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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)
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命の選別

心の内からひしめきあうように、幸福感が押し寄せて来た。

歓喜が羽を広げて飛び回っていた。

嬉しさに、涙がはらはらと落ちた。



「勇哉、どうしたの?……なんか、変だよ」


戸惑うように、メアは俺の顔を覗き込む。

俺の変化に、何やら気付いたようだ。


「たくさんの死を見て来た。(むご)く、目を覆いたくなる光景だった。……そのせいだろう」


「……そう」


メアはそれ以上は聞かなかった。俺の気持ちを(おもんばか)って口をつぐむ。

嘘が(まと)(ぬく)もりが、二人を包んでいった。


悟られる訳にはいかない。

俺の中に ”勇哉” は居る。だがそれは、メアが知っている ”勇哉” ではない。俺と結合した、新しい ”勇哉” だ。今はそれを知られる訳にはいかない。自分の保身の為ではない。メアの支えであった ”勇哉” が違うモノに変貌した。そんな事を知られる訳にはいかない。その事実は、メアの心を壊すかもしれない。比翼の鳥は、一羽では翔べない。……俺ではなくメアを守る為、嘘をつく。


いつか、この新しい俺を受け入れてくれる日が来るのだろうか。いや、そうならなければいけない。メアの幸せの為に。


神が居るなら、俺の願いを叶えてくれ。

俺の全てと引き換えに、メアを苦しみから救ってくれ。命も未来もくれてやる。

片翼で翔ぶ鳥に、目と翼を与えてくれ。大空に解き放ってくれ。

俺はそれを地に伏し眺めたとしても、満足だ。



「勇哉、恐い顔をしている。そんなに酷い状況だったの?」


心配そうにメアは問う。……駄目だな、不安にさせては。もっと己を律しなければ。


「……小屋へ行こう。そこで落ち着いて話す。色んな事が、一杯あったんだ」


俺は言葉少なく語る。

後ろから、紬が追いついて来た。

メアと紬は抱き合い、お互いの無事を確認し、涙を流して喜んだ。




「ただいま帰りました!」


俺は小屋の引き戸を開け、帰還の挨拶をする。

奥で寝ていた(しずか)さんが、布団から起き上がり涙を溜めてこちらを見た。

病魔との闘いで、頬は削げ、手足も枯れ木のようになっていた。今では歩く事も覚束ない。


「勇哉くん! 無事だったのね! ……よかった。爆発音が聴こえて、外に様子を見に行ったメアから『陸奥湾や港から煙が上がっている』って聞いて、気が気じゃなかった――」


声を震わせ静さんが言う。心配と安堵が、ひしひしと伝わって来た。


「ご心配かけました。俺も紬も無事です。防空壕に避難して、なんとか難を逃れました」


静さんは嬉しそうな泣き顔で、うんうんと頷く。


「あと、これを貰ってきました。静さんの薬です。爆撃が始まったのが、これを受け取った後でよかった。間一髪でした」


その言葉に、静さんは動きをぴたりと止める。

そして目を細め、口を上げ、優しい顔で俺を手招きした。

俺は靴を脱ぎ、膝を立てて、静さんの許へとにじり寄る。

近づいた俺を、静さんはぎゅっと抱きしめ、つぶやいた。


「怖かったでしょう。よく頑張ったわね。……無事でよかった」


母に抱き締められているようだった。これまで張っていた気が緩み、目から涙がこぼれそうになった。

そんな俺を静さんは微笑みながら見つめる。そして抱き締めていた右腕を離し、高く持ち上げた。

右腕は勢いよく振り下ろされ、拳が俺の頭をガツンと叩く。目から火が出そうになった。


「このアホ、なにやってんだ! こんな物の為に命を危険に晒すな! 優先事項を考えろ!」


飛鳥山の鬼が、そこにいた。


紬はひえっと言ってメアの後ろに隠れる。メアは『ま、そうなるでしょうね』と納得顔をしている。

俺一人が、鬼神の怒りを鎮める貢物として捧げられた。……ま、いいけどね。


「この薬はあくまでも闘病の手段、命そのものじゃない。これが失われても、死ぬ訳じゃない。抵抗する力が弱まるだけ。無くなっても、遣り様(やりよう)はある。けれど勇哉くんの命が失われたら、取り返しがつかない。自分の命を粗末に扱うんじゃない!」


