Love is ALL
俺たちはいま、注目を浴びていた。
放課後の校庭、俺の右腕には桐生、左腕には鈴がぶら下がっている。
「ちょっと離れろ、視線が痛い!」
俺は悲鳴をあげる。
嫉妬羨望とはこんなに鋭いものなのか。視線で人を殺せるとは、あながち誇張ではないんだなと思い知らされた。
「やーよ。こんなの、甘いもんよ。私が女子から日頃どんな視線を向けられていると思っているの。こんなの、甘い甘い!」
鈴がさらっと怖いことを言う。人気者もそれなりに大変なんだな。
「そう? 私も似たようなものだけど、一向に気にならないわ」
桐生の鈍感力も大したもんだ。
「羨ましいな、両手に花か。我が世の春を謳歌してるな、夢宮!」
後ろから香坂が声をかけてくる。
うっせいイケメン! お前もだろうが!
香坂も両隣りに、麗しき花を侍らせている。
右に天使の微笑みを浮かべる歩。左に『跪いて足をお舐め』という台詞が似合う『女王様』――江角を並べている。ただこの女王様、何かに怯えるようにビクビクして、香坂を盾のようにして縋りついている。いや確かにこいつは『青騎士』、盾役だけどさー。
「桐生さん、髪きれ—」
「新開さん、足細っ」
「江角サマ、罵られたい」
「姫川くん、尊すぎるぅ—」
「香坂くん、凛々しいぃ」
色々な声が飛んで来る。
そして最後に必ず、この声が発せられる。
「真ん中のあの冴えない奴、だれ?」
……うっせい、余計なお世話だ。……涙が出そうになる。
素直な感情の吐露が、石礫となって俺を打つ。
俺はゴルゴダの丘へと進むあのお方を見習い、自分に言い聞かせる。
誰も怨んではいけない――と。
俺たちはファミレスへと向かっていた。
放課後、教室で、林間学校について六人で話し合っていたが、えらい事になった。
見物人が押し寄せて来たのだ。
校内一二の人気者、桐生と鈴。
マニアに深い人気を誇る江角。
正統派王子様の香坂。
腐った集団に熱狂的ファンを持つ歩。
この五人のカップリングである。他のクラスから、果ては他の学年からも見物人がやってきて、十重二十重に取り囲まれた。
五人に、熱い声援が投掛けられた。
俺には『ちょっと邪魔、どいて!』という罵声が投げ掛けられた。
……悔しくなんか、ないんだからね。ぐすん……。
「これじゃ、話にならないな。……場所を変えよう。ファミレスにでも行くか」
香坂の提案に皆が賛同し、俺たちはいま、ファミレスへと向かっていた。
「私、悠真のとーなりー」
「こっちは私よ。譲らないわ」
鈴と桐生が俺の隣りに陣取る。勝手にしてくれ。
「大変だね、悠真」
真ん前の対面する席で、歩が微笑ましいものを眺めるみたいに見詰めている。
その横で、江角がガタガタと震えている。冷房が効きすぎているのか? 女子は冷え性だと云うからな。
「江角、寒いなら店員さんに言って冷房抑えてもらおうか?」
俺は震える江角に呼び掛ける。
「ひぇっ。らいしょうぶれふ。これはそんなんじゃないので。……でもこれはこれで良くなって来たというか。新たな扉が開いたというか……」
江角は何やらとろんとした表情を浮べている。
歩はニコニコと笑っている。
香坂は『ふ~ん』と訳知り顔をしている。
……突っ込むのは止めておこう。
「ドリンクバーを取りに行こうか。悠真、手伝ってくれる。みんな、何がいい?」
さすが歩! 気配りが出来ている。みんなの飲み物を用意するだけでなく、この場所から俺を連れ出してくれるとは。俺は両横の二人を引き剥がし、歩と一緒にドリンクバーへと向かう。
「ありがとう、歩。助かった」
「どーいたしまして」
俺は歩に感謝の意を伝える。それを歩は事もなげに受け取る。
俺と歩は隣り合った二台のドリンクバーの前に立ち、それぞれの飲み物を注いでