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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第六章 燎原之火(りょうげん の ひ)
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オシラアソバセ

7月23日――殿倉の屋敷に来て、初めての朝を迎えた。


『来て』と云うのが適切なのかは分からない。

俺と紬は、本来ここに住んでいる事になっている。

両親を亡くし未成年の俺たちは、表向き “殿倉(とのくら) 主馬(かずま) “を保護者としているからだ。

主家(しゅか)の子ども達をほったらかしにするのは、家臣連たちにとって体裁が悪い。

俺たちも子どもだけで生きるのは何かと不都合がある。

そこで形式上、殿倉の家の庇護を受けている――と云う形にした。

実際は『大道寺の所領を見て回る』といって、大道寺の旧宅やあちこちの持ち家を渡り歩いていた。

その多くは飛鳥山の小屋に入り浸っていたのだが……。


とにかくこれまでは自由に行動が出来た。だが今回ここに帰って来て、様相が変わっていた。門には衛兵が配置され、出入りは厳しく制限されている。9日前の蒼函(せいかん)連絡船空襲で街が混乱しているからと云うのが、その理由だ。

俺たちには貴人を迎え入れる “東の離れ“ があてがわれ、一見下にも置かない扱いだ。

だが現実は、見張りを立てられ邸内を自由に歩き回れない、軟禁状態に近い物だった。



「どうしたもんかね~。取りあえず静さんとメアちゃんの居場所を掴まないと。……私がコソッと探ってこようか?」


紬が沢庵(たくわん)をボリボリと食べながら呟く。

俺以外には聴こえない小さな声で。

密着して会話するには、このシチュエーションは最適だ。


「……必要ない。メアたちは北にある “八の倉“ に居る。居住用に改造して、そんなに悪い環境ではなさそうだ」


俺の言葉に紬は目を細める。


「どうやって情報を入手したかは聞かないけど…………無理はしないでよ……」


紬は心配そうに語りかける。

本当にこいつは、いい子だ。

聞きたい気持ちは山ほどあるだろう。それを抑え、ただ人を思いやる。本当に、いい子だ。


静に、黙々と、俺たちは朝食を口に運んだ。




朝食が終わった頃を見計らい、女中が膳を下げに来た。

二人だった。昨日は一人だったのに。

一人が膳を下げ、退室する。

もう一人は、居座ったままだ。

彼女は俺に(にじ)り寄り、呼びかけてきた。


「相馬さまが、お話があるそうです。ご足労願えますか」


俺の返事はもとより聞く気はなさそうだ。

質問の形はとっているが、これは命令に他ならない。

『やれやれ』と俺は立ち上がる。

紬は心配そうな顔をしている。

俺は紬の頭をポンと叩く。


「行って来る。帰ったら肩でも揉んでくれ」


そう言って離れを後にした。




母屋は相変わらず荘厳だった。

寝殿造を簡略化した武家屋敷。質素だが使われている木材は上質で、欄間(らんま)などには凝った意匠が施されている。


俺は女中に先導され、よく手入れされた廊下を歩く。

屋敷の奥の、日当たりの良い部屋に案内された。


女中はその部屋の前まで来ると跪座(きざ)をして、部屋の中に声をかけた。


「失礼致します。勇哉さまをお連れしました」


女中の呼び掛けに、『お入りください』と聞き覚えのある声がした。

女中は引手に手をかけ、三回に分けて、少しずつ襖を開いた。……よく教育されている。



部屋の奥に、相馬(そうま) 聡美(さとみ)がいた。


「ご苦労様。貴方はもう下がっていいわ」


聡美の言葉に、女中は作法に従い襖を閉めて去って行く。

部屋には、聡美以外に誰も居なかった。



「ご足労頂き、有り難うございます。立ったままではお話も出来ませんので、どうぞお座り下さい」


聡美は座布団を指し示し、座ることを(うなが)す。


俺は、少し驚いた。

聡美が勧めた席は、下座だったからだ。


俺が敬意を払われていないのは知っている。

だが、仮にも俺は “相馬 聡美の主人の元主家(しゅか)“ だ。

そんな相手にこんな態度をとれば、非難され不味い立場に立つのは、こいつだ。

そしてその非難は、こいつの主人にも波及する。


こいつがそんな事に考えが及ばないとは思えない。

無礼を働かれた事による怒りはこれっぽっちも無いが、戸惑いがあった。



「ああ、もしかして誤解されましたか。下座に座れと言われていると……。まいりましたね」


苦み走った物を口にしたように、聡美は思わず顔をしかめる。


「勇哉さんにその席を勧めたのは、単純にあなたより上位の方がここにいらっしゃるからです。他意はありません」


彼女の言う事が、さっぱり理解できなかった。


「 “オシラ様“ ですよ、ここにおられるのは」


