいいんだ。
「いいんだよ。コリンは僕の師匠だからね」
「師匠……ですか……?」
「あはははは! そうそう、コリンはトーゴの師匠だもんねー!」
「そ……そう! そうなんだよ! オレはトーゴのシショーなの!」
困惑するゲイルだけれど、ルイーズさんや当たり前にコリンも、僕の言っている意味をよくわかっている。コリンは僕の拙い薪割り技術を向上させてくれた師匠だということは、村のほとんどの人が知っている事実だ。
僕は、腰に提げていた鉈をゲイルに見せる。
「ちなみにこの鉈、僕が師匠から貰った物だよ」
「あっ! ……ちゃんと、使ってんの?」
コリンの問いに、僕は申し訳なくなってしまった。領都に向かった時にはスコットもいたから出番はなく、領都に滞在中も当然のように出番がなかった。村に戻って来る道中もそんな暇はなかったし、滞在中の今、ようやく、ほんの少し出番があるくらいだ。
「あー……領都への行き来と滞在中は出番がなくてね。今ようやく出番があるかなーってくらいかな」
モリスさんに頼まれて、森にいる間に僕が持ち運べるだけの量の薪を繕っている。それくらいしか鉈の出番はないけれど、しっかりと握ってみたらとても使いやすい。コリンが使っていたんだ、子供でも手に馴染みやすい鉈なんだろう。
「でも、すごく使いやすいよ。改めて、ありがとう。貰って嬉しい」
「……へへっ! そうだろ? トーゴにあげてよかった!」
改めての礼を言えば、コリンがご機嫌にニコニコだ。子供らしい表情にほっこりしていると、ルイーズさんが昼ごはんが入った籠を主張する。そうだった、若様たちを呼んで休憩の時間にしなくちゃ。
「ゲイル、若様たちを呼んで来てお昼にしよう」
「そうですね。皆さんはどちらに?」
「イザベラ様があっちに行ってたよ。奥に行くとか言ってたなあ。それからイアンがそっち」
「それでは自分はマージェニー様の方を。トーゴさんは、若様とタルコット様に声を掛けてください」
僕が奥の方へ行って迷子になったり魔物に襲われるより、騎士のゲイルが行った方が安全だもんね。あとは若様とドウェインさんにイアンを探してきてもらおう。
僕はゲイルに言われた通りに若様とドウェインさんに声を掛けると、丸まったまま眠っている竜の体を揺さぶった。
懐かしい面々が再登場。ゲイルはモリス翁の孫でした。
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