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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第六章 燎原之火(りょうげん の ひ)
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ハレルヤ

『シュヴァルツシルト半径』


「インピーダンス」


『スカラー』


紬と鈴が “しりとり“ をしていた。物理用語縛りで。

殴り合いとかではなく、平和的な戦いだと思って許可したが、……かわいくない。



「うっう――」 紬が頭を抱える。


『ほほっ。底が尽きたか、憐れ憐れ――』 鈴が煽る。


「じゃかあしい! ちったぁ黙っとけ、この悪霊!」


そろそろ潮時か。


「そこまでだ。一旦休憩。頭を冷せ」


俺は二人を引き剥がす。


「ほら、水を飲め。こんなんで喉を傷めたら、アホらしいぞ」


俺は紬に水の入ったコップを手渡す。

紬は『ありがとっ』と言って、ゴクゴクと飲み干す。


「珍しいな、お前がこんなにムキになるなんて」


紬は基本、人の悪口に反応しない。何を言われようが、無視している。


「うん。他人にどんな事言われても、気にならないんだけどね。なんかアイツに言われると、聞き流せないのよ」


『好きの反対は無関心』と云うが、この二人はそういう冷めた関係じゃないという事か。



「さてっと。次こそあいつに吠え面かかせてやる!」


休息を終えた戦士は、戦場へと戻る。






西の稜線から、太陽の光が突き上げてきた。

雲は下から伸びる赤い光に色づき、上は灰色に黒ずんで行く。

うだるような暑さも、足早に去って行く。

一日が、終わりを迎えようとしていた。



母屋から、女中が一人やって来た。


「旦那様がお帰りになられました。勇哉さまと紬さまにお会いしたいとの事です。申し訳ございませんが、母屋にお越し下さいませ」


女中の語る内容に、みんな沈黙する。

敵の首魁との対面。それはどんな意味を持つのか。

この段階で会うのは、吉と出るか凶と出るか。

だが、逃げる訳には行かない。


「衣服を整えますので、10分後に参りますとお伝え下さい」


俺の返答に、女中はしずしずと下がる。

紬も、明日香も、鈴も、誰も何も言わなかった。

ひぐらしの声だけが、夕焼けに溶けていった。




俺と紬は、母屋へと向かう。

明日香と鈴には遠慮してもらった。

あいつらの存在を感知出来る奴がいる以上、こちらの手の内を見せ、敵を刺激するのは、得策ではない。


紬は俺の腕をギュッと抱きしめる。

『大丈夫だ、俺がついている』 俺は目で語りかける。



母屋に到着する。入口では女中が待ち構えていた。

女中の案内で、俺たちは屋敷奥へと進む。


質素な造りでありながら、重厚感があり、凝った意匠の部屋の前まで来た。


「勇哉さま、紬さまが参られました」


女中は廊下に(ひざまず)き、部屋に向かって呼び掛ける。


「お入り頂きなさい」


低く落ち着いた声が返って来た。

女中が作法に従い、襖を開ける。

中に、壮年の男が座っていた。



ギリシャ彫刻みたいに彫の深い顔だった。

そこから生じる陰影が複雑な表情を纏い、彼を思慮深く見せた。

その輪郭はハッキリと浮かび上がり、存在感を引き立たせた。

いわゆる見るもの全てを魅了する、『華のある』顔であった。


彼は入口から向かって左側に、身体を横向け水平に座っていた。

俺と紬が部屋に入ると立ち上がり、敬礼をする。


「そちらにお座り下さい」


静かに上品に力強く、彼の席と同じ位の奥に置かれた、対面にある座布団を指した。

その席は上位下位のない、彼と同格の席だった。



これは最大限の敬意だった。

もし上座を勧められたら、俺は固辞して下座に座るざるを得なかっただろう。

そのまま上座に座れば、年長者に敬意を持たぬ傲慢な若造との(そし)りを受けるだろうから。

そして下座に座ったと云う事実は、彼を上と認めた事となる。


殿倉(とのくら) 主馬(かずま)はそれをしなかった。

彼の狙いは、那辺(なへん)にあるのか。

俺たちが席に着くまで、能面のように血の通わぬ微笑を浮かべ、立ったままじっと見つめていた。

背筋がぞくりとした。

紬もさっき迄の無邪気な様子は鳴りを潜め、鉄面皮の余所行(よそゆ)きの貌となっていた。



