自称乙女ゲームのヒロインだというお嬢様の為に自作した花びらを撒くことにしたら、お嬢様の推しに捕獲されてしまいました
はじめまして。読んでくれてありがとうございます。
孤児のポヌコが男爵令嬢付きのメイドとして雇われたのは、学園の入学式が始まる三ヶ月前のことだった。ポヌコを雇ったのは同じ孤児院で暮らしていたダイアナだ。
「いいわね、ポヌコ。私が言ったことを忘れないでよ。私は入学式が始まる十分前に正門を通るから、あんたは私が通った瞬間に木の上からピンク色の花びらを撒き散らすのよ」
「はい、承知しました。お嬢様」
ダイアナとポヌコは同じ日に孤児院の前で捨てられていた赤子だったが、ダイアナは攫われた貴族の娘だったらしく、ある日、両親だと名乗る男爵夫妻がダイアナを迎えに来た。
丁度その日、ポヌコはいつものようにダイアナに押し付けられた用事をするため外出していたから、その場に立ち会えなかったが、そこに居合わせた孤児院の子達の話によると、美しい男爵に懸想していたメイドが彼に愛される男爵夫人に嫉妬し、生まれたばかりのダイアナを攫って失踪したので男爵夫妻はずっと攫われた娘の行方を探していたとのことだった。
ダイアナが男爵夫妻の娘だとわかった決めては、ダイアナが赤子だった頃に着せられていた肌着の刺繍だった。何故なら白い絹の布地に『D』という文字とその横に刺された男爵家の家紋があったからだ。
当時、孤児院にいた職員は刺繍の肌着を着ている赤子にダイアナと名付け、もう一人の赤子には、ある動物に顔が似ているからという理由でポヌコと名付けたらしい。因みに男爵の一人娘の本当の名前はディジーだということだった。
そうしてダイアナは愛する家族の元に引き取られていったのだが、その三日後に前触れなしに孤児院にやってきて、ポヌコを自分のメイドにすると言って強引に連れ去ったのだ。
「あの、ダイアナ……お嬢様。メイドとして雇われるなら、まずは旦那様達に挨拶をしたいのですが……」
「うっさいわね!アンタは私が直接雇うんだからお父様達への挨拶なんてしなくていいの!万が一でもお父様達が、私よりも自分達に似ているアンタの容姿を気に入って養女にでも……なんて話になるのは想像でもゴメンだわ!絶対にお父様達に顔を見せないでよね!ああっ、もう!うっざ!何であんたなんかを雇わないといけないのよ!……でも仕方ないのよ!」
物心着いたころからポヌコを嫌い、虐めていたダイアナがポヌコをメイドとして引き取ったのには理由があったようだ。
「だってアンタは、"恋君”……“恋するように花舞い散る空の下、君と”のヒロインのサポートキャラのポヌコなんだもん。私が孤児院時代の子どもの頃に会うはずだった攻略対象者達の誰とも会わなかったのは、きっとヒロインの親友という設定のサポートキャラのポヌコを私が傍においていなかったせいだったのよ!」
ポヌコはダイアナの話を聞きながら、孤児院である程度の読み書きは一通り教わったものの、やはり貴族が受ける教育は庶民が受ける教育とはレベルが違うのかもしれないと思った。何故ならポヌコはダイアナとたった三日間離れていただけなのに、ダイアナが何を言っているのか、さっぱりわからなかったからだ。
「男爵家に行ってから前世を思い出すなんて本当にツイてないわ。最初からわかっていたら、いけ好かないアンタでも傍においていたのにさ。……いいこと、ポヌコ。私はね、絶対に失敗したくないの。何が何でもアシュレイ様と結ばれるために“恋君”のオープニングを忠実に再現したいのよ」
