Relative(親戚)
新幹線の扉が、ぷしゅーという音を立てて開いた。
沢山の人がわらわらと、河のように流れて行く。
俺たちもその波に乗り、ホームへと飛び出す。
新蒼森駅に到着した。
明日香と鈴とはここでお別れだ。
二人はここから電車を乗り継ぎ、蒼森駅へと向かう。
……なのだが。
「ユマ~後で連絡してね。寝る前の『おやすみ』のメッセも頂戴ね~」
鈴の奴が俺の腕にしがみついて離れない。
「さっさと行く! 後で悠真と遊びたいなら、とっとと取材を終わらせること。宿題を先に終わらせて、夏休みを謳歌するわよ! じゃあね、悠真。また後で!」
明日香がそんな鈴の耳を掴み、引っ張りながら去って行く。
「……私たちも行こっか」
妹は二人を遠い目で見ながら呟いた。
俺と妹は、これから実家のある油川へと向かう。
ロータリーへと歩いて行く。迎えの車が来ている筈だ。
伯父さんの車が迎えに来ていた。
一発で分かった、伯父さんの車だと。
車種は一般的な国産車のバンだ。どこにでもある車だ。
なのにこれは伯父さんの車だと、一目で分かる。
……『夢宮酒造店』という文字が、横のドアにデカデカと記るされていた。
「お久しぶりです、幸太郎伯父さん。お世話になります」
「ごめんなさい。忙しいのに私たちを迎えに来てもらって」
俺と妹は、伯父さんに挨拶をする。
伯父さんはにっこりと、人のいい笑顔を浮かべる。
だがその顔には、皺と一緒に疲れが刻まれていた。
「いやいや、遠いところ態々来てもらったんだ、このくらい……。さ、キャリーバックは荷室に入れて。出発するよ」
俺が助手席、妹が後部座席に乗り込み、車は発車した。
「ごめんね、こんな車で。商用車しか持ってなくてね。凪紗ちゃんみたいな年頃の女の子だと、こんな車恥ずかしくないかな?」
ハンドルを切りながら、伯父さんが申し訳なさそうに聞いてくる。
「恥ずかしい? なんで?」
心底わからない、という声で凪紗は答える。
「いや、だってこんな会社の名前が書かれた車、かっこ悪いでしょう」
恥じ入る気持ちは無い。だが客観的にどう見えるか、理解した上での大人の言葉だった。
「何が恥ずかしいのか、よく分らないんだけど。私が恥ずかしいと思うのは、自分を立派に見せようとして、何の考えも無しに高い車や、自分が引き出せる事も出来ないスペックのスポーツカーに乗ったりする事。全身ブランドのロゴだらけの似合わない服を着るみたいで、自分の小ささが浮き彫りになって、そっちの方が恥ずかしい」
伯父さんは妹の言葉に目を丸くする。
「伯父さんは自分の仕事に、プライドと人生を賭けてるんでしょう。それを表した物を、誇りこそすれ恥じるなんて、理解が出来ない」
車内はしーんと静まり返った。……あーあ。
「凪紗ちゃん、まだ中学生だよね。随分と大人びた考え方をするんだね。都会の中学生って、みんなこうなの?」
新種の生物を発見したみたいな、おっかなびっくりした声で聞いてくる。
「……こいつが特別なんです。こいつ多分、人生5周ぐらいしています」
むう、こんな可愛い凪紗ちゃんに失礼なと、後部座席でぶんむくれている。
伯父さんは乾いた笑い声をあげる。
車はそんな俺たちを包み、静かに進んで行った。
内真部バイパスを走り、油川に向かう。田園地帯の中、一直線に走る。
左手に野木和湖が見えて来た。もう間もなくだ。
西洋館風の油川駅を通り過ぎる。昔は栄えていたこの町も寂しくなり、一日の乗車人員も300人から400人だそうだ。1面1線の単式ホームで、今では無人駅となっている。
