表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)
59/148

タイトルマッチ

7月17日。 快晴。



「さあ、今日も元気に働くぞ!」


俺は声を張り上げ、畑へと向かう。

隣で雄兵郎が『え~』と、うんざりした顔をする。


「 ”働かざる者、食うべからず” だ。いいんだぞ、別に働かなくても。その代わり、メシ抜きな」


「だれも働くのがイヤとは言ってねえよ。メシ抜きは勘弁してくれ」


雄兵郎は両手を合わせ、拝み倒す。

未来には ”働いたら負け” という(ことわざ)があるが、少なくともここでは俺が使わさない。


「……兄ちゃん、眠れなかったのか? 目の下にクマが出来てるぞ」


雄兵郎が上目づかいで尋ねてくる。


「……お前のせいだ、その(いびき)をなんとかしろ。そんなんじゃあ、嫁さんに逃げられるぞ」


俺の反撃に、雄兵郎はガーンとショックを受ける。

『そんなに酷いのか』とブツブツ呟いていた。


すまんな、雄兵郎。お前のせいじゃない。

ただ、俺の器が小さいだけだ。

あんなにも一途で、激しい想いを目の当たりにして、自分がそれを捧げられるに相応しい男か、自信が持てなかったんだ。



俺は川に向かう女性陣を見やる。


千多ちゃんも俺と似たような目もとをしている。……眠れなかったんだろう。

雄兵郎を見ながら何やら考え込んでいる。

あんなにも無私の愛情を見せつけられ、自分の愛し方を思い直しているようだ。


メアは――すっきりとした顔をしていた。


俺が昨日の会話を聞いていた事を、メアは知らない。これまで溜め込んだ想いを、誰かに、千多ちゃんに聞いてもらい、気持ちの整理がついたみたいな表情をしている。『相談とは誰かに解決を与えてもらうのではなく、自らの思いを知る事』――それと似たような事があったのだろう。そして聞いてもらう相手は、俺や紬では駄目だったんだ。それを話す事で俺の幸せが損なわれるのは、メアの望む所ではない。少し離れた場所にいる千多ちゃんこそ、打ち明けるのに相応しかったに違いない。


それぞれが昨日までと違う想いを抱え、今日という日に臨んだ。






太陽が南天の一番高い場所に昇る頃、雄兵郎が俺に呼び掛けてきた。


「兄ちゃん。誰か来たぞ!」


農作業をしていた雄兵郎は、緊張した面持ちで丘を指差す。

小さな影が、大きな荷物を背負って歩いてきた。

それは、見覚えのある影だった。


「ああ、心配ない。あれは紬だ。俺の妹の――」


俺はそう言うと(くわ)を放り出し、影に向かって大きく手を振る。

影もこちらに気が付き、ぶんぶんと腕を振り返す。


影は段々と大きくなって来る。それに伴い、歩く速度は速くなる。

紬が近づいてきた。




「ただいま――。お土産、いっぱい持って来たよ――」


満面の笑顔で、小さな足を思いっきり蹴り上げ、紬が駆けてきた。


「お帰り。無事でなりよりだ」


俺の胸に飛び込んで来た紬の頭を撫でる。

紬は猫のように目を細め、気持ちよさそうにする。



しかし、そんな雰囲気が一変する。


「兄ちゃん。こいつ、兄ちゃんの妹なの?」


雄兵郎が問いかけてきた瞬間である。――空気が変わった。

ピアノ線みたいな硬質な殺気が張り巡らされる。

鳥たちが怯え、逃げ去ってゆく。

ひゅぅーという風が、冷たく吹きすさぶ。



「あ”ぁ”、おまえ、いま、なんつった!」


紬が獣のような咆哮をあげる。

俺から離れ、雄兵郎に近づき、顔がくっつく位で睨み(フェイスオフする)合う。


いかん、なんか知らんが、地雷を踏んだみたいだ。

紬は基本鷹揚(おうよう)な性格で滅多に腹を立てないが、所々沸点が低い場所がある。

その逆鱗に触れたら、もう大変だ。(なだ)めるのに一苦労だ。

その地雷原が何処にあるのか、俺にも分からない。

雄兵郎の奴、どんな禁忌に触れたんだ?