「私はね、乙女ゲームの世界に転生したとはいえ、ここが現実の世界だときちんとわかっているから王子様との玉の輿なんて狙っていないし、逆ハーレムなんて端から望んでないわ。だってそんなの非現実的でしょう?特待生として現れたヒロインに素敵なイケメン達が皆夢中になる……という展開は嬉しいけれど、私が望むのは前世から推しだったアシュレイ様ルート一択なの。だからあんたは私がアシュレイ様と結ばれるようサポートをするのよ、いいわね!」
ダイアナの話はわからなかったが、普段垂れ下がっている目を吊り上げて脅すように命じるダイアナは怖いし、彼女はれっきとした男爵令嬢だ。身寄りのいない孤児の身で、どうして逆らえようか。それに元々ポヌコはダイアナに強引に連れ去られなかったら、大富豪の商人の後妻になるはずだったのだ。
虐められていた相手とはいえ、意に沿わぬ結婚から助けられた恩を少なからず感じていたこともあって、ポヌコは首をブンブンと縦に振って諾と答えた。
「はい、承知しました。お嬢様」
ポヌコは慣れないメイド服の袖口をきゅっと握りしめながら頭を下げた。
ダイアナが望んだ“ピンク色の花びら”を用意するため、ポヌコはここ数週間、ひたすらピンク色の紙を花びらの形に切り続けていた。と、いうのもポヌコを雇った次の日に、ダイアナは部屋に飾られた早咲きの桜の枝でくしゃみを連発させ、桜の花にアレルギーがあることが発覚したからだ。
「ぶえっくしょい!グス……ぶえっくしょい!ちょっと!ヒロインが花粉症って、どういうことよ!?意味わかんない!前世の私には花粉症なんてなかったのに!運営出てこ……ばっくしょん!」
ダイアナいわく、"恋君”のヒロインのオープニング登場シーンには必ず背景にピンク色の花びらが舞っていなければならないらしいのだが、こうもくしゃみが出ては百年の恋も一発で興ざめになるかもしれない。
それを恐れたダイアナに命令され、ポヌコはダイアナの望む演出準備のため、日中はメイドとしてダイアナの世話をし、夜は花びら作りに勤しんだが、ダイアナはそれだけでは満足しなかった。
ダイアナはポヌコを家に連れてきた後、“恋君”のサポートキャラとして、学園でヒロインの親友の役割を果たすよう命じたのだ。なんでも“恋君”という乙女ゲームなるものは学園を舞台としているため、ヒロインであるダイアナをサポートする立場であるポヌコも当然、学園の生徒でなければならないというのだ。
必ず学園に入学しろとダイアナに命じられたポヌコは途方に暮れてしまった。と、いうのもダイアナは両親からもらったお小遣いで内緒でポヌコを雇っていたが、ポヌコを学園に通わせるほどの金はもらっていなかったからだ。
命じたダイアナも後は自力で何とかしろと命じるだけだったから、仕方なくポヌコは学園の一般試験を受け、特待生枠で合格することを目指すことにした。
特待生となれば入学金や教科書代や授業料や寮費だけでなく、学園にいる間の生活費も全て免除され、卒業後の就職の斡旋も優遇されるらしく、まさに今のポヌコにうってつけの好条件だったが、今までたいした教育を受けていないポヌコにとって、特待生を目指すのは無謀な挑戦でしかなかった。
しかしポヌコはやるだけやってみようと奮起した。勉強することは嫌いではないし……とポヌコは花びら作りの傍ら、必死で勉強した結果、なんと一般試験で首席合格を果たし、見事に特待生枠を勝ち取ったのだ。
ポヌコは自室でくつろぐダイアナに合格を伝えたが、ダイアナはポヌコが合格した事実だけを確認した後、ポヌコが特待生となったと打ち明ける前に、合格したなら花びら作りに専念しろとポヌコを部屋から追い出してしまった。
