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ミステリーの女王

『義勇が丘』に一緒に行った翌日、桐生は学校を休んだ。

これまでも桐生は休むことが多々あった。

先生もクラスメイトも、誰も気にも止めていない。

ただ俺だけが、桐生の気持ちを(おもんばか)っていた。


なんとか桐生の心を慰めたかった。

だが連絡を取ろうにも、アドレスも電話番号も知らない。

それを俺に教えてくれるような女子は殆どいない。

ただ登校して来るのを待つしかなかった。



そして――三日が過ぎた。



桐生が、登校してきた。

頬は痩せこけ、目の下には隈があった。寝ていないのは、一目瞭然だった。


『おはよう』とか『久しぶり』とかクラスメイトが声をかける。

だが誰も『どうしたの?』と休んでいた理由を訊ねる者はいない。

桐生との距離感が窺い知れた。


桐生が俺の机を横切る。

通り過ぎる時、彼女の細い指がそっと俺の机の上に触れる。

一枚の小さな紙が置かれていた。


『昼休み、屋上で』


メモには短くそう書かれていた。彼女の性格を表わすような、丁寧で正確な字で。




昼休み、俺は屋上に続く階段を登る。

一体桐生はどんな気持ちでいるのだろう。そう思うと足取りは重くなってゆく。


階段の一番上にたどり着き、意を決し重い扉を開ける。

軋む音が、桐生の悲鳴にも聴こえた。



扉を開けると、眩しい光が射してきた。

目の前に、仁王立ちで佇む少女がいた。

まるで世界の不条理に喧嘩を売っているみたいだった。



「遅いっ!」


鋭い目つきで、吊り上げた口で、今にも喰い殺さんとばかりに怒気を放つ。


「一体何分かかっているの。同じ教室から来たんだから、そんなに遅れる筈がないでしょう。まったくもう」


桐生はツカツカとにじり寄って来た。

俺が行くのを待っていられない。まるで飼い主の帰りを待ちきれない猫のようだった。



「報酬は支払っているんだからね、これの感想を聞かせて頂戴。速やかに、簡潔に。さあ、さっさと読む!」


そう言うと桐生は分厚い紙の束を押しつけてくる。

原稿用紙だった。題名が『エジプシャン・マウの(かわ)き』と記されていた。

ミステリーだった。BL作家『上江洲(うえず) 麻瑚都(まこと)』のではない。ミステリー作家『阿川(あがわ) 玖璃珠(くりす)』の作品だった。


こいつ、打ちひしがれていたんじゃない。新たな世界を創造していたのか。



「ああ、心して読ませてもらう!」


これは単なる小説ではない。こいつの新たな世界だ。心そのものだ。

俺は行間を見落とさないよう、全身全霊で読み進める。



美しく、思いやりに満ちた世界だった。

登場人物はその身をかけて愛を貫き、それ故に絡まった運命に弄ばれてゆく。

そんな人間賛歌と、世の無常を表わしていた。


これは(まさ)しく、桐生が渇望する世界だった。

読み終わったあと、澄んだ読了感と、心地よい疲労感に襲われた。

そして思う。人間って捨てたもんじゃないと。


桐生は不安そうにこちらを見つめている。


「どうだった? 素直な気持ちを聞かせて欲しい。……押しつけがましいとか独りよがりとかでもいいから」


俺はぷっと吹き出す。

こんなものを見せて、そんな風に聞くか。


「そうだな、はっきり言って――」


俺の言葉に、桐生がごくっと唾を飲みこむ。


「最高だ!」


ぱあっと桐生の顔がほころぶ。満面の笑みだ。


「面白い! ストーリー展開、トリックは安定の高レベルだが、心理描写が凄い。心の機微をよく捉えていて、登場人物が血の通った人間になっている。……頑張ったな。ここまで掘り下げるのは、人の心と同調するのは……辛かっただろう」


俺は執筆活動の辛さは解らない。だがこれだけ人の苦しみと共感するのは、自分の内面と向かい合うのは、生半可なことではない事は解る。この作品は、こいつの血と肉だ。


「うん、がんばった――」


桐生は顔をくちゃくちゃにして泣いている。

これまでの苦労を(しの)んでいるのか、認められたと歓喜に震えているのか……。

ただその顔は、輝いていた。


「よくやった」


俺は泣きじゃくる桐生に近づき、そっと抱きしめる。

桐生はぎゅっと強く抱きしめ返し、いつまでも俺の胸の中で泣いていた。




◇◇◇◇◇



「いや、阿川先生。これは傑作ですよ!」


興奮した面持ちで、出版社の担当は声をあげる。


「トリックも面白いけれど、それ以上に登場人物が素晴らしい。実に活き活きとしている。心理描写、苦手じゃなかったんですか?」


これまで何度も指摘し、もはや諦めていた問題点が見事に昇華されている。


「これまで色んな作家さんを見てきて『化ける』瞬間を見てきましたが、これはとびっきりですよ」


いくら若いとは言えど、ここまでの変貌は見たことがない。


「ええ、まあ、色々ありまして……」


彼女は口を濁す。だがその言葉には、隠しようのない嬉しさが溢れていた。


「いい出会いが、あったみたいですね」


担当は確信していた。こんな変化は単独では起きない。何か、あったのだ。


「はいっ、最高の出会いが――!」


打ちあげられた花火みたいな、煌めく感情に(いろど)られた声だった。




出版された『エジプシャン・マウの(かわ)き』はベストセラーとなった。

独創的なトリックは勿論、犯人の復讐に至る葛藤――亡くなった恋人への思慕――が鬼気迫るものがあった。これまで心理描写を苦手としていたのが嘘のように。

これはのちに『阿川(あがわ) 玖璃珠(くりす)の代表作』『彼女の転換点(ターニングポイント)となった作品』と評される事となる。


――――そして彼女は『ミステリーの女王』と呼ばれる事となる。




女王は語る。『エジプシャン・マウの渇き』、これは私の宝物です! と……………………。

如何でしたでしょうか。アマチュアの、取るに足らない末端の末端の物書きですが、少しでも作家の気持ちになって書いてみました。

作中に筆者とよく似た名前が出てきましたが、これは"本当に"偶然です。お気づきになられた方もいらっしゃるかもしれませんが、この名前はある御方のもう一つのペンネームをもじった物です。話の都合上、この名前にせざるを得ませんでした。決して狙ったものではありません。筆者もびっくりです。


よろしければ、『ブックマーク』、星評価をお願い致します。頂ければ狂喜乱舞し、執筆の質が上がること請け合いです。是非よろしくお願い致します。

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