表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/149

千客万来

夕食を女中さんが運んで来た。

部屋には紬と、さっき帰ってきたばかりの明日香と鈴がいた。


配膳する女中さんに、俺は軽く訊ねる。


相馬(そうま) 聡美(さとみ)さんに聞きたい事があるんですけど、いまお忙しいですか?」


女中さんの動きが、ピタッと止まる。


「……どういう事でしょうか? 私でよければ、代わりにお伺いします」


ぴんと、警戒の糸が張り巡らされる。


「いや、大した事じゃないんですけどね。亜夢美さんに、贈り物をしたいと思って。それで彼女の好みとか、教えてもらえないかと……。亜夢美さんに直接聞くのも、アレですし。驚かせてもあげたいし……。聡美さんなら、そういう事にお詳しいかと思いまして」


はにかみながら、砂糖菓子みたいな甘ったるい声で、俺は言う。


『ゲェー』と吐くような仕草を、鈴がする。

『どこのジゴロよ』と、明日香はこめかみに手を当て、顔を(しか)める。

『あらあら、まあまあ』と、女中さんは目を輝かせる。


……この落差。

俺という実態を、知っているか知らないかの差だな、こりゃ。


「そういう事ですか! よかった。お嬢さまのお気持ちが、通じたんですね。あれだけ毎日、一生懸命、お手紙を書いていたんですもの、届かない筈がありませんよね。『浅草寺(せんそうじ)』の『久米平内(くめのへいない)』様、ありがとうございます。お嬢さまの願いを、聞き届けて頂いて」


女中さんは(ひざまず)き、祈りを唱える。


俺は顔が引き攣り、お尻の辺りがムズムズとしてきた。

明日香と鈴は頭を抱え、『Oh my God(オーマイガー)!』と叫んでいる。

……俺も、叫べるものなら叫びたい。


「申し訳ありませんが、相馬さまは不在をしておられます。帰られ次第、お伝えしますね」


弾むような声で、彼女は答える。


「婚約発表の事後処理で、お忙しいのかな。昨日はゆっくり休めたんでしょうか。申し訳ありませんね、殿倉家だけにお任せして」


俺は誘い水を向ける。


「過分なお言葉、勿体なく存じます。元々『大道寺家』は『殿倉家』の主家。(あるじ)に尽くすは臣の(ほま)れ。例えその任で帰宅できなくとも、何の不満がありましょうか!」


……そうか、聡美は昨日から帰っていないのか。


「そうですか。では帰られたら、お教え下さい。亜夢美さんには内緒で。……照れくさいでしょ、知られたら」


俺は鼻の頭を掻きながら、恥じらう様に言う。


『エロ事師』『スケコマシ』――後ろで罵声がする。

俺だってこんな真似、したかねえよ!