入学式当日の早朝。ポヌコは右手に箒と塵取り、左手に脚立、そして背中には大きな籠を背負って学園に登校した。大きな籠の中にはポヌコが作った大量のピンク色の花びらが詰め込まれていた。
『いいわね、ポヌコ。あんたは正門近くの茂みの木の上で待機していなさい。入学式は十時ぴったりに始まるわ。九時五十分、寝坊して遅刻しそうになった私が慌てて正門を通り過ぎる。その瞬間よ。絶妙なタイミングで花びらを撒くの。花びらが風に乗って私の頭上に舞い散るようにね。それが“恋君”のオープニングの始まりだから』
『九時五十分……承知いたしました』
ポヌコはダイアナに命じられたとき、そう返事をしたものの、一般試験を受けるために学園に訪れた際、下見にと正門付近を見回し、あることに気づき困り果ててしまった。と、いうのも正門付近には茂みもなければ、桜どころか、花を咲かせそうな木はどこにもなかったからだ。これでは花びらなんて撒くことは出来ない。
試験会場に入りもせず、正門で困っている姿が不思議だったのだろうか。一般試験の受験者の案内に駆り出されているらしい生徒の一人がポヌコに声をかけてきた。
『どうしたの、君?……あっ!そ、その、太陽の光みたいな金髪に新緑色の瞳は……。ま、まさか君は、あのときの……。あ、あの、わ、私を覚えていますか!私は十年前……』
『一体、何のことでしょうか?あの、すみませんが、どなたかと勘違いされているのではないでしょうか?』
『覚えていない?人違いか?いや、でもこの輝くような髪と瞳。見目麗しく愛らしい容姿を私は見間違えたりなどしない……。もしかして会ったのはあのときの一回だけだし、忘れているのかも。それなら最初の出会いから、やり直す方がいいかも。泣いている私を思い出されるのは少し恥ずかしいし、丁度いいかも』
『?』
『今なら王子や騎士団長子息や宮廷医師子息や神官長子息にも邪魔されない。これは千載一遇の好機だ!良かった。真面目に生徒会の仕事をしていて。試験の手伝いなんて面倒だと逃げる彼らに付き合わなくて本当に良かった』
『……あの?』
『ああ、すみません。はじめまして。そんなにも困った様子で、どうされましたか?もうすぐ試験が始まるから教室に向かってください。教室がわからないなら案内しましょうか。まさか受験票を忘れになられたのですか?それともお腹でも痛くなられたのですか?』
振り返った先にいた生徒は、白金色の髪に夜空のように深い紫の瞳が印象的な色白の男子生徒だった。均整の取れた体躯が完璧に着こなした制服に包まれていて、その佇まいだけで周囲の風景が一段階美しくなるような、非の打ちどころのない美貌の青年の登場だったのだが、あいにくダイアナの命令通りに花びらを撒くにはと頭を悩ませていたポヌコには彼の美貌は通用しなかった。
『ああ、ご心配おかけして申し訳ありません。今直ぐに向かいます。受験票は忘れず持参しておりますし、腹痛もありません。実は私はとある伯爵令嬢に仕えるメイドでしてポヌコと言います。お嬢様から言付かっている命があるのですが、それを実現させるにはどうすればいいのかと考えこんでしまいまして。ああ、そうだ。お尋ねしたいことがあるのですが、入学式の日に学園内で花びらを撒きたいのですが、許可は学園長先生から貰えばいいのでしょうか?勿論、後の掃除はいたしますが』
『は、花びら?どうして花びらを撒くの?』
『はい、実は……』
早朝に学園に着いたポヌコは正門をくぐると、相変わらず茂みも花を咲かせる木もない場所にため息をついた。試験日に会った学生によると、王族や貴族が通う学園であるため、門や学園を囲う塀付近には不審人物が身を隠せるような茂みや樹木は防犯の観点から敢えて設置していないということだった。
