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女王さまと一緒

日が山に降りた。星が瞬きはじめた。


『うわーきれい』『星がいっぱい』 そんな声があちらこちらから聞こえてくる。

満天の星空が360度広がっている。遮るものは何も無かった。


どこからともなく蛍が飛んできた。

星空を背景に、黄金色の光を点滅させて乱舞している。地上で光っているものもいる。

天と地で、お互い呼び合っていた。求めるように。


夜来香(イエライシャン)の甘く官能的な香りが、風に乗ってほのかに漂ってくる。

夕食を終えた生徒全員が、グランドに出ていた。

皆これから行われるイベントに、期待と興奮していた。


「織姫と彦星ってどれかな。今日、七夕だよね」


「あれだよ。あの『こと座』の『ベガ』が織姫。あそこの『わし座』の『アルタイル』が彦星。因みにあっちの『白鳥座』の『デネブ』とを結んだのが、『夏の大三角形』……」


あちらこちらでカップルたちが(ささや)き合っている。

悲恋の恋人たちを、自分たちと重ねながら。

二つの星は瞬いていた。お互いの愛を叫ぶように。



「おい見ろ、『魔の大三角形』だ!」


俺とその両腕にぶら下がる二人を見て、皆がざわめく。

……見せ物じゃねえぞ。


どうやら俺は魔術を(もっ)て、女王二人を篭絡したことになっているみたいだ。

嫉妬と羨望の視線を浴びる。……堪ったもんじゃない。




「夢宮くん。オカルト研究会だけど、是非話を聞かせてくれないか。君の(おこな)った大魔術について!」


変な奴が湧いて出てきてる。それも()()しか。今から行われるイベントは男女ペアの『肝試し』。オカルト研究会の監修によるイベントである。


「人聞きの悪いこと言わないで。私も鈴も自由意思でこの人に惹かれ、恋に落ちたのよ。これはロマンスよ、恋の完全犯罪よ。オカルトの入る余地はないわ」


「そう、明日香の言う通り。私たちは定理に従い、必然によって恋をした。出会い、愛した。この公式に、他の要素は一切介在しない!」


二人はきっぱりと言い切る。


「で、でも感じるんだ。夢宮くんから、この世のものでない何かを。霊魂みたいなものを……」


オカ研は、聞き捨てならない言葉を放つ。

それは俺の剝き出しになった心の部分をえぐった。


「おい! お前、幽霊とか見えるのか!」


俺はオカ研の胸ぐらをつかむ。


「な、なんだい急に。そりゃ見えるよ。人より霊感も強い。だからオカルト研究会に入ったんだから」


俺は、希望の光を見いだした。


「教えてくれ、お前には俺がどう映っているんだ!」


俺の必死の形相に明日香と鈴はただならぬ物を感じ、黙って俺とオカ研の二人にする。


「どうって……ひと言で云うと、『おかしい』だよ」


おかしい?


「……きみ、死に別れた兄弟とかいる? 本当は双子だったのに、君だけが生き延びてもう片方は死んでしまったとか」


こいつ、何を言ってやがる。


「そう言われた方がしっくりくる。そんな重なり方をしているんだよ、君の霊体は」


俺をしっかりと見据えるその目は、どこか怯えを帯びていた。


「『エーテル体』と『アストラル体』って聞いた事があるかい。『エーテル体』は肉体のすぐ外側にあり、生命力などの肉体的な物を司り、『幽体』とも呼ばれている。『アストラル体』とはその『エーテル体』の外側に位置し、感情や思考などの精神的な物を司り、別次元である『アストラル界』に赴き『アカシックレコード』に触れる事ができ、『星辰体(せいしんたい)』とも呼ばれている」


胡散臭いスピリチュアルな単語が出て来た。


「きみの『エーテル体』と『アストラル体』は、まるで二つの物を重ねたような造りをしている。そこから放たれる光の色は、まるで光の三原色を混ぜたみたいにキラキラと色が移り変わってゆく。厚みも異常なくらい分厚い密度となっている。……おかしいよ、こんなの」


