モブ中のモブ令嬢の恋模様
とある国のとある学園。今夜は王侯貴族の令息令嬢たちが通う学園で年に一回行われる舞踏会です。
今、その会場である煌びやかな大広間の真ん中で「断罪」アンド「ざまぁ」が行われています。
私、アリアナ・スコルディはそれを見守っているモブの一人。はらはらしながら見守っている大勢の中の、漫画で例えると顔もはっきり描いてもらえないモブ中のモブです。
ええ、お察しのとおり私はいわゆる転生者です。
でも別に前世で社畜だったわけでもなく、交通事故で死んだわけでも闘病生活の末に若くして死んだわけでもない、穏やかな一生を過ごし天寿を全うしたごくごく一般的などこにでもいるような一市民でした。
天に召されたと思って目を開けると、この世界の赤ん坊として生を受けていたのです。
私が、この世界が「異世界ファンタジーだぁ」と気づいたのはほんの数か月前のこと。
通っている学園内で公爵令嬢はじめ高位貴族の令嬢方が「婚約者から婚約破棄されるからやり返す。そのために情報を集めている」という噂を聞いた時でした。
あらまあ、どこかで聞いた話。ああ、スマホでよく読んでた小説だわ。……ん? スマホ?
はっ!? この世界はもしかして!
と思いましたが「どの小説?」。
……あまりにもたくさん読みすぎてどれがどれやらわかりません。ヒロインだの悪役令嬢だのの名前もいちいち覚えていません。
でも確かに目の前で行われているのは、金髪きらきら王太子殿下と可愛らしいピンク色の髪の毛の男爵令嬢が取り巻きたちに囲まれていて、その前に居並ぶ黒髪美人の公爵令嬢と殿下の取り巻きの婚約者であろう令嬢方に「ざまぁ」されている場面です。
感動です。
生で見ています。スマホがあれば撮りたかった……!
実害のないモブ中のモブ、さいこう。
映画を見ているような感覚で一通り見終わった後、舞踏会は中止となりました。さてさて、帰りましょう。
*
翌日から舞踏会の騒動の余波で一週間ほど学園が休みになりました。そして本日、久しぶりの登校となりましたが、王太子殿下と取り巻きたち生徒会メンバーは停学処分となっていて学園には来ていません。大丈夫なんでしょうか、生徒会。
それはさておき、学園内は舞踏会での出来事の話題で持ちきりです。「ざまぁ」した令嬢たちは変わらず登校していますので「こそこそ」ですが。
いい変化もあったようです。令息たちが婚約相手の令嬢にとても優しくなったとか。そりゃ、あの「ざまぁ」を見ていたら慄くでしょうね。本当にえげつなかったです。見ている分には面白かったですけれどね。
そんな平和な学園生活が過ぎ一か月ほど経った頃、王太子殿下たちも謹慎が解けて学園に復帰してきました。みなさん、腫れ物に触るように遠巻きに見ています。
あれほどきゃあきゃあ言っていたのに現金なものです。
聞くところによると、ピンク頭の男爵令嬢は自主退学(という名の追放)、王太子殿下は王位継承権剥奪の上臣籍降下となり、他国の王女と政略結婚することになるそうです。
哀れなのは取り巻きの方たち。それぞれが次期国王の側近として教育されてきたのにも関わらず、ピンク頭の男爵令嬢に魅了され婚約破棄を突きつけたのに逆に破棄されたのですから、国内の高位貴族令嬢からはもう相手にされないでしょう。
この先どうなるのかなぁ。見守っていきましょう。うふふふふ。
と思っていたのに。
*
元王太子殿下たちが復帰したことで少し騒がしかった一日が終わり、下校しようとした時でした。
私の教室がある棟から正面玄関のある本館へ向かう渡り廊下から、中庭にうずくまっている人の後ろ姿が見えました。
「どうしました? 体調が悪いのですか?」
やつれた顔が私の方に向けられました。
うそん。
前世の夫やないかい。
見た目は全然違うけど、この人も生まれ変わっていたんか。
……いやいやいや、なんでもアリかい。この小説は。
……失礼、言葉が乱れてしまいました。
「ありがとう。優しい人だね、君は。誰も僕に声をかけてくれなかったのに……」
はっ。この人、元王太子殿下の取り巻きの一人じゃ?