困惑の表情を浮かべたポヌコに美しい花々や樹木といったものは学園の中央にある中庭にあるから、試験後に案内すると言ってくれた学生の親切心に感謝しつつ、ポヌコは入学の日に一人、正門で脚立に登って花びらを撒かねばならないかもしれないとガックリと肩を落とした。
あの後、ダイアナに学園の正門の話をして、花びらを撒くのは止めるよう進言したが案の定、強情なダイアナが聞き入れることはなかった。
一応、学園長に事情を説明して、男爵夫妻の行方知らずだった娘が見つかった祝いにと特例で後片付けをするならばと花びらを撒く許可は取ったが、はっきり言ってポヌコが今からやろうとしているのは皆にとって迷惑でしかない行為だから気は重かった。
だがポヌコにとって、恩人でもあるダイアナの命令は絶対であったから、気が進まなくともやるしかないとも思っていた。
少しでも他の生徒の邪魔になってはいけないとポヌコは正門の端に歩みよっていくと、カツン、カツン、と、ゆったりとした革靴の足音が近づいてきたのでポヌコは慌てて正門の影に隠れたが、大きな背負い籠が隠れきれていないことに気がついていなかった。
足音の主はポヌコの直ぐ近くにやってきた。
「やっぱり、ここにいたんだね」
穏やかで気品に満ちた、耳に心地よい声。この声をポヌコは知っている。ポヌコはそうっと振り返って恐る恐る相手の姿を覗き見た。
白金色の髪に夜空のように深い紫の瞳の色白の青年。彼はポヌコが試験の日にあった学生だ。彼はポヌコの背負っている籠を見て、苦笑気味に言った。
「……本当に花びらを撒く気だったんだね」
彼の紫の瞳に真っ直ぐに見つめられ、ポヌコの胸はドキンと高鳴った。
「今、君がいるべきは、そこではないよ。出ておいで」
「あ、あの!も、申し訳ございません!でも私!あの、どうしてもお嬢様の命令が!」
「うん、知っているよ、ディジー。ポヌコの命令で花びらを撒かないといけないんだよね」
「え?あの名前が……あの、名前が間違っています。私はポヌコで、お嬢様がダイア……ディジーです」
あの日ポヌコは彼に名乗っていたのに何故、彼は自分とダイアナの名前を違えて呼ぶのだろうか?言い間違いを指摘したが彼は訂正せずに話し始めた。
「君は今年度の首席合格の特待生だろう?首席合格者は入学式で新入生代表として挨拶する決まりがあると合格発表のときに事前説明があったはずだ。なのに、どうしていつまでも正門から動かないの?そんな掃除道具まで持参して……」
彼の鋭い指摘を受けたポヌコは動揺した。
「だ、だってお嬢様の命令は絶対だけど、皆に迷惑をかけるわけだから掃除は当然で……」
「理由のわからない命令をする苛めっ子のために花びらを撒いて、後に掃除?……相変わらず優しいんだね」
「?」
彼の真剣な眼差しがポヌコを捉える。
「君はそんなことをしている場合ではないだろう」
彼は躊躇いなくポヌコから箒と塵取り、籠を奪い取ると後ろに控える自分の護衛らしき騎士達を呼んで、それらを渡した。
「なっ……!返してください!それは、お、お嬢様の……!」
ポヌコが慌てて抗議するが、彼はポヌコの細い腰に腕を回し、そのまま軽々と横抱きに抱き上げた。
「キャッ!?」
「心配しなくて良いよ。花びらを撒くのは彼らに頼んでいる。君には君自身の義務がある。それは学園の首席として堂々と入学式で挨拶することだ。それに……」
ポヌコは驚きと戸惑いで、思わず彼の制服の胸元を無意識に掴みながら言った。
「お、降ろしてください!私は……私はただの平民のメイドなんです!花びらを撒かないといけないし、こんなところをお嬢様に見られでもしたら辞めさせられてしまう……」