「お兄ちゃんのことを “兄ちゃん“ と呼ぶことが出来るのは、(あめ)(うえ)(あめ)(した)(ただ)一人(ひとり)、私だけだぁ――!」


そこかよ、そんな事かよ。そりゃ雄兵郎が気の毒だよ。

雄兵郎もキョトンとした顔をしてる。


「お兄ちゃんを “兄ちゃん“ と呼びたくば、私の(しかばね)を越えてゆけ。お兄ちゃんの兄弟の座は、誰にも渡さん!」


どこのバトル漫画のキャラだよ。ここはそんな世界線じゃねえだろ。



「てめぇ、喧嘩売ってんのか!」


紬の頓珍漢(とんちんかん)な言い掛かりを、宣戦布告と受け取ったらしい。

カッとなった雄兵郎は紬に掴みかかろうとする。


「やめろ! 怪我をさせるんじゃない!」


俺は割って入る。このままでは、ただでは済まない。

だが、遅かった――。


雄兵郎が掴みかかろうと右腕を突き出す。

紬はお腹の向きを変え、雄兵郎の側面に入る。

そして雄兵郎の腕に手刀を当て、腕の軌道を逸らす。

紬は手刀を滑らせ、雄兵郎の小手(こて)(薬指の第3関節)を押え、(ひね)る。

雄兵郎はバランスを崩し、くるっと引っくり返った。


―― “小手返し“ だ。流れるような美しい動きだった。


だがそれだけでは終わらない。

紬は倒れた雄兵郎の肘を曲げ、肩関節を極める。

ぐぎゃーという雄兵郎の悲鳴が木霊した。


だから言わんこっちゃない。

ブチ切れた紬を相手するのは、俺でも難儀なんだぞ。

俺は溜息をつきながら二人を引き剥がす。






「それで、こいつは何者なの?」


涙目で腕をさする雄兵郎を睨みつけながら、紬は問いかける。

まさか “畑泥棒“ とは言えない。言ったら火に油を注ぐのは明白だ。


「三日前の空襲で、焼け出された奴らだ。もう一人、同い年の女の子がいる。二人とも神奈川の茅崎(かやさき)から疎開して来たそうだ。四月の茅崎大空襲で二人とも両親を亡くし、蒼森の知り合いを頼って疎開して来た。その知り合いも三日前の空襲で亡くなった。頼る先もなく、この山に来たそうだ……」