「この街も段々と寂しくなっちゃて。明治になる前、新城から蒼森までの道が出来るまでは津軽有数の港町だったんだけどね」
伯父さんは目を細め、それ以上に細い声で零した。
「まあ、仕方ない。これも時代だ」
自分に言い聞かせるみたいに伯父さんは一人で結論づけた。答えなど、求めてはいないのだろう。
伯父さんの家に着いた。酒蔵に併設された家だった。
俺たちは土間で靴を脱ぎ、家にあがる。
昔ながらの、開け放たれた家だった。
部屋部屋を区切る襖は頼りなく、今はその存在も無用と隅に追いやられていた。
家はひとつの大きな空間となり、外との隔たりもなく、中庭とも一体となっていた。
公と私、家族、人と自然、すべてのものが渾然一体となった、昔ながらの『家』だった。
「いらっしゃい、ゆうま兄ちゃん、なぎさ姉ちゃん」
小さな、小学校に上がりたての女の子が出迎えてくれた。
「久しぶり―、美海ちゃん。おっきくなったね—」
凪紗がわしゃわしゃと女の子の頭を撫でる。女の子は嬉しそうに、されるがままにしている。
「お腹すいたでしょう。ごちそう用意してるよ」
美海はまるで自分が用意したかのように、自慢げに胸を張る。
「ほほう。して、どんなご馳走かな?」
凪紗はしゃがみ込んで目線を美海に合わせ、ノリよく訊ねる。
「えーとねっ、『いちご煮』だって。ウニやアワビが入ったの!」
『いちご煮』――この辺りの有名郷土料理だ。漁師達が冷えた体を温めようと、獲ってきたばかりのウニやアワビなどを煮付けて食べていたのがルーツとされている。乳白色のスープに沈むウニの姿が、朝もやに霞む野いちごに見えたことで名づけられた、ハレの日の料理だ。俺たちがどんなに歓迎されているか、うかがい知れる。
「わたしはハンバーグのほうがいいって言ったんだけどね――」
俺と妹は、ぷっと吹き出す。可愛いもんだ。
「東京にはハンバーグのおいしいお店があるんでしょう。今度東京に行ったら、連れていってくれる?」
美海はキラキラした目で聞いてくる。
「うん、いいよ。美海ちゃんは、どっか行ってみたいお店とかあるのかな?」
凪紗は優しく受け止めた。こいつも妹が出来たみたいで嬉しそうだ。
「うん! 『帝国ほてる』っていうお店!」
美海ちゃんが可愛い顔で、可愛くないことを言いだした。伯父さんの顔は引き攣っている。
「う~ん、『帝国ホテル』か――。あそこも悪くはないんだけど、真の通なら『知る人ぞ知る』っていう『マイ・フェイバリット』のお店に行かなくっちゃね」
「まいふぇいばりっと?」
美海ちゃんが、きょとんとした顔をする。
「『私だけの素敵な場所』っていう意味よ。江戸っ子ならそんな場所の一つや二つ、持ってなくっちゃね」
「かっこい――。わたしも『えどっこ』になる――」
おまえ、津軽っ子だろうが。
うちの妹二号の誕生を、なんとしても阻止しなければ。
「まあま、いらっしゃい。そんな所で立ち話してないで、上がって上がって。ご馳走用意しているからね」
奥から伯母さんが出て来た。エプロンを付けている。さっきまで料理をしていたようだ。
奥から、温かい匂いが漂ってきた。
料理の匂いではなく、人の内側から発せられる、温かい匂いだった。
ほっとする匂いだった。
今回、実在する地名などが出てきましたが、これはフィクションであり、実在する人物や団体などとは関係ありません。また『現実と違う』という事がございましても、架空世界の事と、筆者の不見識をご容赦ください。
『ブックマーク』、『星評価』、『いいね』をお願いします。下段のマークをポチっとして頂くだけです。それが執筆の何よりの糧となります。……筆者の切なるお願いです。