狼狽えるポヌコに彼は微笑みかけて言った。
「君は覚えていないようだけど、私達は十年前に会ったことがあるんだよ」
「?」
「……十年前。やんちゃ坊主だった王子の供で私は他の学友達と城下町へお忍びで出かけたが、護衛達からはぐれて皆で迷子になったことがあるんだ。迷子になって金品を擦られ、人攫いに遭いかけたとき、通りかかった君が大声をあげてくれたおかげで助かったんだ」
「え?……あっ、あのときの!でも、あの、私は大声を上げただけで、特別なことは何も」
「何もしてないというのかい?腹を空かせた王子と騎士団長子息にパンを恵み、怪我をした宮廷医師子息の手当てをし、恐怖で震える私の手を握り、涙を拭うハンカチまでくれたのに。優しい君は護衛騎士が来た途端、名も告げずに走り去ってしまったね。私達は命の恩人である君の行方を探して礼をしたかったが、城下町での出来事は王子や高位貴族子息達の醜聞になると大人達は許可してくれなかった。だけどね、私達は片時も命の恩人である君のことを忘れなかった。太陽の光のように美しく輝く金髪に新緑色の瞳の少女をいつか必ず探し出し、礼をしようと約束していたんだ」
「そんな大げさな!……高貴な方々がそう思ってくださっただけで光栄なことですし、お礼なんて要りません」
「身分の高さなんて恐ろしい人攫いの前では何の役にも立たないよ。あのとき必要だったのは大声を上げることが出来る勇気だけ。私達にはなかった勇気を優しい君は持っていた。それは凄いことなんだよ。……それとね、君はこの学園では首席合格の特待生だ。きっと君は全生徒の模範となるだろうし、……私にとっては何者にも代えられない、心優しき素晴らしい女性だ」
彼はポヌコを抱き上げたまま、大股で校舎へと向かい始めた。
「ディジー。私はね、君にお遣いの代わりをさせたり、理由のわからない命令で君を困らせる人間なんかに大事な君の邪魔をさせるつもりはないよ。君はお嬢様の花撒き係ではない。君は君自身の運命の主人公で、私の運命の乙女だ」
彼はそう言い切るとポヌコを抱えたまま入学式の会場へと向かっていった。彼の腕から逃げ出せないポヌコは、ふと校舎にかけられた時計に目をやって慌てふためいた。
「ああっ、そうだ!ダイアナ!もう時間がない!もうすぐお嬢様が指定した時間が!いい加減降ろして下さい!」
「十年前、私は君からハンカチをもらった。それは古ぼけていたけど絹で出来ていて、『D』という刺繍があった。試験日に君と再会したとき、『D』のハンカチを持っていた君の名前の頭文字がハンカチと違うことに違和感を抱いてね、極秘調査をしていたんだ。それでね、わかったことがあるんだ。驚いたよ。流行り病で立て続けに人が入れ替わっていたせいで、孤児院にいた誰もが君とポヌコの名前が入れ替わっていることに気が付かなかったんだから」
「っ!?」
「ポヌコという人は小さな頃から随分と意地の悪い人間だったんだね。物心ついた頃に自分の名前が気に入らないからと君の名前を強引に自分のものにしたんだ。可哀想にね……。幼い頃の出来事だったからか、君達は互いの名前を交換したことを忘れてしまっていたんだね」
衝撃の事実を知らされたポヌコ……ディジーは驚愕し、言葉を失ってしまった。
「そんな……」
「君の名前を奪ったことを忘れて図々しくも男爵令嬢となって君をメイドとして雇ったポヌコには色々言ってやりたいことは山程あるけれど、君が大富豪の後妻になるのを防いだ点だけは感謝するよ」
自分の名前を奪われていたことを知り、衝撃を受けていたディジーは彼の言葉に、ダイアナ……ポヌコに助けられた恩を思い出し、声を上げた。
