またね
「出来れば初めては、人間相手がいい……」
俺はささやかな望みを述べた。
贅沢は言わない。アイドルみたいな可愛い娘とか、スタイル抜群のナイスバディとかは言わない。
けど心通わせられる、心優しい娘としたい。せめて人間相手でしたい。
「あーあー、勘違いさせちゃったかな。相手は私じゃないよ。私はあくまでコーディネーターでありアドバイザー。縁の下の力持ち」
紛らわしい真似すんな。そんなフェロモンぷんぷん巻き散らかして。
「取りあえず、好みのタイプを教えてくれる。クラスでいったらどの娘がタイプ? 言ってみ――。うりうり」
こいつ、うぜえ。
「タイプもクソもあるか。お前も同じクラスというなら、俺の現状を知っているだろう。あんなに嫌われて、恋愛感情を持てるはずが無いだろう」
俺は不快感を隠さず言い放つ。
「うーん、そうか。嫌われていると思っていたのか。そう受け取っていたのか」
眉間に皺を寄せ、唸るように彼女は言う。
「なに言っている。それ以外ないだろう」
俺は思わず大声をあげる。
「夢宮くんは嫌われていないよ。むしろ人気者。……まあ、そのあたりは追々説明してゆくね」
思いもかけない言葉に俺は絶句する。
「まあそういう事なら聞いても無駄か。じゃあこっちで勝手に調べさせもらうね、夢宮くんのタイプを」
「一体なにをするつもりだ」
俺は得体のしれない恐怖を感じた。
「あなたのパソコンの中の、秘蔵ファイルを見せてもらいます!」
やめろ――。それだけは、やっちゃいけない事だ――。
俺は魂の叫びをあげる。
暴挙を阻止すべく、俺は駆け寄る。
「邪魔はさせないよ。魔狼フェンリルを捕縛せし紐、貪り喰うもの――『グレイプニル』、顕現せよ!」
詠唱と共に、俺の躰は何かに縛られたように身動きが出来なくなる。
「絹のように柔らかく、絶対に切れぬ紐。人の身では抗うことは出来まい」
ただの金縛りじゃねえか、これ。
こいつ、中二病を発症してやがる。
「唸れ、オーバードライブ! 駆けろ、電子の海を!」
怒号をあげ、パソコンの電源をぽんと押す。
シュールだ。中二病を巻き散らかす亡霊。組み合わせが酷すぎる。
「さって、どこにあるのかな――『隠しファイル』。『コントロールパネル』から『エクスプローラーのオプション』を選択して――、『隠しファイルの表示』に切り替え。……おっ、出た出た。どんなお宝映像があるのかなっ。ぽちっとな」
手慣れた手付きでパソコンを操作してゆく。本当にこいつ幽霊か?
「ほうほう。夢宮氏は巨乳派ではなく美乳派でござったか。いやいや激しく同意。あれはいいものでござる」
やめてくれ……。俺のライフはもうゼロだ……。
「いやー、大漁大漁。いいもの見せてもらった」
パソコンデスクの椅子の上で胡坐をかき、楽しそうに笑う彼女がいた。
こいつ、目的が変わってねえか。
俺は非難の声をあげようとする。
だが出来なかった。
彼女は虚空を見つめ、物憂げな表情を浮べていた。
「どこまでが、自分って謂えるんだろうね……」
細く、静かな声で呟いた。
「例えばこの爪。いまこの爪は私の一部と言える。けどこの爪を切ったら、切り離されたそれは、私と謂えるのかしら。どこまでが私で、どこからが私じゃないのかしら?」
哲学的な質問だ。
「なぜそんな事を訊いてくる?」
自分の存在というものを熟考しているのだろうか。
霊体という非実在をどのように捉えているんだろう。
「こんなものを見つけたもんで」
彼女は俺に向けて手を突き出した。
綺麗な手だった。細く、しなやかな、生命にあふれた手だった。
その指先が、あるものを摘まんでいた。
金色に輝く毛だった。それは縮れた、短い毛だった。
「いやー、パンツ穿かないとやっぱ駄目ね。すぐ落ちちゃう」
おい、これはアレだろ。なんてもんを目の前に突き出してくれとんじゃ。
「これも私の一部なのかな。抜け落ちた段階でそうでは無くなったのかな。どう思う?」
格調高い命題が、一気に下ネタになっちまった。
「いる? あげようか?」
「いるか、そんなモン!」
「むう、失礼な。昔っから需要はあるんだよ。お守りに入れて大事にしてたってエピソード、聞いたことない?」
