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幽霊となったクラスの女子が、僕のパンツから這い出て来た  作者: 相沢 真琴
第四章 World War Ⅱ(第二次世界大戦)
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Who are you?

「あそこには……()()()()()()


(つむぎ)と名乗る少女が、到底認めることが出来ない、衝撃的な台詞を吐いた。

誰もいない――そんな筈がない。

明日香が、鈴が、あそこにはいる。俺にはしっかりと見えている。

……ならば、きっと、おかしいのはこいつの方だ。


「紬といったな、もう一度よく見てくれ。本当に、あそこにいる二人が見えないのか。一人は黒髪で切れ長の目で、もう一人は小柄で栗色の髪の、どちらも16歳ぐらいの女の子だ。……見えるだろう」


俺は縋るように問いかける。間違いであってくれと。


「……いないよ。ここにいるのは、私たち二人だけ。他には、誰もいないよ」


冷たい声で、俺を容赦なく突き落とす。現実の海に。


「それに『紬といったな』ってなに。妹に対して、それはないんじゃない……。たった一人の家族なんだよ、私たち」


淋しそうに紬は呟く。幼い子どもが纏うとは思えない、哀しさだった。


「……文句は後で言う! とにかく避難しよう。死んじゃったら元も子もない。行くよ、お兄ちゃん!」


そう言うと紬は俺の腕をぐいっと引っ張り、駆けだした。

ちょっと待て、俺だけ逃げる訳にはいかない。

俺は鈴と明日香に視線を向ける。


「紬さんの言う通りだよ、ユマ。生きてこそだよ!」


「私たちはここは不案内。避難経路を知っている紬さんに従うのが最善!」


二人は、俺と紬の後を追って走って来てた。

自分がどんな存在かを脇に置いて、合理的に行動している。

こんな割り切る所が、勝てないんだよな。



爆撃が激しくなってきた。

最初海上の船への攻撃だけだったのが、陸上の港湾施設も攻撃し始めた。

地鳴りを起こし、火災が発生していた。街は火に包まれていた。


ヒュルルーという音をあげながら爆弾が降ってくる。

音は段々と近づいて来た。

音の質が変わってきた。

列車がすぐ近くを走るような轟音となり、石が降って来たみたいな硬い音がした。

俺たちは走る速度を上げる。



「もうすぐよ、あの防空壕! 病院のだから大きくて深くて、他の小さいのより安心できる。……問題は入れるかどうか。いっぱいだったら、諦めて」


横に病棟が見える。ここは昔から病院なのか。


土嚢(どのう)が積み上げられ、その上に土砂をかけ、小さな山が出来ている。

そこに木枠で覆われた1メートルの高さの入口が、ぽっかりと開いていた。



「すいません、入れてください!」


紬は大声を出して壕に飛び込む。

奥に20人ぐらいの人が避難していた。かなり密集している。


大道寺(だいどうじ)んとこのボンと嬢ちゃんじゃないか。何人(なんにん)だ?」


中からだみ声の問いかけがあった。


「4人だ!」


俺は即座に答える。

紬は困った顔をする。


「……悪いが、あと3人が限界だ。他所(よそ)に行くか、一人は諦めるかをしてくれ」


きっぱりと、心苦しそうに男は言う。


