表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/117

祈り

火の神が現れた。純白のギリシャのキトンみたいな衣装を身に着け、草冠をかぶっている。

俗世から離れ、穢れなどとは無縁の清らか存在に思えた。

亜麻色のふわふわした髪、硝子のような透き通った瞳、精霊そのものだった。

彼女の名は『新開(しんかい) (すず)』、『フェアリー・クイーン』『ティンカー・ベル』の二つ名を持つ。



「人の子たちよ。いま私は貴方たちに、この火を与えにやってきました」


鈴が点火の言葉を、おごそかに述べる。

様になってやがる。ぴったりだ。さすが満場一致で火の神に押されただけのことはある。


「暗闇を照らす炎。それは美しく、あたたかく、恩恵を授けてくれます。……しかし災厄をも一緒にもたらします。強い力は、守る力にもなれば、滅ぼす力にもなるのです。貴方たちは律しなければいけません。その力を、(はがね)の意思で。それを成し得るのは、人への慈しみです。自分と同じ人間なんだと、(うやま)う心です」


いつもの愛らしい雰囲気ではなく、荘厳なオーラを纏っている。


「古来、人は争ってきました。その多くは、異なるものから仲間を守るために行われたことです。人種、信条、信仰……いろいろなことで争ってきました。その争いに火が使われ、被害は拡大していきました。私は悲しみました、火がそのように使われることに」


嘆き悲しむ気持ちが、ひしひしと伝わってくる。


「皆さんはこの二日間、色々な人に接してわかったのではないでしょうか。みんな同じ人間なんだと。あの取っつきにくかった人も、ちょっと恐そうな人も、同じようなことで悩み、苦しみ、喜ぶ、自分と同じ人間なんだと。そして人間は、助け合わないと生きていけないということを。……この世を天国とするか地獄に変えるか、皆さん次第です。願わくは楽園であらんことを。…………点火」


みんな神妙な面持ちで聴いていた。

これが先生なんかが言ったら「偉そうに」と反感をかったかもしれないが、鈴が言うと心に響くものがあった。哀しい気持ちが伝わってきた。あいつ、本当は前世が妖精だったんじゃないか。


