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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)
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飛鳥山

飛鳥山、メアのいる所。――いるのか、そこに、この世界に――メアが!


「どうしたの、まさかメアさんの事まで忘れたとか言わないよね」


紬が怪訝な顔で問いかける。


「メアの事は忘れていない……だがそれが、お前が云うメアの事だとは限らない」


名前が一緒でも、姿形が声が一緒でも、同じものとは限らない。存在は、魂の在り方で違うはずだ。


「……なに言ってんのか意味が分かんないんだけど。……とにかく行こう、メアさんのとこに、飛鳥山に!」


そう言って紬は北北西を指差す。濃藍(こいあい)色に輝く山が、そこにあった。




広げた帯のように、くねくねと曲がった山道を行く。

足元は前に降った雨を含み、少しぬかるんでいる。

俺は先行する紬に呼びかける。


「もう少し、ゆっくり行ってくれるか」


「なに、へばったの? このくらいで」


「まあ、色々あるんでな」


俺はその色々を振り返る。

両膝をそれぞれの手で押さえながら、力を振り絞る少女がいた。


「明日香、大丈夫?」


鈴が、ゼイゼイと言いいながら足を重そうに引きずる連れ合いに声をかける。


「なんなの、この獣道(けものみち)! こんなの、道じゃない!」


まあ東京の高級住宅街、園明(えんめい)蝶舞(ちょうぶ)ではアスファルト舗装されていない道路なんて無いからな。


「大体私はあんたみたいに、アウトドアに向いていないのよ」


軽々と山道を歩行(ある)く鈴を、明日香は恨みがましく睨みつける。


「アウトドア云々(うんぬん)以前のレベルだと思うんだけどな――。林間学校の登山ではスローペースだったからボロが出なかったのか。こんなにポンコツだったとは……。取材とかで、あっちこっち行ってるんじゃなかったの?」


可哀想な者を見る目で鈴は言う。


「基本的に車移動。歩いたりしないわ。」


ある意味こいつはお姫さまなんだよな。野生児みたいな鈴とは対照的だ。


「それでも車が入って行けない場所とかあるでしょ、山の中とか。あ、そう言えばあんたの作品に、クローズド・サークルの『吹雪の山荘』を題材とした物なかったよね。ファンの間でその理由が考察されていたけど、それって……」


鈴の指摘に、明日香は眉をひそめる。


「うっさい! 人には向き不向きがあるのよ。それが何かは、深掘りするな!」


随分と情けない理由で作品の傾向が決まっていたようだ。

ファンの間では文学観に()る信念の表れと言われていたのに。




俺たちは、ゆっくりゆっくりと山道を歩む。

波を打ったシーツのように、起伏に富んだ道だ。

そのいくつかめの(いただき)に、あるものが見えてきた。


石造りの、(かお)()り減った、お地蔵様だった。

だがこんなに風雪に晒され摩滅していても、その着せられた赤い前掛けは綺麗な物だった。

脇には切り取られた花と、竹の筒に入れられた水が添えられていた。

しっかりと管理されている。こんな山奥にもかかわらず。

俺は不思議に思い、お地蔵様を覗き込む。


その瞬間である。

俺の頭の中を真っ二つに引き裂くみたいな、青い電光(いなびかり)が走った。

ドォーン、ドォーンという響きと共に、鮮烈な光景が迫って来る。

俺の視界は、その世界に覆われた。




◇◇◇◇◇




その世界の俺は、今より五歳ぐらい幼かった。

短い手足で、必死にこの飛鳥山を登っている。


「待ってろよ、紬。ぜったい兄ちゃんが助けてやる」


そう呟きながら山道を進んでいた。


俺の頭には、布団の中で苦しみ悶える三歳の紬の姿があった。

ガチガチと身体を震わせている。

季節が冬で、寒さに震えている訳ではない。

肺炎をおこし、危険な状態に陥っていた。

医療設備が整っている21世紀ならともかく、この時代では命に係わることだった。

幼い俺は大人たちに運命を委ねるしかなく、歯がゆい思いに身を焦がしていた。


母は紬を産んですぐ亡くなり、父は徴兵で大陸に行っている。

俺たちは父の知人に預けられ、二人だけで生きてきた。

紬は、俺のすべてだった。

紬を失うことは、世界が無くなるのと同意義だった。

俺は焦燥感に駆られ、(すが)(わら)を探した。

そして、一本の藁が流れてきた。


「飛鳥山に在るお地蔵様、病気平癒(びょうきへいゆ)ご利益(ごりやく)があるそうだよ」


そんな声を聞いた。

飛鳥山、知っている。出征前に、父が連れて行ってくれた山だ。

子どもの足でも、なんとか行ける場所だ。

俺はそのお地蔵様が在る場所を聞き出し、飛鳥山へと向かった。


そんな俺を、大人たちは止めた。

『飛鳥山には鬼が出る』と脅しすかして。

俺はそんなものに屈しなかった。

待ってろよ、紬。ぜったい兄ちゃんが助けてやる。――俺は何度も呟いた。




身を切るような北風に吹かれながら、俺は山を登る。

山道は、思ったよりも幼い子どもには苛酷だった。

今思えば、前回は父が手を引き俺を危険から遠ざけてくれていたんだ。

俺は何度も(つまず)き、転び、擦り剝け、手足から血を流す。

だが、そんな痛みは気にならなかった。

紬を失うかもと云う心の疼きの前では、些細な事だった。




ようやっと目的地に到着した。

すぐにでもお祈りをしたかった。

だがそこには、先客がいた。



「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」


真言(マントラ)を唱え、祈りを捧げる子どもの後ろ姿が見えた。

俺と同じぐらいの年頃だ。

黒い頭巾を被り、粗末な着物を身に着けている。

足は土で汚れ、合掌する手はあかぎれで亀の甲羅のようになっている。

この辺りの子どもか。俺はお祈りが終わるのを待つことにした。


数分待った。お祈りはまだ終わらない。

()れた俺は、その子供に呼びかける。


「おい、いい加減にしてくれ。後が詰まっているんだ。このお地蔵様は、お前だけのものじゃないだろう!」


気持ちがささくれ立っていた俺は、つい強い口調で言ってしまった。

お祈りがピタリと止まる。

子どもは合掌していた手を下ろし、ゆっくりと立ち上がり、俺の方を振り向く。


澄んだ青空を写したような碧い瞳が、そこにあった。

はたと睨みすえるその瞳は、俺を落ちつかない心持ちにさせた。

神事を穢した咎人(とがびと)になった気分だった。

その子どもは、それほどまでに神々(こうごう)しかった。


頭を覆った頭巾から、一房(ひとふさ)の髪がこぼれる。

さざ波のように揺れる髪は太陽の光を()したように、黄金色(こがねいろ)に輝いていた。

天の岩戸が開いたのかと思った。



「自分勝手な物言いは、お地蔵様に嫌われるよ」


澄んだ鈴の音みたいな声が、俺に投げかけられる。

非難の言葉なのに、何故か聞き入ってしまった。

美しく奏でられる楽器に魅了されるように。




これが俺とメアの、初めての出会いだった。

これから小さな恋の物語が始まります。

殺伐としたストーリーが続きましたが、これから暫くはラブストーリーです。


よろしければ、『ブックマーク』、星評価をお願い致します。頂ければ狂喜乱舞し、執筆の質が上がること請け合いです。是非よろしくお願い致します。

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