「……わかった。俺はどこか(ほか)をあたる。こいつらを、頼む!」


俺は外に出て、明日香と鈴を押し込める。


「悠真、だめ。あなたが入って!」


「そうだよ、ユマ。私の方がサバイバル能力は高い。私が出る!」


そう言って二人は押し返してくる。


そんな俺たちを見て、奥の男が話しかけてきた。


「おい兄ちゃん、ふざけてんのか。なんも無いところで一人芝居して。今はそんな事やってる場合じゃないんだぞ」


怒気を含んだ声が投げかけられる。


「こいつらが――見えないのか? ここに、女の子が二人いるだろう。……見えないのか?」


俺は恐怖に駆られた。こいつらが存在しない。そんな事は、認められない。


男は『どうしたもんか』という顔をし、口ごもる。

奥から『かわいそうに』『死んだことが受け入れられないんだね』という言葉が漏れてくる。


――そうじゃないんだ。こいつらは生きているんだ。


そんな俺たちのやり取りを見ていた鈴が、意を決したみたいに足を踏み出し、奥へと突進する。


「おい待て、鈴!」


このままでは衝突する。そう思って制止の声をあげる。


鈴は止まらなかった。最奥まで進んだ。

人にぶつかっても遮られる事なく、投射された映像がすり抜けるみたいに、一直線に奥まで進んだ。

奥の壁際まで進んだ鈴は振り返り、哀しそうに言った。


「……こういう事だよ、ユマ。実験結果は素直に受け止めなきゃ。それが科学の進歩の第一歩だよ」


瞳を潤ませながら、声を震わせながら鈴は言った。


明日香が鈴に駆け寄ってゆく。

鈴と同じように人をすり抜けながら。

たどり着いた明日香は、鈴をぎゅっと抱きしめながら言った。


「あなた一人じゃないから。私がついているから……」


鈴はこらえ切れず、涙を零した。


愕然とする俺の腕を掴み、紬が俺を引き寄せた。

防空壕の入口が閉まり、暗闇が訪れる。

外では爆発音が、花火のように鳴り響いていた。



外の騒音とは対照的に、壕の中は静まり返っていた。

まるで死神から隠れるように、物音ひとつ立てず、ひっそりとしていた。


そんな静寂の中、一人の男が呼びかけてきた。


「おめえ、大道寺んとこのボンだろ。だれか……亡くなったのか?」


さっき俺と口論していた男だ。野卑な口調に似つかわない、気遣うような声だった。


「俺は『大道寺』とかじゃない。夢宮――『夢宮 悠真』だ……」


崩れ落ちる何かをくい止めるように、俺は主張した。


「『夢宮』ってあれだろ、油川(あぶらかわ)にある造り酒屋の。……いい加減な事言ってんじゃねえぞ。あそこの子どもは小学校にあがったばっかりだぞ」


そうだよな、紬ばあちゃんがお嫁に行って、そこで初めて係りが出来たんだよな。横にいるこいつが紬ばあちゃんならば、今は縁もゆかりもない事になる。

俺は優しい伯父さん一家と、それを(はぐく)んだあの暖かい家を、懐かしく思った。


壁の隅で明日香と鈴が寄り添っている。お互いの傷を舐めあうように。

慰めの言葉をかけたいが、明日香に拒否された。

『私たちに話しかけるのは、他に人がいない時にして。悠真以外に、私たちは見えないのよ。誰もいない所で一人で話しているの見られたら、不味(まず)いでしょう。自重しなさい』と言われてしまった。『どんな風に思われても構わない』と言ったら、『私がいやなの、悠真がそういう風に思われるのが』と返されてしまった。…………まったく。