いつの時代の話だ。俺は戦地に赴く予定はねえ。
「うん、やっぱこれは不味いよね」
彼女はズボンをパタパタとさせる。
「穿いてないと落ち着かないし。妹さんのパンツを借りるね――」
爆弾をぶっこみやがった。
「やめろ――! 今この家には俺しかいないんだ。ばれたらどうなる。犯人は確実に俺じゃねえか。やめてくれ――――」
「し―らないっと。ほいっ、グレイプニル」
途端に躰の自由が利かなくなる。声も出ない。
「じゃあちょっと行ってくるね、隣の部屋だったよね」
彼女は弾むような声を残し、部屋を出て行く。
悪霊が立ち去るのがこんなにも怖ろしい事になるとは、夢にも思わなかった。
俺はこれから訪れる地獄を思い浮かべる。
「ぎやあぁぁぁ――――」
悲鳴が闇夜に轟いた。
俺の躰を縛っていた拘束が解ける。
何があった。俺は急ぎ妹の部屋へと向かう。
「どうした! 何事だ!」
勢いよくドアを開け、妹の部屋へと飛び込む。
尻もちをついたみたいに仰向けにへたり込み、後ろに手を着き、一点を見つめる彼女がいた。
その視線の先には、開け放たれた引き出しがあった。
そこに、信じられないものがあった。
『呪! 妹の下着を盗む者、永劫の呪いが降りかかるであろう』
そうおどろおどろしい文体で、墨汁が垂れるみたいな筆致で書かれた呪いの言葉が張られていた。
「妹ちゃんさいこ――。センスあるわ――」
呪詛の言葉を、腹を抱えて笑う怨霊がそこにいた。
どうやら妹の呪詛は、亡霊の琴線に触れたようだ。
「ああ、笑った。こんなに面白かったのは久しぶりだわ」
彼女は笑いすぎて出た涙をぬぐいながら言う。
「なんか、笑い疲れちゃった。今日はこの位にして、もう帰るわ」
帰ってくれるのか。この悪夢も終わるのか。明日になれば、この事も忘れられるのか。
「……引っかかる笑顔ね。まあいいわ。これからじっくりと思い知らせてあげる」
むすっとしたふくれっ面をする。不覚にも、可愛いと思ってしまった。
「じゃあ帰る準備といきますか」
彼女はそう言い、パチッと指を鳴らす。途端に俺は身動き出来なくなる。
またこれかよっ。俺は本日何度目か分からない金縛りに襲われる。
彼女は「よいしょっ」と声をあげ、俺を持ち上げ、何処かへと運ぶ。
まさか。俺の最悪の予感は的中する。俺は妹のベットに横たわさせられた。
どすんという音と一緒に、俺は仰向けにベットの上に沈む。
「すぐ終わるからね。天井の染みでも数えていて」
おい、それは女の子が絶対言っちゃいけない台詞だぞ。
そう言いたいが、言葉が出ない。
「ふう、窮屈だった」
彼女はスエットを勢いよく捲り、豊かな双房をさらけ出す。
続いてシュルシュルと下半分も引き下ろす。
輝く黄金の裸身が顕れた。
「通る時、自分の躰以外は弾かれるから面倒よね」
なに、そのはた迷惑なシステム。
彼女は「よいしょ」と俺の上に跨がる。
頭を俺の股間に向け、お尻を俺の顔の上に浮かす。
これ、あの体勢じゃねえか。お互い、丸見えじゃねえか。俺は思わず顔を背ける。
「せーの!」の掛け声と共に、俺のパンツに顔を突っ込む。
やめろ――。俺、キスもまだなんだぞ。乙女じゃねえが、ファーストキスの相手が幽霊で、唇じゃなくそっちでやったなんて、いやだ――――。心が、悲鳴をあげた。
彼女の躰が俺のパンツに吸い込まれてゆく。
頭が、腕が、胸が、冗談みたいに消えていった。
残されたのは、お腹から下だけとなった。
「じゃあ、またね――――」
そう言いながら、片足を膝つき、もう片足をブンブンと振り回し、別れの挨拶をする。
『股ね――――』じゃねえ。
大事なところがパックリと『こんにちは!』してるじゃねえか。
最後の最期まで、俺の魂を削っていった。
喧噪は、去った。
残されたのは脱ぎ捨てられたスエット、床に投げ捨てられた妹のパンツ、しわしわによれたシーツが掛けられた妹のベット。
どうするんだ、これ。
今までと違う意味の、眠れない夜が訪れた。
天衣無縫、傍若無人。こんな幽霊がいても、いいんじゃないでしょうか。
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