聡美の手に、二体の人形があった。それに向かって彼女は呼びかける。


「 “オシラアソバセ“ をしてたんですよね~、私たち。ちょっと待ってて下さいね、オシラ様。すぐ終わらせますから……」


彼女は手に持つ人形に笑いかける。仲のいい子ども同士がするような、無垢な笑みだった。



“オシラアソバセ“ ――東北地方で信仰されている神様、 “オシラ様“ を祀る行事だ。

30センチの棒の先に男女の顔を書き、布きれで作った衣を着せたもの。それがご神体。

その “おしら様“ を手に取り、祭文を唱えながら踊らせるのが、 “オシラアソバセ“ 。

いま聡美は、その神事を行っているのか。――しかし――。


「 “オシラアソバセ“ は “イタコ“ じゃないと、してはいけないんじゃなかったのか」


俺は記憶の引き出しから知識を引っ張り出す。


「…… “イタコ“ ですよ、私は。ちゃんと免状も持っています。 “神憑けの儀式“ も成功させました」


聡美は少しむくれた表情をする。声もささくれ立っていた。俺は、何かに触れたようだ。彼女の尊厳に関わる物に。


部屋の空気が、変わった。硬く、張り詰めたものに。冬の朝のように、研ぎ澄まされてゆく。

ガタガタと、部屋中が軋み始めた。

柱が、床が、天井が、家具が、あらゆる物が悲鳴を上げた。

地震のような、叩きつけられる衝撃ではなかった。

心臓の中に居るような、鼓動する感情をぶつけられているみたいだった。

いったい、これは何だ!

俺は答えを求めて仲間を見る。

そこには、恐怖に震える明日香と鈴がいた。


「わかんない。けどこれは私たちがやってた、ちゃちなポルターガイストもどきとは訳が違う。原理も理屈も分かんないけど、これは本物だよ!」


鈴が悲鳴のような声を上げる。その怯えた表情こそが、答えだった。


部屋は、煮立った鍋の中の様相を呈していた。

得体の知れない霊気が荒れ狂っていた。

ねっとりとした湿気が、沸き立つような熱が、身体中に纏わりついてきた。

本能が告げる。これは “人ならざるもの“ だと。



「あらあら。私の代わりに怒ってくれているんですね、ありがとうございます。でもその位にしておいて下さい。コレには、まだまだ役に立って貰わないといけないんです。オモチャは壊したら遊べませんよ」


先程までの(いきどお)りは綺麗に霧散し、(かえる)を甚振る子どものような残酷な笑顔で、聡美はコロコロと笑った。


部屋に、静寂が戻って来た。

物音さえ消滅した、死の世界のようだった。



明日香と鈴はへたり込み、呆然としていた。

力の差は、歴然だった。

俺たちは思い知らされた。自らの弱さを、敵の巨大さを。




「さて、そろそろ本題に入らさせて頂きます。今日お越し頂いたのは、お願いがあってご足労願いました」


聡美は居住まいを正し、かしこまった口調で言う。


「あまり勝手に、邸内をうろつかないで下さい」


ぴしゃりと、有無を言わせぬ強い口調だった。


「なんの事だ? 俺も紬も昨日は部屋から一歩も出てないぞ」


俺は精一杯の虚勢を張る。ここが踏ん張りどころだ。


「お連れ様の事です。黒髪の理知的な方と、亜麻色の髪の小柄な方。随分と自由気ままに散策されていらっしゃるようで……」


「……言ってる意味が、わからない」


俺はすっとぼける。一縷(いちる)の望みを託して。


「その二人、飛鳥山からあなたに付いて来た方達じゃありませんか。仲睦(なかむつ)まじく、寄り添うように、目と目で会話しながら」


不機嫌さを隠そうともしない、冷たい声で俺の主張を一蹴した。


「見えるのか?」


もう認めるしかなかった、この事実を。


「ええ。そことそこに――いらっしゃいますよね」


聡美は寸分(すんぶん)(たが)わず、明日香と鈴のいる場所を指差す。

疑う余地は、なかった。




思い上がりを打ち砕かれた。

俺たちにアドバンテージがあると思っていた。

明日香と鈴の姿は見えない。ならば二人に情報収集をしてもらい、あわよくば脱出の下準備もしてもらう。そう考えていた。だがそれは、大きな間違いだった。俺たちに、アドバンテージは無かったのだ。



「……ご理解頂けたようですね。何もあなた方をどうこうしようと思っていません。大人しくしていれば、何もしませんよ。あなたの大切な人を守るにはどうしたらいいか、賢いあなたには良くお分かりですよね」


優しく、諭すように、しんみりとした口調で聡美は言う。


「仲良くいたしましょう…………」



悪魔の囁きは、甘く蕩ける薫りがした。

それは俺の肌から身体中に染みわたり、反抗の心をざくざくと削いでいった。

イタコは普段、自分の町に住んでいます。恐山に行くのは夏と秋の大祭の時だけ。その目的はシェア拡大、()(てい)に言えばイベント出店です。……世知辛い。


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