都合の悪いことは端折(はしょ)った。

紬は神妙な顔をする。


「……そう。で、どうするの? どこか保護してくれる所を探してあげるの?」


怒りも収まり、冷静な意見を言ってきた。

常識的に考えれば、それが妥当な所だろう。

だが未来を知る俺には、その方法を認める訳にはいかない。


「しばらく、あと二週間はここに居てもらう。蒼森の街も、いま大変だ。こいつらも二回も空襲に遭った。心の傷を癒す時間が必要だ。焼けただれた蒼森の街に居させたくない」


……嘘だ。

自分の大切な二人を守る為、鈴の存在を消させない為の、嘘だ。

7月28日の “蒼森大空襲” 、そこに二人を置く事は出来ない。


「わかった。気が乗らないけど、お兄ちゃんが言うならしょうがない。子分として、こき使ってやる」


言い方は悪いが、自分が面倒を見ると云う事だ。こいつも素直じゃない所がある。

だがそれを、額面通りに受け取る馬鹿がいた。


「ちょっと待て! 子分ってなんだ! オレはお前の下に付くつもりはねえぞ!」


雄兵郎が烈火の如く、怒りの声をあげる。


「はん! なに吼えてんのよ。あんた私に敗けたじゃない。負け犬の遠吠えは見苦しいわよ」


「敗けてねぇ。いつ、なんどき、負けたって言った。負けを認めないうちは、敗けじゃねぇ!」


……こいつ、昔から負けず嫌いな所があるからな。

将棋をしていて、おべ爺に何度 “待った” をかけられた事か。



「ならば教えてやろう、力量の差を。己の無力さを」


紬はすっと腰を落とし、構えを取る。

顎を引き、後ろ足が内側を向き、両足の拇指球(ぼしきゅう)(足の裏の親指の付け根にあるふくらみ)を結ぶ線が雄兵郎に対して真っ直ぐ伸びている。

いわゆる “一重(ひとえ)半身(はんみ)“ だ。この年齢(とし)でこれが出来る奴は、そうそういない。


「オレも引くわけにはいかない。 “修羅の国“ ―― “茅崎“ の男として、勝負から逃げるわけにはいかない!」


雄兵郎も紬に応える。

お前はどこの国の住民だ! どこの戦闘民族だ!


俺は頭が痛くなってきた。

こいつらはなにか? 俺たちみたいに異世界から転移して来たのか?




「あれ? 紬ちゃん、帰って来てたんだ」


メアの声がした。騒ぎを聞きつけて、川からやって来たようだ。


「雄兵郎、その覚悟ぞ、よし! それぞ茅崎の男! 挑まれた勝負から逃げるのは茅崎の男じゃない! ドブ川で死のうと、常に前を向いて倒れろ!」


……千多ちゃんも “修羅の国“ の女だった。

この世界はなにか?  “修羅の国“ ―― “茅崎“ が存在する世界線なのか?


「あんたも中々肝が据わっているわね、気に入ったわ」


紬が千多ちゃんに話しかける。


「あなたも殺すつもりはないんでしょう。ならば問題は無し。腕の一本や二本は持ってゆけ。思う存分、やるがよい!」


千多ちゃんの答えに、紬はカカカッと高らかに笑う。

だからバトル漫画じゃないって!



「勝負の方法は?」


雄兵郎が紬に問う。


何でもあり(バーリトゥード)。武器の使用は不許可。目潰し、金的攻撃、髪を引っ張るのは禁止」


「承知!」


あ――ダメだ。もう黙っていられない。


「おい、喧嘩をして、身体を壊して、農作業に支障が出るのは見過ごせんぞ。制約を設けさせてもらう」


こいつら、もう止まらない。ならば被害は最小限にとどめよう。


「5分、3ラウンド、ラウンド間の休憩1分。参った(ギブアップ)をするか、倒れて(ダウンして)10数えて(10カウント)起き上がれなければ負け。それで勝敗がつかなかったら、俺たち三人で優勢だった奴の名をを出して、それが多かった方が勝ち。……それでいいか?」


「「応ぅ――――」」


二人の声が仲良く重なる。……まったく。




「俺が審判、メアが時計係(タイムキーパー)、千多ちゃんが救護係をする。準備はいいか(アー・ユー・レディ)?」


紬と雄兵郎は構えを取り、睨み合う。


開始(ファイト)‼」


俺の号令を待っていたかのように、雄兵郎が突っ込む。

先程とは違い、慎重に、身体全体でする “ぶちかまし(タックル)“ だ。

技では紬に敵わない事を悟り、力勝負に持ってきた。


紬はそれをするりと躱し、切れ味鋭い技を繰り出す。



「雄兵郎、死んでも負けるな~」


千多ちゃんの容赦ない声援が飛ぶ。


「紬ちゃん、ギッタギタにしてやりなさい~」


メアの過激な激励が投げかけられる。




赤勝て、白勝て、どちらも負けるな。

二人の幼子の汗が飛び交う。



飛鳥山の神々よ、ご照覧あれ。

磨かれた技、挫けぬ魂、とくとご(ろう)じよ。

これが貴方たちへの、奉納試合です。

どうかご加護を与え賜え。

珍しく、バトル回といたしました。


『ブックマーク』、『星評価』、『いいね』をお願いします。下段のマークをポチっとして頂くだけです。それが執筆の何よりの糧となります。……筆者の切なるお願いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