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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第六章 燎原之火(りょうげん の ひ)
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ディスカッション

「…………それでお兄ちゃんは、その悪霊に憑りつかれたと」


「いや、こいつらは俺の仲間で、悪霊という訳では……」


「だまらっしゃい! メアちゃん以外でお兄ちゃんに取り付くのは、すべて悪と決まっている。私がそう決めた!」


紬は、おかんむりだった。どうやらこいつは、霊に憑りつかれたのを憤慨しているのではなく、メア以外の女が俺にくっついているのを怒っているようだ。


「で、そいつらの名前は?」


「 “アース“ と “ベール“ って名前だ」


紬は『なんじゃそれは』という顔をする。そうなるよな――。

この名前にしようと提案したのは、明日香だった。



◇◇◇◇◇



「私たちの名前を、紬ちゃんに教えないで欲しいの」


「なんでまた?」


『あの子は、賢い子よ。一を聞いて十を知る。私たちの名前を知れば、未来で、私たちがこの時代に来る前に、 “桐生(きりゅう) 明日香(あすか)“ と “新開(しんかい) (すず)“ が過去を訪れる存在だと気づく可能性がある。これでも私は有名人なの。紬おばあ様と出会う事が無くても、その真実が露見する恐れがある。それは、とっても不味いのよ。私たちは歴史の改変をするつもりだけど、あんまりやり過ぎると歴史の修正力を招いてしまうかもしれない」


「お前たちの名を呼ぶなと……」


「名前が何も無いのは、それはそれで不自然でしょ。私のことは “アース“ と呼んで」


「はいはいっ! それなら私は “ベール“ ! いっぺん呼ばれてみたかったんだ、この名前」


“明日香“ が “アース“ 。 “鈴“ が “ベール“ 。いいのか、これで。まんまじゃないか。

明日香は俺の表情から言いたいことを読み取り、ふふっと笑う。


「いいのよ、これで。日本語ってね、 “表音文字“ じゃなくて “表意文字“ なの。 “音“ ではなく “意“ 。発音が似ていても、その意味が違うものを示せば、認識は阻害されるのよ。不思議なもんね」


俺は言葉の専門家の言う事に、従う事にした。



◇◇◇◇◇



「 “アース“ と “ベール“ ね……。ま、いいけど」


紬は胡散臭そうに俺を見る。偽名なのは、バレバレのようだ。


「そいつらを使って、メアちゃん達の居場所を特定した、と」


俺は力強く頷く。


「そしてそれが、相馬(そうま) 聡美(さとみ)にバレた、と」


俺は肩をすくめ、ちょこんと頷く。


「……なにやってんの」


紬の呆れた声に、『面目ない!』と深く頭を下げる。兄の威厳が台無しだ。


「まあ、起きた事は仕方がない。考えようによっては、バレる前にメアちゃん達の居場所が掴めたのは、良かったのかもしれない。けどこれからは、慎重に行かないとね」


紬は冷静に現状を分析する。


「蒼森大空襲があるのが、五日後、7月28日深夜。私たちがやらなければならないのは、『メアちゃんと静さんの居場所の確認』。今いる場所から移される可能性があるからね。そして『逃走経路の確保』。特に静さんの逃走手段を考えなければならない。お兄ちゃんが担いで逃げるという手もあるけど、それだと移動スピードは鈍るし、距離も稼げない。リヤカーが一番有効だけど、目立ってしまう。どうしたものか……」