幽霊に憑りつかれている。そんな単純な返答を期待していたのに、随分と風呂敷を広げやがった。


「時間がないから、もう行くよ。肝試しのセッティングをしないといけないんだ。また後で話をしよう」


オカ研は言いたいことだけを言って去って行く。

残された俺たちは、誰も言葉を発せれなかった。






心ここに()らずとも、学校行事をサボれないのが学生の辛いところだ。

肝試しの時間が迫って来た。男女ペアを班ごとで作らなければならない。


「……まず、夢宮の相方から決めようか。俺たちのペアはそれからだ」


「そうだね。女子はみんな悠真が第一希望なんだから」


香坂と歩が聞き分けのよい台詞を吐く。

「よっしゃー。今度こそ負けない!」と鈴が拳を握りしめる。

「返り討ちにしてくれる」と明日香が指を突き立てる。


これ、バトル漫画じゃねぇからな。




ペアの選出はあみだくじで決まった。『決着をつける』とか言ってじゃんけんを主張する者も二名いたが、他四名の強硬な反対で却下された。……当然である。時間が無い。



「ふっふっふっ、やりー。夢宮の恐怖に怯える顔を、特等席で見れる~」


スキップをするあみだくじの勝者、江角の姿がそこにあった。

明日香と鈴は、がっくりと膝をつく。


「桐生さん、新開さん。残りのペアを決めようか」


「あ”ぁ”! どっでもいいわ! 好きに決めな!」


「鈴に同意! ヨーロッパ周遊旅行が獲られたあとでは、公園のお花畑でもデパートのヒーローショーでも、どっちでもいい!」


ひでぇ! 本心から言っているだけに余計ひでぇ! あの天使の歩の顔が、引き攣っている。




肝試しが開始された。香坂・明日香ペア、歩・鈴ペア、俺・江角ペアの順番でスタートする。


オカ研の監修だけあり、中々レベルの高い仕掛けが用意されていた。

プロジェクションマッピングを使った幽霊の投影。

木の上や地面から飛び出して、立体的に襲って来る妖怪の人形。

あたり一面から聴こえてくる、赤ちゃんの泣き声の合唱。

そのどれもが細かな所まで拘った上質な仕上がりだった。

これ、日頃から趣味で作っていて、それを流用させやがったな。

発表の場を得たマニアの喜ぶ顔が目に浮かぶ。



「ゆ、ゆめみや~。手、離さないでよ。置いていったりしないでよ。お願いだから~。これまでのこと謝るから~。お尻を鞭打ちしていいから~。氷で肌を撫でまわしていいから~」


そんな力作をずっと目を瞑り一切見ず、俺に手を引かれながら進む不届き者がいた。

ついでに語る内容も18禁である。


「だめなのよ私、おどろおどろしいのは。スプラッターならバッチこいなんだけど」


こいつ俺の恐怖に歪む顔が見れると浮かれて、自分がホラー駄目なの忘れてやがったな。


「ほらっ、さっさと行くぞ。俺たちが最終グループなんだ。遅れたらみんなに迷惑をかける」


俺はぐずる女王さまの手を引き、前へと進む。




「ごめん、ちょっとだけ休ませて。もう限界!」


折り返し地点を過ぎた所で、江角は()を上げた。

仕方ない。まあよくここまで粘った。ちょっとぐらい休んでもいいか。


「わかった。あの木の下で休もう。あそこなら地面も平らで開けていて、身体を休ませられる」


ちょっと横になった方がいいだろう。俺は江角の手を引き、道から少し離れた開けた場所へと誘導する。

辿り着くと江角は手足を広げ、力尽きたようにどっと地面に寝そべる。


「ああ、疲れた。……夢宮、あなたあのお化けたち怖くなかったの?」


江角は静かに問いかけてきた。


「……所詮、作り物だろ」


俺も江角の横に座り、ぶっきらぼうに答える。


「なんかあんた、お化けが出て来た時、がっかりしてなかった? 出て来る前は、期待してなかった? まるで本物の幽霊が出て来るのを待ちわびてるみたいに。……愛しい人に幻でも会いたい、生霊となって出て来てくれって祈るみたいに」


「……気のせいだろう」


こいつ、案外鋭いな。


「目を瞑っていると、他の感覚が研ぎ澄まされるの。繋いだ手の脈の速さとか汗のかき方とか、息の吐く深さとか、声の抑揚とか、結構わかるのよ。目隠しプレイを、舐めちゃいけない」


「……………………」


「まあ、深くは聞かないけどね。私にはそんな資格も無いし」


うーんと合わせた手を頭の上に上げ、伸びをしながら江角は言う。


「あるとしたら、あの二人でしょうね。『見返りは要らぬ。愛も要らぬ。ついでに命も要らぬ』といった始末に困る奴ら。……厄介よ、あんな人種。駆け引きや調略が一切通じない」


大地に寝転び、星空を見上げながら、忌々しそうに零す。


「でも興味はあるわね。あの二人を差し置いて、あなたにそんな顔をさせる人に。……どんな人なの?」


江角はその顔をこちらに向け、笑いながら聞いてきた。



「素直で、思いやりがあって、自分のことは二の次にするような不器用で、間違ったら言い訳をせずにすぐ謝るように誠実で、……心がほっこりとする料理を作ってくれるやつ」


俺は遠い目をしながら、光の射さぬ暗闇を見つめながら答える。

まるでそこに求める姿を見いだすように。


「そりゃまた、随分な難物ね。あの二人でも苦戦しそうだわ」


江角は呆れたみたいな声を出す。


「お前は参戦しないのか?」


これまでの経緯を(かんが)み、俺は尋ねる。


「部分参戦はするわよ。でもあの二人とは求める物が違う。私は自分の理想のプレイ相手を求めているだけ。あなたは最高よ、掛け値なしの最高のパートナー。勿論それ相応の愛情はあるわ。でもあの二人はそんなもんじゃない。あなたの魂すべてを、あなたの幸せを求めている。……やってられないわよ、そんな奴らと」


大の字となり、天を仰いで嘆息する。


「……で、あなたのその愛しい人とはよろしくやっているの?」


ニヤニヤと江角は訊いてくる。


「……ここ一か月、会えていない」


俺は遠くを見つめる。場所ではなく、遠い時間を。あの黄金のような二日間を。


「そりゃご愁傷さま。可哀想だねー、この恋の季節たる夏に会えないなんて。淋しかったら何時でもいいなよ、慰めてあげる。鞭で叩けば、寂しさも吹っ飛ぶわ。低温ロウソクもいいわね」


……さすが女王さまだ。奴隷の気持ちを読み取り、求める物を与えてくれる。

少しの笑いと緩和を。そしてちょっぴりの愛情を。

女王さまはにっこりと笑っていた。


風に夏草がさわさわと揺れている。

どこからともなく飛んできた蛍が、俺たちの周りを乱舞している。

空に、織姫と彦星が瞬いていた。


お互い、無言となる。

深い闇のなか輝く光を、俺たちはじっと見つめていた。


「会えるといいね、その人と…………」




女王さまは、優しく呟いた。

江角サマ回でした。この娘も嗜好はアレですが、基本的にいい娘です。


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