「あっ!後、五分でダイアナが正門に来てしまう!あ、あの降ろして!すみません!えっと……あのお名前は何と仰るのですか?」
ディジーは今更ながら自分を抱える学生の名前を知らなかったことに気づいて尋ねると、彼は目を細め、輝かんばかりの笑顔で名乗った。
「ああ、自己紹介がまだだったね。私はアシュレイ=ジョルダン。ジョルダン公爵家の一人息子で、我が家は代々、宰相の職に就いている」
「あ、あ……アシュレイ?アシュレイ=ジョルダン?もしや”恋君”の"月光の貴公子”……」
彼の名前を聞いたディジーの頭の中は真っ白になった。アシュレイ=ジョルダンはダイアナの推しとやらの名前だったからだ。
ディジーは自分がダイアナの計画を完全に破壊し、彼女の推しであるアシュレイの腕の中で彼女の想定外の展開へと雪崩れ込んでいくのを肌で感じ、身震いした。
九時五十分。自分こそがポヌコだったと忘れていたダイアナが正門をくぐった、その瞬間。
「ギャーーー!どういうことよ、これ!?なんでポヌコがアシュレイ様にお姫様抱っこされてるのよ!?」
ダイアナの視界に飛び込んできたのは花びらではなく、自分の推しであるアシュレイが、自分のサポートキャラで自分のメイドでしかないポヌコを抱き上げて、颯爽と入学式会場へと向かう衝撃的な光景だった。
正門の傍で待機していたアシュレイの護衛騎士達は、金切り声を上げるダイアナを見て話し合った。
「枯れ草色の艶のない髪に黒がかった緑の垂れ下がった目。ポヌコに似た顔。……どうやら、これがアシュレイ様が言っていた女で間違いないようだぞ」
「皆、花びらを撒くぞ!そら、欲しがっていた花びらだ!」
「ジョルダン家が総力かけて集めた本物の桜だ!存分に堪能してくれ!」
怒りで目を吊り上げるダイアナを見つけたアシュレイの護衛騎士達は持参した大量の花びらをダイアナ目指して、ぶちまけた。
「……ぶ、ぶえっくしょい!や、止めて!花をどこかにやっ……ぶえっくしょい、ばっくしょん!」
ディジーはアシュレイの腕の中で、背後で聞こえるくしゃみの主に気づいたが、ビクともしないアシュレイの腕の強さに、もうどうすることも出来ないのを悟り、小さくため息をついた。
“恋君”のサポートキャラでヒロインの親友という立場のポヌコは本来、ヒロインが攻略対象者の誰かと結ばれた後は、ヒロインの妹として男爵家の養女になり、ヒロインと結ばれなかった他の攻略対象者の一人から、ヒロインを支え助ける姿に惹かれたと告白されて結ばれるのだが、ダイアナはヒロインから名前を奪った咎で男爵家から追い出された。
その後、ダイアナは一般枠で学園を受験し、特待生になろうとしたが不正がバレて不合格となり、それならば……と、彼女の推しであるアシュレイや他の攻略対象者達へのストーカー行為を繰り返したことで逮捕され、国外へ永久追放された。
その年の学園の入学式は予定より三時間遅くに行われた。何故ならジョルダン公爵家からの知らせを受け、駆けつけた男爵夫妻が、男爵そっくりの金髪と男爵夫人そっくりの新緑色の瞳と、両親のいいとこ取りして美しく育ったディジーと初対面をかわすと人目も憚らず号泣とともに娘を抱きしめ、中々離さなかったし、正門前に撒かれた花びらの回収と掃除に時間がかかったからだ。
感動の再会を目撃した人々の中には十年前にディジーに助けられた王子達もいて、彼らは特待生で彼らの恩人でもある美しいディジーにたちまち夢中になって、入学式後に各々ディジーに熱烈に言い寄ったが、先手を打ってディジーの婚約者に収まったアシュレイに寄って未然に防がれ、そのどれもが空振りに終わったという。
読んでくれてありがとうございました。




