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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)
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ノーサイド

憤怒のような激しい夏の日差しが降り注いでいる。

その日差しを払いのけるように少女は手を振り上げ、高らかに声を放つ。



「そこまで!」


試合終了を知らせるメアの声が、夏の空に響き渡る。



「ちっくしょう! 仕留めきれなかった!」


紬がハアハアと息を荒げながら地面に大の字に寝ころび、空に向かって悔しそうに叫ぶ。


「どうだ千多、負けなかったぞ!」


雄兵郎が潰された蛙みたいにうつ伏せに倒れ、頬を地面につけながら言う。


……勝ってもいないけどな。

けどまあ雄兵郎にとっては最後まで戦いきった、それこそが勝利なのだろう。

生き延びれば、次がある。戦い続ければ、いつか勝利する。

そんな考えに違いない。



「さあ、判定といこうか」


俺はメアと千多ちゃんに呼びかける。

各ラウンド10点満点で、3ラウンドの合計で勝敗を決める。


「29-28で紬ちゃん!」


メアが熱っぽい、興奮した声で叫ぶ。二人の熱戦に()てられたようだ。

有効打は紬が多かったので、まあ妥当な判定と言える。



「28-27で雄兵郎! 2ラウンドのダウンを重視しました」


千多ちゃんが判定を読み上げる。

このあたりは、考え方の違いだ。


雄兵郎はどんなに攻められてもダウンしなかった。

倒されて寝技に持ち込まれても、 “参った(ギブアップ)“ をしなかった。

紬はそのまま攻め続ければ、失神させたり、骨を折ったりして、勝利する事も可能だった。


だが紬は、それを良しとしなかった。

情けをかけたとか、傷つける事を躊躇(ためら)ったとかではない。

雄兵郎の “心“ を折りたかったのだ。


負けを認めさせないまま勝負を終わらす事が、我慢ならなかった。

己の非力さを痛感させ、敗北の涙を味わわせたかったのだ。

勝ち方に拘った、強者の驕りとも言える。


その心の隙を、突かれた。


紬が腕挫(うでひしぎ)十字固(じゅうじがため)を極めていた2ラウンド終盤の事である。

紬の両脚に挟まれた雄兵郎の右腕は伸び切り、肘は悲鳴を上げ、靭帯を断裂しそうであった。

それでも雄兵郎は降参しない。紬は攻めあぐね、仕切り直しをしようと押さえていた脚の力を緩めた。


そこを雄兵郎は見逃さなかった。

挟まれていた右腕を解放さすのではなく、自由を得た体勢で、残された左腕で殴りかかった。

狂気の沙汰である。


(のち)に『何であんな真似をしたのか?』と雄兵郎に尋ねたところ、『あのまま終わったら、千多にもっとひどい目に遭わされるから』と言っていた。…………どんまい。


雄兵郎の左拳が紬に迫る。紬はそれを避けようとする。

だがそれが最悪の結果を招いた。

雄兵郎の拳が紬の顎先を掠める。

脳が揺れ、紬はぐらりと倒れ、起き上がれない。

俺はダウンをとり、カウントを始めた。


紬は歯を食いしばり、カウント8で立ち上がる。

だがダメージは深刻で、足はガクガクと震え、残り30秒をなんとか逃げ切るのが精一杯だった。


「もしラウンド間の休憩(インターバル)が無ければ、紬さんは負けていました。勿論そういう決まり(ルール)で戦ったのだから、タラレバを言うつもりはありません。ですが、これが実戦ならば紬さんは死んでいました。これは見逃せない、大きな減点です。 “死して(しかばね)拾う者なし。死んでも生き残れ。生き残った奴こそが勝者だ“ ――これはアタシ達が小さい頃から叩き込まれる原則です。死んだら負けです。終わりです。0点です。……紬さんは雄兵郎を殺す事が出来たのに、それをしなかった。殺せる時に殺せ。それを怠った紬さんに、勝者の資格はありません」