「タラシ兄ちゃんのおかげで、聡美が殿倉邸にいない事が判明しました」


紬が、子供に似つかわしくない言葉を使う。

俺は後ろを振り向き、睨みつける。

鈴が顔を逸らす。

てめえか、変な言葉を教えた犯人は。後でお仕置きだ。


「はいっ、お兄ちゃん。よそ見をしない!」


紬の叱責が飛ぶ。……理不尽だ。


「これは、僥倖よ。彼女がいなければ、アーちゃんとベーちゃんは自由に動ける。飛車角の、道が開けた」


紬は拳を握りしめ、意気揚々と語る。確かにその通りだ。だがしかし……。


「逆に考えると、何で聡美が殿倉邸を留守にしたか、気になるな。俺たちへの警戒が(おろそ)かになる事は、理解している筈なのに……」


俺の問いに、明日香が答える。


「私たちを見くびっているか、メアさんを押さえて安心しているか、……それとも私たちよりも大切な何かがあって、そちらに力を注いでいるか」


俺は精神世界で、赤い馬の目が言っていた言葉を思い出す。


『引け! 今は斯様(かよう)些事(さじ)に、かかずらっている場合ではない!』


あいつ等は、何をしようとしているんだ。

俺と鈴は、顔を見合わす。

答えは、出ない。思考の迷路に迷い込む。


ポカッポカッと、俺と鈴の頭から小気味いい音がした。

その音は、俺たちを現実に引き戻す。


「はいはい、余計な事は考えない。今は間近(まぢか)に迫った脱出にだけに集中しましょ。その(あと)の事は、その(あと)。ここで失敗したら、その先はないわよ」


煙をこぶしから出しながら、明日香が仁王立ちしていた。


「アーちゃん、少し手加減してあげて。ベーちゃん涙目だよ」


優しい言葉が、紬から掛けられる。

紬は、二人をより深く認識出来るようになったみたいだ。

顔の詳細は分からないが、感情は読み取れるようになった。


「紬ちゃんは優しいね~。私の妹になる?」


鈴は “将“ ではなく、 “馬“ に狙いを定めたようだ。


「ううん。私のお姉ちゃんは、メアちゃんだよ」


「がーん」


鈴はカウンターを喰らった。


「はいはい。おふざけはその位にして配置について。もうじき、やって来るわよ」


明日香が手をパンパンと叩きながら注意をする。

史実通りなら、もうすぐだ。

手が少し、汗ばんできた。


俺は少し、歴史に波風を立てた。

だがそれはまだ、遠いアメリカまでは届いてない筈だ。

ならば、これからそれは起きる。史実通りに。

バタフライエフェクトは、そこまで速くない。






夜も()けた。

周りは静まり返っている。

鈴は神経を集中して、耳をそばだてている。


「来た! この低い唸るような音、間違いない!」


興奮した面持ちで、鈴は叫ぶ。

時は来たれり。俺は笛を口にし、思いっきり息を吹き込む。

ピィ――――。 静寂を、甲高い()が切り裂く。

その()に誘われるように、ヒュルルーと、口笛みたいな音が空に(のぼ)ってゆく。

音は空高く上がると、ぱあんと弾けた。

赤、青、緑、……沢山の色を帯び、光の粒となり、空一面に広がってゆく。

我も続けとばかりに、ドーンドーンと音を響かせ、地上から光の玉が飛び立っていく。

屋敷は、爆裂音と光に包まれた。


「よしっ! 打合せ通り! しっかり仕事をしてくれたな、怜司!」


俺は夜空を見上げながら呟く。

空には、大輪の花火が咲いていた。




「大変だったんだからね。こんな短時間で、打ち上げ花火を準備するの。怜司の奴も『後で文句言ってやる』って、頭から湯気を出していた」


鈴が目を細め、恨めったらしく言ってきた。

喜んでお叱りを受けてやる。そして伝えてやる……『ありがとう』と。




「灯火管制されている中で花火を打ち上げるなんて、歴史に残る奇行よ、これ」


明日香が呆れた顔で、俺に話しかける。


「『事実は小説より奇なり』と云うだろう」


「こんな展開、奇をてらっただけよ。こんなプロットを編集に提出したら、間違いなく突き返されるわ」


「まあ、それはそうだがな。これはエンタメじゃない。反抗(レジスタンス)だ。綺麗で、心躍らなくてもいい。結果だけが全てだ。『(へい)詭道(きどう)なり 』とも云うだろう。あいつ等を騙すには、正規のやり方では、駄目だ」


「意味わかんない! 言ってる事も、やってる事も!」


そうだな。これは心理戦の中でも、異端に属するからな。

王道を歩いて来た明日香には、裏道もいいところだ。

だがな、その裏道にこそ、人は生きているんだぞ。






光の花が、暗い夜空を彩る。

それを、遥か上空から眺める者がいた。


『ヘイ、ジョン。なんだ、あの花火(ファイアワークス )は?』


お祭り(フェスティバル)でもしているんじゃないか。人が沢山集まっているみたいだ』


『この戦時下で?』


お祭り(フェスティバル)は、人生に欠かすべからざる要素だぜ。イタリア軍の連中が、砂漠で貴重な水を使ってパスタを()でたように。魂には栄養が必要なんだよ。ハッハッハ』


