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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第六章 燎原之火(りょうげん の ひ)
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恋ひ焦がれ

7月24日――主馬との対面を終え、新たな日を迎えた。


朝餉(あさげ)をお持ちしました」


女中が行儀よく膳を運んで来る。

俺と紬は配置された膳の前に座り、黙々と口に運ぶ。


「……今日はお静かなんですね」


女中の呼びかけにも、俺たちは何も喋らなかった。

一夜明けても、話す気にならなかった。

それほど昨晩の主馬との対面は、俺たちの魂を削った。



「そんな貌で食べるのは、食べ物に対する冒涜だよ」


鈴が腕組みをして、しかめっ面で非難して来た。


「食べたくとも、それが出来ない人もいる。そんな人に対しても、失礼!」


この食糧難の時代、『食べる』という事にみんな必死になっている。そのありがたみを感じず食すのは、確かに傲慢が過ぎる。


「こっちに来て、私なにも食べてないんだよ。まあ、お腹が空かないからいいんだけど。でも食べるって、それだけじゃないからね。あ――おっちゃんの焼き鳥が食べたぁ~い。皮はパリパリ、中はジューシー。炭火の煙と一緒に漂って来る、芳醇(ほうじゅん)な肉の焼ける匂い。串を打った肉の間から零れる肉汁。想像するだけで(よだれ)が出て来る~。あ、ついでに酒も飲みたいな。私いまは、法律に縛られない立場だから」


そっちかよ、このドワーフ!


『こいつ、自由すぎる』――明日香が眉間に手を当て、顔を(しか)めている。


なんか、馬鹿馬鹿しくなった。




「ご馳走さまでした。美味しかったです」


俺は手を合わせ、給仕してくれた女中さんに丁寧に礼を述べる。

女中さんはキョトンとしていた。


礼を持って接してくれる人間には、相応の礼を返さなければいけない。そこに “大道寺(だいどうじ)“ も “殿倉(とのくら)“ も関係ない。身分や立場の上下に、胡坐をかいてはいけない。それを(わきま)えない人間は、品性が下劣になってゆく。そんな人間に、なりたくなかった。そんな下衆な人間になって、愛想を尽かされたくなかった。メアに、紬に、明日香に、鈴に。みんなに誇りに思ってもらえる人間でありたかった。



「なんか、調子狂うな。礼儀を(わきま)えないバカ息子って聞いていたのに……」


女中さんがブツブツ言いながら膳を下げてゆく。


明日香と鈴が、『よしよし』と笑っていた。






「失礼します。亜夢美(あゆみ)お嬢さまがお会いしたいとの事です。こちらにお通ししてよろしいでしょうか」


朝食を終え、のんびりと過ごしていると、部屋の外から女中さんの呼びかける声がした。

来た! 俺は身構える。


殿倉(とのくら) 亜夢美(あゆみ)――俺の未来の親友、姫川(ひめかわ) (あゆむ)と同じ顔を持つ女。こいつは敵なのか、味方なのか。ハッキリさせなければならない。



「どうぞお越しくださいとお伝えを……」


俺の返答に、女中さんは去って行く。

いよいよ、対面だ。


紬は、不安そうな顔をしている。

鈴は、『よっしゃ、姫サマ登場か――。返り討ちにしてくれる』と息巻いている。

明日香は、『ねえ、事情があって女装をしているけど、実は男の娘という可能性はない?』と腐った台詞を吐く。


みんなそれぞれの思いを持ち、亜夢美の来訪を待った。




「失礼します。亜夢美お嬢さまが参られました」


(ふすま)の向こうから、相馬(そうま) 聡美(さとみ)の声がした。 


「どうぞお入り下さい」


心の動きを気取られぬように、平坦な声で応える。

襖がスーと開く。


「皆さん、お揃いのようで……」


聡美は俺、紬を見た後、視線を明日香と鈴に向け、食い入るように見る。

やっぱり感知されている。




俺たちは事前に話し合った。

鈴は『あいつらがユマと会っている隙に、情報収集に行こうか?』と提案してきた。

それに対して明日香は『それは、止めた方がいい。あいつらもそれは予想して、トラップを仕掛けているはず。それにこの段階で対決姿勢を鮮明にするのは得策じゃない。刺激して、身動きが取れなくなるのは避けたい。それに情報収集というなら、ここに居る方がよっぽど有意義』と主張した。


『なんで?』と問い掛ける鈴に、明日香は答える。

『殿倉 亜夢美が何者か、見極める必要がある。その存在は如何なるものか、その狙いは何かを』


さらに明日香は続ける。『 “姫川 歩“ を知る私たちだからこそ、気付ける事があると思う。私たち三人が、異なる視点から見て気付ける事が。今は敵の正体を見極める事が肝要……」