どこの闇の組織だ、そんな標語を使うのは。

こうなると、昨日千多ちゃんが言っていた『死にたくない』という望みが、まるで違う物に聞こえてくる。 “修羅の国“ の女、こえ~。


「アタシの採点結果に不服がありますか?」


千多ちゃんの問いかけに、紬はぐっと唇を噛みしめる。


「文句は――ない」


震える声で紬は答える。

……後でフォローしておくか。同年代の奴にここまでやり込められるのは、初めての経験だろう。


「さて、最後に俺だな」


メアと千多ちゃんの採点合計は全くの五分。俺の判定で勝敗が決まる。

俺の口元にみんなの視線が集まる。

ふうっと俺は大きく息を吐く。


「判定は…………」


全員がごくりと唾を飲む。


「…………26-26、引き分け(ドロー)!」


『ええ――――』と、落胆とも驚愕ともつかない声があがる。

勝敗の結果よりも、その低い点数が意外だったようだ。


「言っておくが、お前ら失点だらけだぞ。紬に関しては千多ちゃんが言ったから、もうこれ以上は言わんが、雄兵郎、お前も褒められたモンじゃない」


「なぜです? 雄兵郎は全力を出して戦ったじゃないですか」


千多ちゃんは雄兵郎の代わりに、納得できないと声をあげる。


「戦いの中で全力を尽くした、それは認める。だが “戦いの前“ はどうだった?」


『えっ?』と思いがけない質問に、千多ちゃんは戸惑いの声を出す。


「日々鍛錬を積み、己を高めたか? 限界まで」


俺の言葉に千多ちゃんは考え込む。


「もしそれをしていたら、紬との力量差はここまでで開かなかった筈だ。死に物狂いでやるのはいいが、それが戦い本番だけなら意味がない。 “怠け者の節句働き“ だ、それじゃあ。戦いは、その事前準備を含めてのものだろう」


千多ちゃんはぐうの音も出ない。普段から雄兵郎を見ているだけに、(おこな)っているとは言えないのだろう。


「まあ、それを求めるのは酷だとは思う。だが紬はそれをやっていた、日々(おこた)らず。ならばその紬を抑え、10点満点を雄兵郎に付ける事は出来ない。だから二人とも減点で、この点数だ。雄兵郎は試合前に、紬は試合中に驕りがあった。よって、引き分け(ドロー)!」


勝負はついた。もうこれでいいだろう。どっちが勝ったかとかなったら、またややこしい事になる。



「分かったわ、お兄ちゃん。もう油断はしない。もう私に死角はない。次は完膚なきまでに叩きのめしてやる!」


紬は爛々と燃える瞳で決意を表す。


「それはこっちの台詞だ。これからのオレの伸びしろはスゲエぞ。あっという間に追いついて、お前を叩きのめす!」


雄兵郎も負けじと気を吐く。


「あ”ぁ”――」

「やんのか、ゴラァ!」


二人は近づき、睨み合い(フェイスオフ)を始める。


こいつらにノーサイドの精神はないのか。

俺は二人の間に割って入り、引き剥がす。


「3ラウンドだけの約束だったろう。延長戦(エクストラ・ラウンド)は認めない!」


二人はフゥーフゥーと唸りながら、ようやっと離れる。

まるで猫の喧嘩だ。



二人の興奮が収まった頃、少し離れた所から視線を感じた。

俺はその視線の源を一瞥(いちべつ)する。


(にれ)の木の下で、亜麻色の髪の少女がこちらを見ていた。

昨日の泣きそうな顔ではなく、笑顔を浮かべていた。

雄兵郎を、優しそうな瞳で見つめていた。

俺は、少しほっとした。

悲しい顔を見せられると、心が締めつけられる。

待ってろよ、お前たちも必ず元に戻してやる。


俺の気持ちが通じたのか、鈴はにっこりと笑う。

鈴の笑顔が呼び水となり、ひとつの光景が頭に浮かんだ。

こちらの世界にくる直前に、 “紬ばあちゃん“ が見せた姿だ。

あの時紬ばあちゃんは鈴の顔を見て、『雄兵郎さん……千多さん……』と言った。

その声は、懐旧と親愛の情に溢れていた。


あの人たちは、ここで出逢っていたんだ。

ここで、どんな縁を結んでいったのだろう。

これから、どんな物語を紡いでいくのだろう。




俺は未来へと、思いを巡らす。

仲睦まじく、じゃれ合う、三人の姿が朧気(おぼろげ)に見えた。

幼年組というか老年組というか、三人組の物語でした。

過去である “未来“ は動きませんが、未来である “過去“ が、これから動いて行きます。


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