表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)
61/148

グローリーデイズ

山の匂いを吸い込んだ風が吹いてくる。

むせかえるような草の匂いと、豊潤な土の匂いが混ざった匂いだった。

木々の隙間から零れる光は、そんな匂いに誘われるように、真っすぐに降りて来た。




「さっ、戦いはこれまで! みんなで美味しい西瓜(すいか)を食べよう。川に冷やしてあるから」


メアは右腕を紬、左腕を雄兵郎の首に回し、自分の身体に引き寄せる。


「 “ひとつ釜の飯“ ならぬ、 “ひとつ玉の西瓜“ を食べよう。それで仲直り!」


輝く笑顔で二人に呼びかける。二人は毒気を抜かれた顔となる。

なごやかな空気が流れていた。だがそれを、メア自身がぶち壊した。

クンクンと鼻を鳴らし、眉間に皺を寄せ、言い放つ。


「……うん。二人とも、ちょっと汗臭いよ。川で水浴びしよっか」


ピシッと何かが割れる音がした。紬の顔色がさっと変わる。


「メアさん、千多ちゃん、行くよ……。男性陣はここで待ってて。覗いたり、嗅いだりしたら……コロス……」


匂いが気になるお年頃みたいだ。


メアがトコトコとやって来て、俺の手にチャリンと何かを置く。

試合で使うためにメアに預けていた、俺の懐中時計だった。


「一時間したら来てね。西瓜を冷して待ってるから」


左目をウインクし、去って行く。

太陽の日差しよりも熱く、俺の身体を火照(ほて)らせた。





「こう来て、こう来たら、こう返す。う~ん違うな。これだと次の動きに無駄がある」


雄兵郎は一人で黙々と、さっきの戦いを検証している。

戦いは終った。だがそれを次に活かさないのは勿体ない。

そんな思いで、戦いを振り返っている。

……こうした積み重ねが、おべ爺を創り上げていったのだろう。



悠久の時の流れを見つめる俺に、ひとつの影が近づいて来た。


「お疲れ様、上手いこと纏めたわね」


黒髪の少女が俺の横に佇み、静かに語りかける。


「……鈴は?」


「あっちで、おじい様を見てる。……そっとしておいてあげましょう」


亜麻色の髪の少女が、幻の敵と戦う少年の近くに座り、じっと眺めていた。


「……歴史は、歪められてはいないよな?」


不安に駆られ、明日香に訊ねる。

正直、歴史がどうなろうと知ったこっちゃない。

だがバタフライエフェクトで、鈴の存在が脅かされるのは避けねばならない。


「大丈夫でしょう、多分。小さな流れが変わったとしても、本流には影響はない。川の流れに石を置いても、裂かれた水流はまた一つに合わさる。けどね、それゆえに厄介なの。変えてはいけない流れがある。そして、絶対に変えなければならない流れもある。その流れは、どう足掻いても変わらない。まるで確定事項みたいに、人の精励を嘲笑う」


「どんな事をしようと、無駄ってことか」


運命とか宿命とか、人知の及ばぬ超越の存在には手出しが出来ないのか。


「そうでもないわ。私たちは、ちっぽけな存在よ。だからこそ、やりようがある。最終的に歴史の必然に収まるとしても、それは長大な時の流れの中での事。五十年、百年、ううん何百年スパンかもしれない。そんな先の事、私たちが死んだ遠い未来の事なんて、知ったこっちゃないわ。十年、二十年、継ぎ足し継ぎ足しして、望む未来を繋げばいい。それは私たちの勝利よ。そしてその勝利は、歴史にとって痛痒を感じない、目こぼしをしてもいい、小さな事なの。例えば戦国時代から明治時代になるまでが、 “徳川幕府“ でも “豊臣幕府“ でもどっちでも構わないみたいな、些細なことなの。歴史をやり込めるのではなく、共存共栄、仲良く勝利の旨味を貪りましょう」


こいつ小説を書いているからロマンチストかと思っていたが、リアリストだった。 “立っている者は()でも使え“ と言わんばかりだ。


「取りあえずは11日後の “蒼森大空襲” を乗り切りましょう。明日、7月18日に蒼森県知事の声明発表があるわ。『家を離れ避難する者は配給を停止する』と云う、あの愚かな声明。……知らぬ存ぜぬで通しましょう。山に籠っていて知らなかったと。それさえ乗り切れば、――終戦まであと一か月」