生徒会なんて気にしてなかったし、「断罪」アンド「ざまぁ」の時は遠くから見ていてよくわからなかったし。でもさすがあのきらきら集団の中にいただけはある。やつれていても綺麗な顔をしています。
いやでも、れんちゃんだよなあ? 私より一年早く死んじゃったれんちゃんだよなあ?
あ、いかん。涙が……。
「ど、どうしたの? やっぱり僕なんかだったから……!?」
いやなんで。
それにしても前世もそんなに悪いことしてなかったのに、なぜこの人はこんな辛い目に遭ってるのでしょう?
「ち、違います。……それより大丈夫ですか? すごくやつれ……体調が悪そうです」
「もしかして君は知らないのかな」
「知ってます」
「……だよね」
彼は未来の宰相候補だったレンドリック・アラバスタ侯爵令息。
*
その日から私とレンちゃんは放課後の中庭で少し話をするようになりました。
彼は伯爵令嬢との婚約を破棄し、侯爵家の後継を弟に譲ったということをぽつりぽつりと話し、私はそれを静かに聞きました。
「そうなの、大変なのね」
「君は本当に優しいね、アリアナ」
なんだか分かりませんが、レンちゃんが頬を染めて私を見てきます。今世のレンちゃんはもしかして惚れっぽい人かもしれません。
今はまったく関係のない人ではあるものの前世では夫だった人。伯爵令嬢と婚約していたことは仕方ないとして、あんな頭の緩そうなピンク頭の男爵令嬢にフラフラしていたと思うとなんだか腹が立ちます。
「君は婚約者がいないんだってね」
なぜ知っている。
伯爵以上の高位貴族は家同士の思惑があり、早いうちから婚約者が決められます。その時その時の政情や、家の事情で割と流動的ではあります。でもだからこそ個人的な理由で婚約破棄をするのはご法度なのです。
私の場合は、なんの特徴もない子爵家の次女で、その上モブらしく没個性のため相手がいないのです。今まで好きな殿方もおりませんでしたし。
なので、学園を卒業したら王宮で侍女として働こうと考えています。
「んー、働き出したら出会いもあるかなーって期待しているんだけど」
ほほほと笑ってみます。が、レンちゃんが真剣な顔で見てきます。
「レンドリックさま?」
「僕と婚約してもらえないだろうか? アリアナ。僕はアリアナがいたからこうやって毎日学園に来ることができた。今はっきりわかった! あなたが好きです! 君みたいな心優しい人こそが死ぬまでともに過ごせる人だとわかったんだ!」
「れんちゃん!」
「え?」
「レンドリックさま!」
間違えた。やっぱりこの人、惚れっぽいなと思いますが、ちょっとときめきました。
……そうよ、れんちゃん。私は前世、あなたのことが大好きでした。最期まで一緒にいて、あなたを先に見送ることができてほっとしたのです。寂しがり屋のあなたを残して先に逝くことはできなかったから。
「……侯爵家と子爵家では釣り合わないわ」
「僕はもう侯爵家は継がないし、文官となって地道に働くしかない。もしかすると、いやきっと君に苦労をかけることになるけど、これからも君と一緒にいたい」
真面目で真剣なその表情に少し懐かしさを感じます。
ふふっ、今世も共働きかぁ。でもまあいいか。
「わかったわ。お受けします」
私の手を両手で握り、嬉しそうに笑うレンちゃん。
これからもよろしくね、れんちゃん。
……浮気は許しませんよ。
【終わり】
誤字報告、ありがとうございます*ᴗ ᴗ)⁾⁾♡