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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)
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ユートピア

紬を見送りメア達の許に戻った俺は、黙々と作業に取り掛かった。

押し寄せる不安から逃れるように、一心不乱に汗を流した。



「勇哉~、一休みしよう。お弁当持って来たよ~」


底抜けに明るい声でメアが走って来た。


「なに作ってたの?」


メアが畑に取り付けられた物を見ながら尋ねてきた。


鳴子(なるこ)。これで何かがやって来たら、音が鳴って追っ払ってくれる」


俺は額の汗を拭いながら答える。


「鳴子ならもっと上、鳥が止まる高さに綱を張らなきゃ駄目だよ。あ、(いのしし)用なのかな? でもこの辺り、あんまり猪は出ないよ」


「そうだな、でも用心に越したことはないだろう」


言えなかった、人間用だとは。

害意を持った人間がやって来る恐れがあるとは。

人の悪意から逃れ、山奥でひっそり暮らす彼女には、言えなかった。


「そうだね、何事も用心は大切だね!」


無邪気にメアは答える。

鳴子よ、引くな。平穏よ、去るな。

俺は自ら作り出した物が、永遠に日の目を見ない事を願った。




「ジャガイモの植え付け準備も大分進んだよ。 ”(うね)立て” も終わって、後は堆肥と石灰を撒くだけ。楽しみだね、寒い日のホクホクの焼き芋!」


メアは楽しそうに未来を語る。

ああ、楽しみだ。この夏を乗り越え、秋に美味しい焼き芋を一緒に食べよう。

それはこの上なく、幸せな事だ。




日が傾き、雲が紅い光に染まり始めた。今日の作業も、切り上げ時だ。


「川へ寄って帰ろう。お魚、獲れているかな」


メアは俺の手を引き、近くの小川へと向かう。

大きく伸びた影法師がふたつ、仲良さそうに俺たちの後を付いて来た。




「やった! イワナが掛かっている。こっちの大きいのだけもらって、小さいのは川に(かえ)すね。大きくなって、また来てね」


入口がすり鉢状になった網かごを引き上げ、メアが嬉しそうに叫ぶ。

魚が獲れた事より、その笑顔が見れた事に、ほっこりとした。


設置していた五つの網かごを全部引き上げ、釣果にメアは満足そうだった。

そして夕日を浴びながら彼女は言った。


「水浴びしていこう!」


そう言うとメアは服に手をかけ、するすると脱いでゆく。

さらさらと流れる川の岸辺で、衣擦れの音が艶めかしく響く。

すべての音が川の底に沈むような夕映えの中で、その音だけが立ち昇って来た。

メアの裸体が、露わとなった。


「馬鹿っ! 何してる! 恥じらいを持て!」


俺は目を背け、がなり立てる。


「恥じらい? あるよ。だから、こんな事してる」


メアはキョトンとして、当然の如く答えた。


「勇哉……私……その……昨日――(くさ)くなかった?」


恥ずかしそうにメアは問いかける。

その頬は燃え、火照(ほて)っていた。

決して夕日のせいでは無かった。


「いや、だって昨日、暑かったじゃない。それに街を見下ろせる丘まで何往復もしたし。心配で水浴びする暇もなかったし。夜お布団に入って気が付いたの。不味い、私臭いかもしれないって。慌てて朝一番で水浴びしたけど、……私、臭くなかった?」