「こうやって話すのは久しぶりだね。私も忙しかったし、君もあちこち飛び回っていたからね」


実際会うのは、半年ぶりだろう。


「お父様に、似て来たね……」


主馬はしんみりとした声で、俺の顔を見ながら零す。


「君たちのお父様、直輝(なおき)さんは立派な方だった……」


遠い目をし、悼むような表情をする。


「清廉で気高く、皆の憧れだった」


それは主馬にとって、都合の悪い事実だったに違いない。

殿倉の勢力を拡大するのに、優秀な主人は目障り以外の何者でもない。

彼らが父の死に関与したとは思わないが、少なくともその早逝を歓迎した筈だ。


「直輝さんは悪徳とは無縁の、神様みたいな人だった。精進して善行を積むとかではなく、そもそも善の要素だけで創られた人だった」


随分と持ち上げる。そうやって俺たちを懐柔するつもりか。


心根(こころね)だけでなく、その姿も美しかった。柔らかく、棘の無い輪郭の顔。引き締まった理知的な唇。強い意志を宿した、鋼のように光る瞳。初めて見た時、彼は月明かりの下に居た。それは儚く、幻想的で、天女のような高雅な美を醸し出した」


……うん?


「その手の動きは洗練され、一つの無駄もなかった。なのにそれは艶めかしく、まるで愛撫するかのように私の気持ちを昂らせた」


おい!


「彼の一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)が、既に一編の詩だった。私はそれに喜悦し、果てた」


おい、おい、おい、おい、おい‼


「私は悟った。これこそが原初の神。そして私が仕える神だと」



そう言うと主馬はすくっと立ち上がり、奥へと進む。

そして奥の壁を押すと、ギィと音を立てて動き、隠し扉が開いた。

奥から微かにランプの灯りが零れる。

ひんやりとした冷気が、奥の部屋から流れて来た。


「君たちに見てもらいたいものがある……」


それだけを言うと、主馬は奥の部屋に入っていった。


俺と紬は見つめ合い、お互いに問う。

ついて行くべきか、逃げるべきか。


答えは、決まっていた。

いずれは乗り越えなければならない壁。残された時間も、少ない。

ならば躊躇すべきではない。

俺と紬は、奥の部屋に足を踏み入れた。




一番奥に、大きな祭壇があった。

八畳の部屋半分を占める、大きなものだ。

ゆらゆらと揺れるランプの灯りに照らされ、そこに祀られているものが姿を現した。



「あそこに祀られているの、お兄ちゃん?」


紬が思わず声を上げる。

俺とよく似た顔の写真が飾られていた。


それは、若かりし頃の父さんの写真だった。

祭壇の下段に、下の方に子どもの頃の写真。

そこから段を上がるごとに、年齢を重ねた父さんの写真が飾られていた。



写真は背景などは切り取られ、父さんの姿だけが写し出されていた。

躍動的な、動きのある写真が。

それを体の線に沿って湾曲した外枠で作られた、ガラスの専用写真立てで飾っている。

俺は既視感を覚える。どっかで見た事があるぞ、これ。



…………アクリルキャラスタンドじゃねえか。押し活の祭壇かよ。




そして祭壇の横にはマネキンを置き、色々な服が着せられていた。

スーツ、浴衣、水着、……学生服もあった。どれもこれも、写真に写っている服だ。


…………ステージ衣装かよ。



「この学生服、手に入れるのに苦労してね。直輝さんが後輩に譲ったのを、その後輩を拝み倒して手に入れたんだ。いや、大変だったんだよ。新しい学生服を直輝さんのとそっくりに仕上げて、同じように擦り切らせて。勿論その後輩には色を付けて、口止めしてね。けど苦労した甲斐があった。直輝さんの青春の汗と涙が染み込んだ聖衣が手に入ったんだから」


主馬はとろんとした目付きで、得意気に早口で話す。これは、アレだ。コレクターが自分のコレクションを自慢する時の、アレだ。喋りたくてウズウズしている。こういった奴の話を、遮ってはならない。お祈りを途中で止めさせるようなものだ。




「お兄ちゃん、コイツ怖い!」


紬は怯えた表情をする。

理解の及ばぬ業の深さに、底知れぬ闇を感じて。



俺たちは、未知の恐怖に戦慄した。

ギャグ風味ではありますが、これも一種のホラーです。


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