「ボン、嬢ちゃんを大切にしな……」


さっきの男が話しかけてきた。


「嬢ちゃん、お前を掴まえて、離そうとしないじゃないか」


紬は俺の右腕を自分の両腕でひしっと掴み、身体を押しつけていた。


「不安なんだよ、離れることが、一人になることが」


男はボソッと呟く。


「こんなご時世だ、いつ死んじまうか分からねえ。曲がり角でぶつかるみたいに、死とご対面しちまう」


諦観したような、悟ったような口調だった。


「死んじまう方はいい。それで終わりだからな。だが、残される方は堪んねえぞ」


低い天上を見つめながら男は言う。まるでその遥か上の、天上世界を見つめるように。


「もしあの時こうしていたら、ああしていたら、死ななかったかもと、何度も死の瞬間を思い起こすんだ、後悔と共に、自分を(さいな)みながら」


男は目を瞑り、沈黙する。なにかを反芻(はんすう)するみたいに。


「そんな無間地獄に、嬢ちゃんを堕とすんじゃねえぞ」


地獄の亡者が出す呻き声のようだった。……多分、そういう事だろう。




時間が、凍ったみたいにゆっくりと過ぎてゆく。永遠の長さにも思えた。


爆発音が段々と小さくなってゆく。振動もおさまってきた。


「よし、もう大丈夫だ!」


男の声に誘われ、みんなが壕の外へと出ていく。

太陽が、眩しかった。残酷なくらい。お前たちの生死なんぞ、なんの意味も無いと突き刺すみたいに。




外の世界は、平穏とは程遠いものだった。


数多(あまた)の人が行き交っていた。

担架がわりの戸板に乗せられ、怪我人が運ばれてくる。 

引き千切られた脚の切り口から、赤い柘榴(ざくろ)のような肉が顔を(のぞ)かせていた。

その切り口からは、とめどなく血が流れている。

それを少しでも止めようと、破いた布がきつく結ばれていた。

怪我人は激痛に悶え、暴れようとしている。

それを両脇から押さえ『もうすぐだから、助かるから』と、怪我人にか、言う本人にか、どちらに言い聞かせるのか分からない言葉を投げかけていた。


その後ろから運ばれてくる人間は、なお悲惨な状況だった。

その者は暴れることは無かった。そんな力は残されていなかった。

焼け(ただ)れ、皮がべろりとめくれ、みみずが這うようにあちこちが膨れている。

口からひゅうひゅうと漏れる息が、かろうじて生きている事を表していた。



ぞっとした。

あれは、一歩間違えれば自分がなっていた姿だ。

俺は死への境界線に立っている事を実感した。



「おい、無事だった男連中は手伝ってくれ。怪我人を運ぶ人手が足りないんだ!」


搬送している男の一人が叫んでいる。



「行くぞ、ボン! 助けるのは、生き残った者の責務だ」


防空壕で話していた男が呼びかける。

俺は素直に従った。それが当たり前に思えたからだ。

港に走る俺の横を、『離れるものか』と紬が寄り添うみたいに付いてきた。

その後ろを、明日香と鈴が付いてくる。……二人の姿は、やはり誰にも見えなかった。

俺たちは一団となって、はぐれる事なく、港へ向かった。




港は、控えめに言って、地獄だった。


街は瓦礫と化し、黒く焼き焦がれ、異臭がしていた。

肉の焼かれた臭い、死の間際に出されると云う糞尿の臭い、爆薬の臭い、……いろいろな臭いが混ぜこぜになった臭いだった。

そしてそこには、死者に向かって嘆く声、『ううぅ~』という唸り声、『助けて――。誰かうちの人を助けて――』と救いを求める声、……死に打ちひしがれる声や、それに抗おうと云う声が漂っていた。


俺たちはそれを一つ一つ(すくい)い上げ、病院へと運んだ。

気が遠くなるような、やり切れない作業だった。



どのぐらい時間が経ったのか、何人ぐらい運んだのか、もう分らなくなった。ただ、終わりはやって来た。


「よくやってくれたな、ボン。助かったよ。あとは家に帰って、無事を知らせてやれ。きっと家の人、心配してるからな」


そう言って男は『あばよ』と去って行った。




家の人か…………。俺は隣の紬を見つめる。


さっき、こいつは言った。『たった一人の家族なんだよ、私たち』と。……ならば。



「家の人に無事を知らせろって言われたが、世話になっている人はいるのか?」


紬の口振りだと、両親はいないのだろう。だが幼い二人ならば、保護者に当たる者がいる可能性が高い。


「……あいつらなんかは、どうでもいい」


やっぱりか。いるにはいるが、良好な関係ではなさそうだ。


「けど、メアさんには無事を知らせた方がいいかもね。きっと心配してるよ」


雷のような衝撃が、全身を貫いた。頭の中を閃光が走った。一瞬、心臓が止まった気がした。

メア、メア、メア……愛しい名前。


「知っているのか、メアを!」


俺は紬の肩を握り、激しく揺すり、問いただす。


「なに言ってんの。『メア』さんを、『アメリア』さんを紹介してくれたのは、お兄ちゃんじゃない。『メア』と云う名前を付けたのだって、お兄ちゃんでしょう」


紬は俺の剣幕に戸惑いながらも答える。


「俺が?」


俺が『メア』と名付けたのは、遥か未来だ。それに『アメリア』ってなんだ?


「そっ。メアさん嬉しそうに言ってたわよ。『これは勇哉(ゆうや)から貰った名前。私の大切な宝物』って」


『メア』、『アメリア』…………俺の中で、何かがざわつく。

そんな俺に、紬は呼びかける。



「さあ行こう。メアさんの居る、『飛鳥(あすか)山』に!」

段々と、メアの正体が明らかになってきます。次回もお楽しみに。


よろしければ、『ブックマーク』、星評価をお願い致します。頂ければ狂喜乱舞し、執筆の質が上がること請け合いです。是非よろしくお願い致します。

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