『そのスピリットは、嫌いじゃない。そんな連中には、生き残ってもらいたいな。よし、あそこでビラを撒こう!』


B-29は、殿倉邸に針路を取る。






『おい、なんだ、あの花火は。殿倉の屋敷の方だぞ。何をやっているんだ?』


灯火管制下での花火。人々は不審に思い、表に飛び出す。


『とにかく行って、様子を見てみよう』


人々は大挙して、殿倉邸に押し寄せる。

人は見知らぬ物に、不安を覚える。そしてそれを、打ち消そうとする。





「B-29のお出ましだよ!」 鈴の叫びが轟く。


殿倉邸は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

屋敷の周囲から訳の分からない花火が打ち上げられ、挙句の果てにB-29の襲来だ。

みんな我先にと、防空壕に避難する。

俺たちは庭先で、その様子を見ていた。


「私たちも避難しなくていいの?」


紬が心配そうに尋ねる。


「大丈夫だ。投下されるのは、爆弾じゃない……」


俺は紬を腕の中で抱きしめ、自分に言い聞かせるように呟く。顔を上げ、空を見上げながら。


空から、白い物が降ってきた。

ひらひらと、天使の羽のように、舞い降りる。

俺はその一つを、待ちかねるように手を伸ばし、掴み取る。

そしてそれを広げ、むさぼるように、見る。


『 日本國民に告ぐ。あなたは自分の親兄弟や友達を助けようと思()ませんか。助けたければこのビラをよく()んでください…………』


きた! 歴史の通りだ! 明日香の言った通りだ! 台本通りだ!

俺は、ビラを握りしめる。

ここから先は、創作だ!


「鈴! やってくれ! 思いっきり!」


「りょ~かいっ! ど派手にいくよ~!」


タタタッと鈴は駆けてゆく。


「……いいの? あいつ、リミッター取っ払ったわよ。遠慮なしよ」


「構わん。その位で、丁度いい」


不安そうな顔で、明日香は呟く。――『知らないわよ』と。


「燃えろー、燃えろー、天まで焦がせー。酸素はいっぱい、硫黄(いおう)もいっぱい、これで燃えずにおりゃりょうか~」


調子っぱずれの、鈴の歌が聴こえてきた。

ドーンという爆発音が響く。

あちこちで巨大な火柱が立ち、黒い煙がもうもうと立ち(のぼ)る。

……早まったかな。



殿倉邸の周囲には、大勢の人が押し寄せていた。

その人たちが、口々に叫ぶ。


『殿倉の屋敷が、燃えているぞ』

『敵の爆弾か?』

『いや、違う。敵が落としているのは、このビラだけだ。 “日本國民に告ぐ” ――これ、例の噂の空襲予告ビラじゃないか。お告げは、本当だったのか!』

『じゃあ、殿倉の屋敷が燃えているのは?』

『……小麦粉の燃える匂いがする。 “粉塵爆発(ふんじんばくはつ)” じゃないか。殿倉は食料を溜め込んでいるって噂だったし』

『なんて勿体ない! 貴重な食い物が、燃えるているのか』


屋敷の外から、人々のざわめきが聴こえて来る。

聞き覚えのある声が混ざっている。

怜司のアジトで聞いた声だ。


『むざむざ食料を燃やすのは、勿体ないな』

聞き覚えのある声は、語る。


『江戸では昔、火元近くの家を壊して延焼を防ぐ “いろは組” があったよな。蒼森の街を火から守るのは、正義だよな。食料を運び出し、火事から守る事も……』


その提案に、皆はごくっと唾を飲みこむ。そんな幻聴がした。

その道中で自分の懐に入る食料を想像している姿の、幻想と共に。


違う方向から、またも聞き覚えのある声がする。

『警防課に持って行けば、ビラ10枚で米1合と交換してくれるそうだ』


ビラは、殿倉邸に降り注いでいる。宝の山が、目の前にある。



皆の、逡巡する心が伝わって来る。

行くべきか、行かざるべきか。苦悩が渦巻いていた。


『丸太があるぞー。これで門をぶち破れー。屋敷の連中は、火事で逃げ遅れているんだー。これは、人助けだー』

迷いを断ち切る言葉が発せられる。


流れは、決まった。

望むべき行動に、大義が与えられたのだ。水が低きに流れるように、殿倉邸に押し寄せる。






よってらっしゃい、 みてらっしゃい。

撒いてらっしゃい、壊してらっしゃい。


皆さまのご愛顧・ご支援で、俺たちは自由を得ます。

基本、悠真は容赦ありません、はた迷惑です。

でもこういうのも、アリです。


『ブックマーク』、『星評価』、『いいね』をお願いします。下段のマークをポチっとして頂くだけです。それが執筆の何よりの糧となります。……筆者の切なるお願いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