俺は思わずプッと吹き出した。

恥じらうポイントが違う。


「ああ、確かに匂いがしたな」


メアはガーンとショックを受けた顔をする。


「甘く、花畑にいるような、吸い付きたくなるような、いい匂いだった」


青くなった顔が、再び赤くなる。今度は火を噴くような赤だった。


「ばか――――!」


メアの羞恥に塗れた怒声が、夕暮れの山に木霊した。




ひとしきり感情を発散させたメアは、川の中に入ってゆく。


鳥たちも巣に帰り静かな山の中、瀬鳴りの音だけが流れていた。

その中でメアは、ばしゃっと水をすくい上げる。

硝子(ガラス)のような水飛沫(みずしぶき)が舞い上がる。

さざ波の角が夕日を反射し、きらきらと輝いていた。

メアの輝く黄金の髪と相まって、天上世界を見ている気分になった。



メアは(なお)も川の中に入ってゆく。

川幅の中程に、水面から突き出た岩があった。

岩は川の流れを二つに裂き、白く泡立てていた。

中央の盛り上がった部分に苔が蒸し、馬のたてがみのようだった。

轟々と流れる川に鎮座する岩は留まっている筈なのに、まるで川に逆流して進んでいるみたいに見えた。一頭の馬が川を上っているみたいに見えた。

メアはその馬の背に腰掛ける。

一角獣に騎乗する乙女が、そこにいた。




乙女は惜しげもなく、その裸身を晒す。

一双の固い乳房が、こちらに突き出されていた。

薔薇色の(つぼみ)が、ツンと真っ直ぐこちらを向いている。

静脈が透けて見えるような白さだ。

まるでギリシャ神話の彫像を見ているみたいだった。

いやらしさの微塵もなく、荘厳さだけで形作られていた。


「勇哉もおいでよ」


女神は優しく手招きする。

誘蛾灯に引き寄せられる虫のように、俺は服を脱ぎ、ふらふらと川の中に吸い込まれた。

メアはにっこりと微笑み、俺の歩みを見つめた。



メアのいる岩に辿り着き、その横に腰掛ける。


「川の流れが、気持ちいいでしょ」


メアは両足を交互にバシャバシャと蹴り上げ、水飛沫を上げる。

無邪気に、何の気恥ずかしさも無いように。


「お前、俺に裸を見られて恥ずかしくないのか?」


俺はメアに問いかける。

もしかして、男と認識されていないのかも。

そう思うと眼福ではあるが、何か物寂しい心持ちとなった。


「なんで? 勇哉だもの。何で恥ずかしいなんて思うの?」


俺は一層落ち込んだ。


「この身体は、みんな勇哉のものなんだよ。髪も、胸も、心も、命も、みんな勇哉のものなの。好きにしていいの。三年前に、みんなあげるって決めたの。だから――なにも恥ずかしくないの!」


瞬きもせず、俺を見つめ、真っすぐに熱い気持ちをぶつけてきた。

正直、戸惑った。俺はその戸惑いを、メアに伝える。


「俺の望みはな、お前の喜ぶ顔なんだ。お前がなんでも無い幸せに、頬を緩めるのが見たいんだ。お前が自分を犠牲にする姿なんて、見たくもない。そんな世界、俺にとっては地獄だ!」


俺の嘆きに、メアはニコッと笑う。


「それはこっちも同じだよ。だったら私たち、天国にいるんだね。……知ってる? 天国と地獄って、同じ物があるんだよ。いっぱいのご馳走と、長~いお箸。地獄では、長いお箸は自分の口にご馳走を運ぶ事が出来ないで、ずっと飢えたまま、怨みの声を撒き散らしている。天国では、『貴方からどうぞ』ってお互いがご馳走を口に運び合い、満ち足りて、感謝の気持ちで溢れている。――私たち、天国にいるんだよ」


きらきらと輝く瞳で、メアは幸せそうに話す。

穢れの無い、水晶のような瞳だった。

まさしくここは、天国だった。天使が、そこにいた。



ここは ”悠真” が見ている、過去の幻影なのか。それともあちらが ”勇哉” が見た、未来の幻影なのか。

(うつつ)(まぼろし)――。その境界は、(よう)として知れなかった。






身体を清め、ご馳走に舌鼓を打ち、俺たちは床に就いた。

幸せだった。満ち足りていた。外の世界など、どうでもいい。この隔たれた小さな世界で生きていけたら、それだけでいい。本気でそう思っていた。



その願いを切り裂くように、音が鳴った。

カランカランと、鳴子が引かれた音がした。


俺はガバッと飛び起き、畑へと走る。

(いのしし)(たぬき)であってくれ、人と云う名の獣でありませんように。――そう祈りながら。


畑に着くと、二つの人影が見えた。

一つは ”(くく)り罠” に捕まり、木に結び付けられた紐に繋がれている。

もう一つの人影が、それを必死に外そうとしていた。

周りを見渡す。他に人がいる気配はない。


「人の畑で何をしている。何者だ」


俺は誰何(すいか)の声をあげる。低く、恫喝するように。

人影はびくんと身体をはね上げる。

紬と同じくらいの年頃の、子どものようだった。



さあっと雲が流れ、月が顔を現した。

月明かりが、侵入者たちの姿を顕わにさせた。


男の子と、女の子の二人連れだった。

着ている物は薄汚れ、顔も泥だらけだった。

だがその泥から覗く顔に、俺は驚愕した。



雄兵郎(おべろう)……爺ちゃん。千多(ちた)……婆ちゃん」


そこにあったのは、遥か未来に出会う懐かしい人たちの、幼い姿だった。

俺は混乱した。



「なんで――なんでここに居るんだ! 茅崎(かやさき)に居たんじゃなかったのか!」




運命の歯車が、(きし)む音が聴こえた。

これから過去と未来が交差して行きます。お楽しみに。


よろしければ、『ブックマーク』、星評価をお願い致します。頂ければ狂喜乱舞し、執筆の質が上がること請け合いです。是非よろしくお願い致します。

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