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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)
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依存

砂時計をひっくり返したみたいに、雪がとめどなく降って来る。

はためく白い薄紙は、視界と熱を奪ってゆく。

俺は身を縮め、先導する彼女にはぐれないように付いて行った。



「着いたわ。あそこよ」


彼女は猫の額ほどの、狭い平地に建てられた小屋を指差した。

それは粗末な小屋だった。


頼りない細い柱に打ち付けられた薄い板。

錆びたトタン屋根がパタンパタンと揺れている。

お世辞にも、立派とは言い難かった。


「ぼろ小屋とか、文句を言うんじゃないわよ」


彼女はキッと俺を睨みつける。


「そんなこと、思う訳がない。山の中なら、こんなもんだろ。立派なお屋敷とかが出てきた方が、狐や狸に化かされたみたいで逆に怖いわ。雪や風が凌げるだけ、ありがたい」


彼女は俺の言葉にフンと鼻を鳴らす。

その顔に、嫌悪の表情は無かった。



「ただいま――。迷子を拾ってきたよ――」


彼女は勢いよく引き戸を開き、小屋の奥に呼びかける。

(かまど)のある土間の奥に、八畳ほどの板の間が一つあるだけだった。

そこに布団が敷かれ、一人の女性が寝ていた。

その女性は帰宅の言葉に反応し、むくりと起き上がる。


「子猫、雀ときて、今度は人の子?」


優しい声で呼びかけてきた。糸のように細く、淡雪みたいに消え入りそうな声だった。


「仕方ないでしょ。目の前で死なれたら、寝覚めが悪い!」


彼女は鼻の(あな)をふくらませ返事をする。

奥の女性はくすりと笑う。まるで全てを心得たかのように。


「まあ、上がりなさい。外は寒かったでしょう。囲炉裏(いろり)に当たって、身体を温めなさい」


女性は優しく手招きする。

俺たちは靴を脱ぎ、板の間に上がった。

囲炉裏の火が、俺たちを温かく迎えた。


パチパチと爆ぜる火の向こうに、曇りなく笑う女性の姿があった。

年のころは三十前半。頬も腕も肉が削ぎ落とされ、やつれている。

それでも元々の美しさは、隠し様も無かった。


鼻筋の通った細面(ほそおもて)の顔。

その線は深く、やつれた今はその(ほり)の深さがより強調され、爛々(らんらん)と輝く瞳が印象的だった。

退廃的な美しさがあった。



恐らくこの二人は親子なのだろう。どこか似通った雰囲気がある。

しかしその本質は違うように見えた。

動と静、陰と陽と云うように。


俺はその片割れに視線を移す。



「う~寒かった」


案内してくれた女の子は囲炉裏の前に座り、頭巾を脱いでいた。

はらりと、長い髪が垂れる。

黄金の波が流れてきた。

太陽が昇って来たのかと思った。

キラキラと光るその髪は、生命に満ちあふれ、活力がみなぎっていた。


先程の美しさには、ただ感嘆するのみだった。

美しい絵画を見る時みたいに、『ふ~ん』と頷くだけだった。

だが、これは違った。心を奪われた。心臓を鷲づかみにされた。瞬きを忘れた。

その姿に、俺は釘付けとなった。



「言いたいことがあるなら、はっきり言ったら。変に気を遣われるのは、(かえ)って腹立たしい」


俺の視線に気が付いた彼女は、忌々しそうに吐いた。


「……きれいだ」


思わず言葉が漏れた。


「…………はぁっ?」


予想外の攻撃を受けたみたいに、彼女は面食らう。


俺はその後、言葉を続けられなかった。

ただ熱く、彼女を見続けた。


彼女はそんな俺を見て、口をパクパクと開けていた。

奥の女性はそんな二人を見て、『あらあら』と呟いていた。


外の雪が嘘のように、小屋の中は暖かい春の空気が流れていた。




「はい、熱いよ。気を付けて」


女の子から、山女魚(ヤマメ)燻製(くんせい)を直火で炙った物を手渡された。

乾燥したゼンマイを煮込んだお汁も添えられていた。

身体の芯から温まった。



人心地ついたところで、寝ていた女性から問いかけを投げられた。


「それで君のお名前は?」


予想された、答えたくない質問だった。


大道寺(だいどうじ) 勇哉(ゆうや)といいます」


女性の眉が、ぴくりと上がる。


「……御父様の、御名前は?」


静かに、平淡に訊いてくる。


直輝(なおき)大道寺(だいどうじ) 直輝(なおき)です」


女性はそれを聞くと(てのひら)(ひたい)を掴み、はぁ――という溜息を漏らす。


「本家か――。よりによって……」


呻くような声が聞こえてきた。


「ご迷惑なら、ここから出ていきます。途中で洞穴みたいなとこがありました。一晩だけなら、そこで何とか凌げます。幸い身体も温まりました。……ありがとうございました」


俺は立ち上がりお礼を言い、入口に向かおうとした。


「ちょい待ち! 出て行かれる方が、都合が悪い」


女性は慌てて引き留める。


「君は今、『殿倉(とのくら)』の家にいるんだよね」


『殿倉』――昔から我が『大道寺家』に世話になり、父が不在と聞き、これまでの恩返しにと、俺と紬の保護を申し出た家だ。昔は我が家の方が勢力が大きかったそうだが、今や逆転している。俺と紬は、肩身の狭い思いをしながら過ごしていた。