廊下から、ほんの僅かな軋む音がした。

神経を集中しなければ聞き洩らすような、小さな小さな音だった。

殿倉 亜夢美だ。優雅に、音もたてず、部屋の入口に現れた。



「ごきげんよう、勇哉さん、紬さん。やっと、お会い出来ましたね」


天使のような微笑みで、亜夢美は俺たちに語りかけてきた。

切なげで親愛に満ち、まるで離れ離れになった家族に再会したような顔をしていた。


俺は戸惑った。

二日前飛鳥山に迎えに来た時の、冷たい(ほのお)は鳴りを潜めていた。

惜しみない好意が、俺たちに向けられていた。


一昨日(おととい)と、随分と違うんだな」


あまりの変貌に、俺は皮肉を込めて言った。


「あれは、余所行きの貌です。家人もいましたし、甘い貌を見せられないでしょう。……それに、勇哉さんもいけないんですよ」


亜夢美は幼子のように頬を膨らます。


「月子さんばかり構うんですもの、面白くないに決まっているじゃないですか」


拗ねた口調で甘えるように言う。


「乙女心を、理解して下さいね。嫉妬という蛇は、餌を与えると、見る見る間に膨らんで行くんですよ」


ちょろちょろと、赤い舌を出しながら、淫靡に話す。

ぞっとした。それは求愛者ではなく、捕食者の眼だった。



「そこまで俺に拘る理由が分からないな。君と俺は、ほとんど会った事がないだろう。 “大道寺“ の系譜が欲しいのなら、分家に代を譲るからそっちと仲良くやればいい」


正直俺にとって、 “大道寺“ の当主は何の意味もない。それは紬も同じだ。


「私が欲しいのは、 “大道寺 勇哉“ ではありません。貴方そのものなんです。貴方の名前が、違うものに変わっても関係ありません。月が違う名前で呼ばれようと、その美しさが変わらないように。私が求めるのは、貴方そのものです」


それは、意外な言葉だった。


「蒼森での実験を握る為、大道寺を利用したいんじゃなかったのか」


「……随分と直截(ちょくせつ)な言い方ですね。でも見くびらないで頂きたいですわ、殿倉を。ここまで勢力を拡大させた以上、大道寺の助力は必要ありません」


きっぱりと亜夢美は言い切る。そこに強がりや誇張はなかった。

そうすると、俺はますます分からなくなった。亜夢美が俺に拘る理由が。



「もしかして、本当に忘れているんですか? 私との思い出を……」


なんの事だ? 俺は首をかしげる。



「ひどい方……。私の初めての口づけを、そして私のすべてを奪ったのに」


亜夢美は潤んだ瞳で、じっと俺を見つめる。




「「「なんだって――――」」」


紬、明日香、鈴の三重奏が木霊する。


「お嬢様の……純潔を……奪った……」


亜夢美の後ろに控えていた聡美が、グルルルルと獣の咆哮をあげる。


「お兄ちゃん、浮気? メアちゃんを裏切ったの?」


紬が俺の右腕を掴み、詰問してくる。

そして鈴が左腕を掴み、涙ながらに訴えてきた。


「ユマ、いくら私たちに肉体が無いからって、それはないんじゃない。手で物は掴めるようにはなったんだから、言ってくれたら私がいくらでも…………」


なにをする気だ! いらん気を回すな!


「まあ、若いから仕方がないけど。それでも節操がなくない。やっぱりハーレム作って、私が管理しなくちゃ」


明日香の、理解があるような、ペットの繁殖期を管理するような、訳の分からん愛情が込められた声が、後方からする。




四方から、楚の歌が奏でられた。

好き勝手に振る舞った、哀れな暴君の末路が頭に浮かんで来る。

俺は自分の罪深い過去を振り返る。


…………ん?


「いや、ちょっと待て。俺はコイツとやった覚えはねえぞ!」


俺は自分の無罪を主張する。

やった事なら甘んじて非難は受けるが、やってない事まで受け止める気はない。


「サイテー。証拠がないのをいい事に、ヤリ逃げしようとしている」


鈴が軽蔑するような目で俺を見る。

なんだよ、ヤリ逃げって。実際やっていないからな。

やってない証拠は出せないぞ。 “悪魔の証明“ だ。



聡美は亜夢美の耳元で、なにか囁く。

多分、俺たちのやり取りを伝えているのだろう。

そしてフンフンと頷き、合点したようにニッコリと笑う。


「証拠ならありますよ、ほら!」


亜夢美が、懐から何かを取り出す。

一葉の、写真だった。

そこに、俺と亜夢美が写っていた。

そこで二人は、口づけを交わしていた。

とろけるような、幸せそうな顔をして。



「「「はぁ――――ぁ?」」」


再び三重奏が奏でられる。

だがそれは、先程の非難めいたものはなく、肩すかしを喰ったような脱力した声だった。


その写真に写っていたのは、三歳ぐらいの俺と亜夢美だった。




憶えている訳ないだろうが――――。

子どものお遊びじゃねぇか――――。

これは、ノーカンだ――――。



俺の魂の叫びは、波しぶきのように砕けて霧となり、暗鬱たる雲を育んでいった。

人は三歳までの記憶は失われるといいます。憶えていなくとも、仕方ありません。


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