夜明け前が一番暗い。

俺は自分を奮い立たせた。




「兄ちゃん、なに独り言をぶつぶつ言っているんだ。大丈夫か?」


汗だくになった雄兵郎が俺の近くまで来ていた。

こいつには明日香も……鈴も見えないんだ。


「……なんでもない。そろそろ時間だ。川へ行くぞ」


鈴がさみしそうに、ぽつんと座っていた。




「あ~生き返った。汗を流すと、ちがうね――」


河原で紬が大きく伸びをしていた。その髪は、しっとりと濡れていた。


「お兄ちゃん達も、汗を流しなよ。さっぱりして、気持ちいいよ」


俺と雄兵郎はその言葉に従い、川に入る。

一日の疲れが、汗と一緒に洗い流されるようだった。


太陽が山の端にかかり始める。

日差しは弱まり、少し冷えてきた。

カラスどもがやかましく騒ぎ始める。

俺たちは川からあがった。


「はい、着替え」


そう言うと紬は、ぱさっと俺の手に服を手渡す。

浴衣だった。しっかりとした作りの、高級な物だった。


「倉を探してたら見つけたんで、持って来た。あのまま置いといたら、誰かに持って行かれてしまうからね」


盗まれるより使った方がましか。俺はそう思い、浴衣を広げる。

その浴衣を広げた瞬間、俺は我が目を疑った。

それは、俺の記憶に刻まれた物だった。


藍色の地に描かれた光琳水(こうりんみず)を泳ぐ水鳥の群れ。そこに咲き乱れる色鮮やかな花々。

俺はこれを、見た事があった。

遠い未来、おべ爺の家で。鈴と初めて会った日に着た、あの浴衣だった。


記憶の混濁と、整合性を求める心に襲われ、俺は愕然とした。

運命の糸が絡みつくのを、為す術もなく見ているようだった。


「さっさと着替える! 女性陣がすぐやって来るよ。裸を見せつける趣味がある訳じゃないでしょう」


紬の言葉に(うなが)され、渡された浴衣を纏う。

肌ざわりは、あの日と同じだった。


「うん、よく似合う。持って来た甲斐があった。お父さんとお母さんが着てた物だよ。浴衣もお兄ちゃんに着てもらって、幸せだ!」


紬は満足気に頷いていた。

だが俺は、その言葉に戦慄を覚えた。


『お父さんと()()()()が着てた物』――という事は。



「お待たせしました~」


木陰から、二人の女の子が現れた。

ニコニコと笑う千多ちゃんの後ろに、隠れるように身をかがめるメアがいた。

千多ちゃんは俺たちの近くまで来ると、『はい、覚悟を決めて!』とメアを突き出す。


「ど、どう、かな? 似合うかな? おかしく……ない?」


不安気に尋ねるメアが、そこにいた。

メアも――浴衣を纏っていた。


濃紺の地に、流水紋の上を水色の蝶が飛び交う浴衣。

あの日、鈴が着ていた浴衣だ。

一同の注目がメアに集まる。



「……すてき」


千多ちゃんが、うっとりとした顔をする。

メアの豪奢な髪が、浴衣の美しい色合いと相まって、至上の美を作り上げていた。

みんなが心を奪われた。


「なんでぃ。あれくらい、オレがそのうち買ってやる」


雄兵郎が悔しそうに言う。自分以外に千多ちゃんの心が奪われるのが(しゃく)なんだろう。


「……ほう、大きく出たね。あれが何だか知っているの? ただの浴衣じゃない。 “加賀(かが)友禅(ゆうぜん)“ の浴衣だよ。よく見て見な。花びらの外側を濃く、内側を薄くして、濃淡をつけて立体的にする “外ぼかし“ を使っているでしょう。お高いよ――。給料の半年分くらい」