鬼神の怒りは収まらない。


「私、『優先事項を考えろ』と言ったわよね。……命にもね、優先事項があるのよ」


阿修羅像の面が怒りから哀しみに変わるように、静さんの表情も変化した。


「医療資源が枯渇した戦地の野戦病院では、 ”命の選別” が行われているの。『在隊治癒可能な微傷者』『自分で歩ける徒歩可能者』『担架で搬送しなければならない重傷者』『助かる見込みの無い死者』に分類して、『分類はするが優先順位はつけない』と云う建前の裏で、軍医関係者だけに分かる隠語で優先順位をつけて治療が行なわれているの。……全ての命を救おうなんて、思いあがりよ。そんな事をしていたら、助かる命も取りこぼしてしまう。万能の神でもない限り、取捨選択からは逃れられないのよ」


冷徹な現実だった。

『俺は誰も見捨てない』とかほざく物語の主人公がいるが、世間知らずの戯言(たわごと)だ。

少なくともその台詞を吐くのなら、それを成し遂げる力を持たないといけない。

そしてそれを掴む為の努力をしなければいけない。

その上で大言壮語をぶち上げるのならば、それは尊敬すべき英雄だ。

それを怠りそんな言葉を吐くのならば、子どもの駄々と変わらない。

分析力と判断力は、立派な力なのだ。




「そしてその優先事項は、重症度だけに限らないの。今この瞬間の平面的な事象だけでなく、時間軸を加えた立体的な視野を持たないといけないの。この先短い病人の私よりも、輝く未来を持つ貴方たちを優先しないといけないの」


まるで自分の命を天秤に乗せるみたいに静さんは言う。


「別に私を見捨てろと言っている訳じゃない。救えるものなら私も救って欲しい。でも貴方の腕が二本しかなく、私たち三人が溺れていたならば、その手はメアと紬ちゃんを掴まないといけないの。間違っても、私を一緒に掴もうとしては駄目! それは、メアと紬ちゃんを殺す事になるの」


嵐の海で船が沈没し、三人が海に投げ出される光景が目に浮かんだ。


「大局的な視点を持って。未来を見据えた行動をして」


命の授業は、なおも続く。


「大体今の世はおかしいの。若い命を散らし、それを美徳としている。それを極めた先に何があると思う? 若者がどんどん死んで、その犠牲の上で勝利したとしましょう。残されたのは60歳を超えた人たちだけ。子どもも産まれず、20年後には日本という国が消滅する。後世に残る笑い話だわ」


シュールな未来だった。


「少なくとも今は、貴方たちは死んではいけない。死ぬなら私みたいに子どもを産んでからにしなさい。それまでは貴方たちに、死ぬ資格はない」


生きる資格と云うのは聞いた事はあるが、死ぬにも資格が要るのか。世知辛い世の中だ。


「さて、お説教はこの位にして、何があったか聞かせてくれる。蒼森港で、何があったの?」


俺は先程までの惨劇を、包み隠さず話した。

二人の顔は、青ざめていた。



俺は二人の顔を見て決心した。

こんな顔は、もうさせない。

その為なら、俺の命はくれてやる。



ごめんなさい、静さん。

静さんの言う事はよく解かるし、その気持ちは嬉しいです。


でも俺の中には、揺るぎない命の軽重(けいちょう)があるんです。

そこでは俺の命は、貴方たちの命に比べようもなく、吹けば飛ぶような軽い物なのです。


ごめんなさい。この行為は貴方たちを悲しませるかもしれません。

でもこれは、どうしても譲れない事なんです。



――――ごめんなさい。

『すべてを救う』――それは気高く憧れるのですが、この時代の現実を考えると、こういうストーリーになってしまいました。もしこれが現代ならば、違ったストーリーになったかもしれません。


よろしければ、『ブックマーク』、星評価をお願い致します。頂ければ狂喜乱舞し、執筆の質が上がること請け合いです。是非よろしくお願い致します。

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