「この山はね、殿倉の物なんだよ。私たちはそこに、お情けで住まわせて貰っているの」


女性は卑下するみたいに言い捨てる。


「君の家の『大道寺本家』は、殿倉にとって主家(しゅか)筋に当たる。昭和の御代(みよ)に何を言ってんだと思うかもしれないけど、古い人間には結構大切なことなんだよ」


昭和になって16年。しかしお爺ちゃんお婆ちゃんの世代には、戊辰戦争を経験した人もいる。昔の忠義の心は、今も色濃く残っている。


「君が思っているより、君の価値は高い。自分が望む望まないに関わらずにね」


まるで弁士が語るみたいな、リズミカルな口調で喋る。


「だから君がこの山で遭難するのは、私たちにとって ひじょ~に都合が悪い。どうか助けると思って、私たちに助けられて頂戴!」


似ているな、この親子。

思いやりを暴言や悪意で(くる)むところが。


「わかりました。助けると思って、助けられます」


俺たちは心の底から笑い合った。

なんの警戒も、思惑もなく。






外はひゅうひゅと風が吹いている。

その風は隙間を通り、小屋の中まで侵入してきた。


「お~寒い! 早いとこ寝ましょう。(まき)も馬鹿にならない。火を消して寝るわよ」


女性はそう言って床に就く。


「私たちも寝るわよ」


そう言って女の子は布団を敷き始めた。布団は一つだった。


「えっと、俺の布団は?」


恐る恐る訊ねる。いや、最悪布団なしも覚悟していたが。


「あ”ぁ”。客用の布団がある様に見える? 甘えんじゃない。私と一緒に寝るに決まっているでしょうが!」


いや、それマズイ。『男女七歳にして席を同じうせず』と云うではありませんか。


「そんな事は知らない。知らないという事は、問題ないという事。さあ、寝よ。これで今夜は湯たんぽが冷めて、夜中に目が覚める事もない~」


彼女は俺の抗弁を物ともしない。

俺は諦め、床に就いた。


風で小屋がガタガタと音を立てている。

他の音が雪に吸い込まれているだけに、一層その音が響いてきた。



彼女はこんな中眠れているのだろうか。

俺は寝返りを打ち、彼女の方を向く。

闇の中で、彼女の碧い瞳が燈明(とうみょう)のように光っていた。


「……眠れないの?」


彼女はじっと俺を見つめていた。

警戒しているのではない。観察していると云った面持ちだ。

この美しい瞳の中で、俺はどう映っているのだろう。


返す言葉を選びかね、口ごもる俺に再び彼女は問いかけてくる。


「眠るのが怖くなること……ある?」


質問は、さらに答え難くなっていった。


「目が覚めたら、自分の大切な人が死んでいたらどうしよう。自分が眠っている間に大切な人の容態が急変して、助けることが出来なかったらどうしよう。そんな考えで悶々として、眠れなくなること、ある?」


ある映像が、頭の中に浮かんできた。

山奥の二人以外誰も居ない小屋で、その一人がひっそりと息を引き取る。

残された一人は救うことの出来なかった自分を責め、最後の言葉を交わせなかった事を悔やむ。

やり場のない怒りが、後悔が、その身を(さいな)む。


「わたし、お母さんが死んだら、生きていけない。そんな世界、考えたくもない」


まだ見ぬ恐怖に、彼女は怯える。


「あなたも妹さんが死んだら、自分がどうなると思う?」


俺は腑に落ちた。彼女に共感できた理由が。俺も彼女と一緒なのだ。


「ごめんね、変な事を言って。縁起でもないよね。考えたくもないよね」


その言葉は誰に言っているのだろう。俺にか? それとも自分自身にか?


「私たち、半端者だね。一人で生きられない、情けない奴だね」


涙を浮かべ、言い捨てるみたいに言葉を放つ。


「妹さん、治るといいね」


涙塗れの祈りの声は、細くてぽっきりと折れそうだった。


俺たちは布団の中で、お互いの手を強く握る。

この怪物みたいな不安から逃れるように、命綱みたいにしっかりと握りしめた。



外はしんしんと雪が降っている。

雪が音を吸い込むように、繋がれた手が怯える心を吸い取ってゆく。

彼女は少しずつ落ち着きを取り戻す。



「なにか、お話しをして。気が紛れる、こんな雪の夜にぴったりなのを…………」


彼女は救いを求める巡礼のように、縋る目つきで訴えかける。

俺は彼女の望みを叶えるべく、物語を紡ぐ。



「雪に閉ざされた山荘に、6人の男女が集められた。夕食の後、蓄音機(ちくおんき)から6人の罪の告発と、これから幕が上がる殺人劇の予告が告げられた。そしてその夜、第一の殺人が行われた…………」


俺は淡々と物語を述べる。


「待て待て待て――。何を言いだす。何の話をするつもりなの!」


がばっと彼女は起き上がり、俺を睨みつける。


「『吹雪の山荘』にまつわる話だ。ぴったりだろう」


俺は悪びれず答える。


「ドンピシャすぎるわ! そして私が望んでいるのは、そんな方向性じゃない!」


がなり立てるように彼女は叫ぶ。

『アホ』『バカ』『マヌケ』、一通り罵倒を繰り返した後、その身をどすんと床に投げ出した。


「あ――馬鹿馬鹿しい。センチな気分も引っ込んだわ。さっさと寝よ、寝よ」


彼女はそう言うと布団を頭から被る。

俺もその身を布団にくるんだ。


「……ありがとね」


横から小さな声がした。


すぅすぅと、いつの間にか彼女は寝息を立てている。

少しでも役に立てたかな。

小さな充実感を胸に、俺は眠りについた。

こんな優しさも、あると思います。


よろしければ、『ブックマーク』、星評価をお願い致します。頂ければ狂喜乱舞し、執筆の質が上がること請け合いです。是非よろしくお願い致します。

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