合流
俺を乗っ取った悪魔は、紬と一緒に飛鳥山へ、メアの許へと向かう。
それを阻むことは、俺には出来なかった。
肉体に干渉する力が、全て奴に握られているのだ。
山へと向かう途中、彼らの会話を盗み聞いた。
ちょっとずつ、彼らのことが分かってきた。
彼らの世界は、『すまほ』という支配者に管理されている様だ。『ぐるーぷちゃっと』なる組織が作られ、皆そこからの指示に従っている。絶え間なく送られる指示に敏速に従い、その反応が少しでも遅れると、『きどくするー』と糾弾される。……怖ろしい世界だ。
また彼らにとって最大のご褒美は、『いいね』という物のようだ。それを得る為に、彼らは心血を注いでいる。……そんなに美味しい物なのだろうか?
悪魔たちは体力がないのか、山を登る速度は遅かった。
幼い紬にも置いて行かれる始末だ。
だがゆっくりゆっくりと、その魔の手はメアのもとに近づいて行く。
……いざとなったら、刺し違えてでもメアを守る。
一瞬ならば、躰の支配権を取り戻す事が出来る。
この身をよろめかせ、谷底に墜とす事ぐらいは出来る。
メアは、俺が守る! ――そう誓った。
メアたちが住む小屋が近づいてきた。
彼女と最初に会ったお地蔵様が祀られている場所に差しかかった。
俺は祈る。『俺はどうなってもいい。その代わり守ってくれ。メアを、紬を、静さんを!』と。
お地蔵様がにっこりと微笑んだ気がした。
瞬間、雷鳴が轟いた。幾筋もの稲光が走り、空を覆った。
世界が歪んだ。
俺はその混乱の渦に巻き込まれていった。
情報の濁流が押し寄せて来る。
色々な映像や音が、流れて来た。
それは未知なるものとの邂逅だった。
ごつごつと角張った突起が組み合わさったような、黒い正六面体。
その下に、四本の蜘蛛の脚みたいなものが生えている。
それが荒涼たる大地に向かっている。
「ヒューストン、こちら静かの基地。鷲は舞い降りた」
ザッザッという異音と一緒に、男の声が聞こえた。
着陸した乗り物のハッチが開き、何かが出て来た。
潜水服みたいな物に身に包んでいだ。
ふわりと水中を漂うみたいに飛び出す。
そして白く色彩の無い大地に足を着ける。
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」
静かに落ち着いた口調で、男は語る。
それは、歴史的瞬間だったのだろう。
「1969年7月20日、人類は月に降り立ちました!」
アナウンサーらしき者が、興奮を抑え切れずに大声で叫ぶ。
草木も水も無い死の砂漠で、二人の男が兎みたいにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
ここは、月の世界なのか。
僅か20年余りで、人類は月まで辿り着いたのか。
月から見える地球は、ちっぽけな世界だった。
その中で争う者たちが、愚かしく思えた。
それは、神の視座だった。
それでも地球は、青く、美しく、輝いていた。……いとしい程に。
さらに時は流れて行く。
俺は『スマホ』なる者の正体を知った。
小さな、掌で掴めるような板。
それを駆使し、色々な情報が伝達されていた。
「フォロワー、ついに一万人超えた!」
そう嬉しそうにはしゃぐ、若者の姿があった。
そこは、おかしな世界だった。
井戸端会議が異様な拡大を遂げ、何万人もが同じ場所で、思い思いに語り合ってた。
数万人規模のしゃべくり合いだって? 非常識にも程がある。
だがそのおかしな事が、日常的に行われていた。
情報は力だ。その有無が勝敗を分ける。
もしも俺たちにスマホが有ったのなら、正しい判断を下し、この無謀な戦争を止められたかもしれない。
愚かな軍や政府や報道機関に、騙されなかったかもしれない。
俺とよく似た顔の男が現れた。
『夢宮 悠真』、それがその男の名だった。
横に二人の美少女を侍らせていた。
黒髪の知的な少女と、小柄な妖精みたいな少女。……例の悪魔たちだ。
彼らは仲睦まじしく暮らしていた。青春を謳歌していた。
それを見て、俺は昏い気持ちに襲われた。
妬ましかった。羨ましかった。
何故こいつ等はこんなに幸せそうなんだ。
愛情に包まれ、平和な日常を、なんで当たり前のように享受しているんだ。
それを少しはメアに与えてくれ。
悪意にさらされ、戦争に怯え、山奥でひっそりと暮らすメアに!
『今日はイワナが獲れたよ』と、小さな幸せを、至上の幸福みたいに喜ぶメアに!
なにか、すべてを壊してしまいたいような、苦しみを分かち合ってもらいたいような、どうしょうもない気持ちに襲われた。……そして無力な自分を蔑んだ。
彼らは矢のように進む列車に乗り、蒼森へとやって来た。
どうやら祖母の見舞いに来たようだ。
彼らは病院へと訪れる。どこか見覚えのある場所だった。
そこで俺は、驚愕の事態に直面する。
紬だ! 紬がそこにいた!
成長し、年を重ね、老いた紬がそこにいた。
幸せそうだった。子どもに孫に囲まれ、幸せそうに微笑んでいた。
――涙がでた。
よかった、紬は幸せになれたんだ。俺は神に感謝した。
だが神は、悪戯好きの子どもだったようだ。
俺の感謝を嘲笑うみたいに、突然紬が苦しみ始めた。
そして紬の顔には、神の企みを見抜いたような、やり切れない表情が浮かんでいた。
紬は治療室へと運ばれる。
「「助かってくれ!」」
俺の想いは、誰かの想いと重なった。
突然、記憶と感情の奔流が、波しぶきをあげ迫ってくる。
堰を切ったみたいになだれ込んでくる。
違う山から流れて来た二つの川が、出会い、重なり、新しい川となっていくみたいだった。
うねり、ぶつかり、崩れ、一つとなってゆく。
砕けた記憶が、絡みあってゆく。
俺はそいつであり、そいつは俺であった。
――――俺と悠真は、一つとなった。
……………そしてゲートは開かれた。
シン悠真、誕生話でした。次回から物語が進みます。
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