むむっと紬は顔に皺を刻む。


「こういう物を使うつもりだ」


俺は荷物から小箱を取り出す。中には砂が敷き詰められていた。

砂の上に指で絵を描く。


情報伝達の為に用意した物だ。

声を出さずに会話したい時、絵などを描いて説明したい時、役に立つ。

紙に書けば事足りるが、それだと証拠が残る。

破いても復元される恐れがあるし、燃やすのも一苦労で時間もかかる。

その点これなら、砂をささっと(なら)すだけで済む。


俺はそれを使い、紬に説明する。


「こういうのは、どうだろう」


そこに描かれたのは、 “布担架“ だった。

乗る人の場所に、途中で角度が付けられ、座って運ぶように出来ている。

左右両方に取っ手が二つずつ、合計四つ付けられ、左右から二人が持って運ぶ作りだ。

長い棒に布を張って寝かせて運ぶ “棒担架“ と違い、小回りが()いて逃走に適している。

運ぶ者に負担が掛かるが、それは交代交代すればいい。俺、メア、明日香、鈴で。

明日香と鈴が運ぶと、担架と静さんが宙に浮かんでいる様に見えるので、シュールな光景となるかもしれないが。

そしてこの布担架の最大のメリットは、収納に場所を取らないという事だ。

制作途中で敵にばれたら元も子もない。これなら隠しておく事が可能だ。


「うん、よく出来ている。持つ人の力の配分も、乗る人の圧力の掛かり方も、よく計算されている」


それを見た紬は、感嘆の声を上げる。


『えへん』と、鈴が鼻高々に得意気にする。

これは鈴の監修だ。鈴が神戸に居た時に得た知識だった。

俺たちがいた時代から30年前、そこで大きな震災があった。

被害は甚大で、大きな傷跡を残した。そして災害に対し、真摯に臨む様になった。

そこで得た知識だった。


「布はあれを使って、持ち手を縫うのはあのやり方で……」


紬は頭の中に設計図を描く。


「うん、なんとかなりそう。後はどうやってメアちゃん達を奪うか、だよね」


それまで輝いていた紬の顔が、曇り始めた。


「正直、厳しい。昨日一日警備の様子を見たけど、隙が無いよ。正攻法では、無理かもしれない」


紬の声が、段々と沈んで行く。


「私が、(おとり)になろうか…………」


思い詰めた表情で、紬は言う。

愛する者の為には、犠牲になってもいいと。


「メアちゃん・静さん二人と私一人。天秤がどっちに傾くか、言うまでもないでしょ。犠牲がゼロで何かを得ようなんて、虫のいい話は無いのよ」


部屋に沈黙が訪れる。重い空気が漂っていた。



カタン。机の上から物音がした。

砂の入った箱の蓋が持ち上げられた。

そして砂が入った箱に、字が浮かび上がって来た。



『ぷぷっ! 囮(笑)』


…………おい!


『なーに言ってんだか、このお嬢ちゃんは』


鈴が指で次々に字を書いて行く。


「あ”、て”めぇ、な”んつ”った!」


紬は箱に書かれる字を睨みつける。瞳は怒りに燃えている。


『まー沸点低いことで。あんたみたいな(かん)の強いガキは嫌われるよ』


鈴はさらに煽る、煽る、煽る。


『負ける理由を、後生大事に抱えるな。んなもん捨てて、奇跡の種でも捜して来い。ガキ!』


『あんた大人びているけど、つまんないトコまで大人の真似してる。 “最初っから諦める“ っていう、どーしょうもないトコまで』


『人間は、神サマには及ばない。うん、それは分かっている。けど、うだうだしてたら差は開く一方だよ。うなだれてるヒマ、あんの?』


『 “険しい道“ って云うのは、 “道がない“ って意味じゃない。障害を除けば、それは理想郷(アヴァロン)へのハイウェイになんのよ。生のまま食べられないからって、ご馳走を捨てちゃうの。ばっかじゃないの!』


次々と辛辣な言葉が浮かび上がる。…………容赦ない。

鈴は本気で潰しに来た。紬の後ろ向きな心を。


「てめえ、なにもんだ!」


紬は問う。そして鈴は答える。


『我が名は “ベール“ ! 三千世界の妖精を()べる者。至高の “フェアリー・クイーン“ 』


ノリノリである。中二病全開である。黒歴史まっただ中である。


紬は砂の箱をキッと睨みつけていた目を俺に向け、俺の胸に飛び込んで来た。



「うわ――ん。お兄ぢゃん、 『べー』がいぢめるぅ”――」


久しぶりに紬のギャン泣きを見た。

俺は紬を胸の中に収め、よしよしと頭を撫でる。


向こうでは、明日香が鈴の頭をポカリと殴っていた。『大人気ない真似すんな!』と声を荒げながら。



紬の、子どもらしい甲高い泣き声がワンワンと響く。

鈴の、しかめっ面の薄っすら涙を浮かべた表情が目に入って来る。



どちらも邪気がなく、微笑ましいものだった。

部屋の重い空気が、少し(ぬぐ)われた。

『明日香』⇒『アス』⇒『アース』。『鈴』⇒『ベル』⇒『ベール』です。念のため。


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