火の粉が舞い上がる。風に乗ってパチパチと爆ぜる音と、射るような熱が伝わって来た。

少し冷え始めた高原の夜に、心地良い温かさをもたらした。


「新開嬢、やるじゃないか。立派な名演説だ」


炎に照らされた横顔が映る。香坂が感慨深げに炎を見つめていた。


「あたたかい、いい炎だな」


ぼそっと香坂は静かに呟く。誰かに聴かせようという思惑はないように。


「炎にあったかいとか冷たいとかあるのか?」


俺はからかうように問いかける。


「……あるよ。ねばつくような悪魔の舌みたいな赤い炎とか、すべてを焼き尽くし凍りつかせる氷地獄(コキュートス)のみたいな青い炎とか、色々ある」


随分と詩的なことを言いやがる。


「言葉と一緒だよ。同じ音韻、声調、アクセント、イントネーションで語られても、そこに含まれる心が違えばまるで別物だ。さっきの新開の演説みたいにな」


言いたいことは伝わってきた。たとえ全てを語らなくとも。




「ユマ、どうだった? 私の『火の神さま』!」


ギリシャ神話の女神みたいな鈴が駆けて来た。ご褒美を期待する子犬のように。


「最高だった。これ以外に言葉はないな。他の誰にも出来ない、最高の『火の神』だった。それ以上は、蛇足だろう」


俺の言葉に、鈴は満面の笑みを浮かべる。


「じゃあちょっと着替えてくるね。さすがにこの服でフォークダンスは出来ないもんね!」


鈴は走って宿泊施設に向かう。そんな俺たちを眺めながら、香坂はニヤニヤしていた。


「だとよ、大将。どうするんだ? どっちと踊るんだ? フェアリー・クイーン陛下? ミステリーの女王様? ファイナルアンサーは迫っているぞ」


焚き火台の周りを、生徒が男女ペアとなって取り囲み始めた。準備係が音楽を流す用意を始めた。みんな、そわそわとしている。もうじき、フォークダンスが始まる。


「お前の期待しているような展開にはならんよ」


俺は素っ気なく答え、その場を後にする。

香坂は肩をすくめ、両手の掌を上に向け、あららと嘆息(たんそく)していた。



薄暗い物陰に入ったときだった。


「どこに行くのかしら?」


ゆらりと物陰から誰かが出て来る。

幽鬼のような蒼い炎がゆらめいていた。

確かめるまでもない。誰か決まっている。


「明日香…………。悪い、ちょっと……」


「好きな人のところに、行くのね…………」


すべてお見通しみたいだ。さあ、どう言い訳しようか。


「いいのよ、行ってらっしゃい。鈴のことは心配いらないわ。私が誤魔化しておいてあげる。……楽しんでらっしゃい」


俺の心配は肩透かしを食らう。


「いいのか? 止めないのか?」


思わず確認の言葉をかける。言った後で後悔した。明日香の気が変わったらどうするんだ。


「私が? なぜ?」


あにはからんや、明日香は何故そんな事を言うのかと、きょとんとした顔をしていた。


「前にも言ったでしょう。『あなたは私の太陽。私はあなたに真っ直ぐに向かう向日葵(ひまわり)。陽が射さなくとも、私があなたを見失うことはない。例えあなたが他の人を愛し、私に愛を与えてくれなくとも』と。……いつか私のこと、好きになってくれたら言うこと無いんだけどね」


揺るぎない、力強い声で明日香は語る。

その声に、俺は誠実に応えるべきだと思った。


「お前のことは、好きだよ。愛しく想っている。けどそれ以上に、好きなやつがいるんだ。俺の全存在を賭けて、愛したいような。……ごめん」


飾らず、誤魔化さず、正直な気持ちを伝えた。


「謝ることはないわ。私のこと、『好き』って言ってくれるのよね。うれしいわ、強がりじゃなく。……いまはそれで十分」


聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「幸せになって。それだけが私の願い」


澄んだ、余分な物が一切ない、純粋な愛情が流れてきた。

俺は堪らず、明日香に近づき、心のままに抱きしめた。俺の目からは、涙が流れていた。


「ふふっ。小さな子どもみたい。仕方ないわね、悠真ったら。……いつでも帰ってらっしゃい。この胸の中で、なぐさめてあげる」


明日香はよしよしと俺の頭を撫でる。

……本当にお前は、いい女だよ。






明日香と別れ、人気のない場所へと来た。

遠くで焚き火の明りと、人のざわめきと音楽がしている。

昨日もこのぐらいの時刻だった。願うならば、いまか。

俺は星空を見上げる。

頼む! 願いを聞き届けてくれ!

星に、祈りを捧げた。



躰がぞわぞわし始めた。電流が走る。躰の自由が効かなくなる。……始まった。

下腹部から、黄金の頭が現れた。俺は(いまし)めを引き千切り、力を振り絞って彼女を引き上げる。


愛しい声が俺に問いかけてきた。



「……待った?」


「今来たところだ……」


恋人たちみたいな会話を交わす。


「よろしい! デートのやり方、ちゃんと復習してたんだね」


「おまえに嫌われたくなかったからな」


駆け引きなしに、心の内を素直に伝える。

変な小細工は、誠意を(にご)らすだけだ。


「そこまでの返し方、教えてないよ……」


「予習した。喜んでもらいたくて」


お前を喜ばすためなら、なんだってやる。嘘偽りのない気持ちだ。


「…………ばか……」


メアの頬は、ほんのり赤く色づいていた。






光の欠片を貼り付けたような星が、空いっぱいに広がっている。

星はやさしく瞬いていた。

小さな恋人たちを見つめるように。

ヒロインたち、みんな大好きです。皆さんはどの娘がお好きですか? よろしければご意見お聞かせください。


『ブックマーク』、『星評価』、『いいね』をお願いします。下段のマークをポチっとして頂くだけです。それが執筆の何よりの糧となります。……筆者の切なるお願いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