紬の説明に、雄兵郎は『げっ』と悲鳴をあげる。

『雄兵郎、ほんと?』 千多ちゃんは雄兵郎の手を自分の両手でしっかりと握り、問いかける。

『男に、に、に、二言はねぇ!』と雄兵郎は声を震わせ涙目で答える。




俺は三人のやり取りを、上の空で聞いていた。

それどころではなかった。混乱していた。


なんでこれがここにあるんだ。

その疑問が、頭に渦まいていた。

あれは遠い未来、おべ爺の家で、俺と鈴が着た浴衣だった。


俺は鈴に視線を移す。

鈴は、呆然と立ち尽くしていた。そして俺の方を見る。

その目は、俺に問いかけていた。

これは一体どういう事かと。




俺たちに立ち込める疑念のように、空が黒くかげって行く。

仰ぎ見る闇空に、星々の群れが冴え冴えと光っていた。

飛び散った血しぶきのように、紅く妖しく輝いていた。


あまりの重圧に、俺は堪らず俯く。

暗闇の中、川がさらさらと流れていた。

川面は鏡のように鈍く光り、空の星を写していた。

水面が、紅く染まっていた。


カナカナカナ……。ひぐらしの鳴く声が響く。

その声に(いざな)われるように、水面の紅い星が(そら)へと浮かび上がる。

ゆらゆらと漁り火の如く、輪郭もおぼろげに(またた)いていた。


数多(あまた)の地上の星が、小さな天の川となって(そら)へと立ち昇ってゆく。

まるで一つの意思を持った存在であるかのように、故郷である天へと還ろうとしていた。


それは、蛍の群れだった。何千何万という、蛍の大群だった。

燦爛(さんらん)と光を放つ蛍たちは、ひとつとなって(うごめ)いていた。

長い帯となり、その姿はまるで大蛇か竜だった。



(ごう)っと一陣の風が吹く。

その風に追い立てられるように、蛍たちは動き出す。

メアに向かって、四方八方から押し寄せた。

まるで誘蛾灯に引き寄せられるように。

彼女の内に在るものを求めて。


光の帯が、メアに向かってぐんぐんと伸びる。

俺は我を忘れ、彼女に駆け寄る。

メアをしっかりと抱き締め、庇うように俺の腕の中に収める。

蛍たちが一塊(ひとかたまり)となって雪崩(なだ)れ込んで来た。

メアの顔をぎゅっと胸に押しつけ、身構える。

自分の身を犠牲にしても、彼女を守るつもりで。


妖しく光る幽光が無数の帯となり、目睫(もくしょう)(かん)に迫って来た。

俺は衝撃に備えた。

思わず目を瞑る。

まぶたの裏で、紅い燐光が乱舞した。



衝撃は、一向に訪れない。

俺はそっと目を開ける。

そこに、幻想的な光景が繰り広げられていた。


俺たちの周りを、光の帯が廻っていた。

きらきらとした光が密集し、眩しく、たなびいている。

(あま)羽衣(はごろも)が、はためいているみたいだった。



俺はこのままメアが、天に還ってゆくのではないかと不安になった。

天人が迎えに来た時、夜にも関わらず、真昼のように輝いたと云う。

天の羽衣を着た人は、心が別物になると云う。

思い悩む事はなくなり、愛しいと思う気持ちも消え失せてしまう。

それは祝福なのか、呪詛なのか。

俺は愛しい人を現世(うつしよ)に残し、月へと還る姫君の気持ちを(おもんぱか)った。



光はぐるぐると、俺たちの周囲を廻る。

強風に煽られた風車のように、勢いよく廻った。


回転を続ける光の粒は、段々と上にせり上がってゆく。

俺たちの頭上まで来た光は、螺旋状に絡みあい、一つとなって、天へと昇ってゆく。

地上10メートルに達した。光はそこで弾け、花火のように空一面に広がる。

光が藤の花のように垂れ下がり、落ちて来た。

光の滝の中に、俺たちはいた。



「…………きれい」


千多ちゃんの声が聴こえた。


雄兵郎と千多ちゃんは抱き合い、空を見上げていた。

この世の物ならぬ光景に、目を奪われていた。

その目に、見覚えがあった。


鈴に初めて会った日、おべ爺と千多ばあちゃんに再会した日、庭で花火をする俺と鈴を見つめていた目だ。

あの時千多ばあちゃんは言った。『時が巻き戻ったみたい』と。

あの時おべ爺は言った。『あの日のままだ』と。

彼らが見ていたのは、悠真と鈴ではなく、若かりし日の自分たちでもない。

この日、この時の、この光景だったのだ。




ゆらゆらと、蛍が揺れる。時の狭間を彷徨(さまよ)うように。


この瞬間の、黄金の日々。

果てしない未来の、黄金の日々。

幾つもの世界が重なっていた。



煌めく栄光の日々を渡るように、蛍たちは舞っていた。

『第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)』はこれで終わりです。

次回から『第五章 パラダイス・ロスト』が始まります。少しでも楽しんで頂けるよう頑張りますので、引き続きご覧ください。


『ブックマーク』、『星評価』、『いいね』をお願いします。下段のマークをポチっとして頂くだけです。それが執筆の何よりの糧となります。……筆者の切なるお願いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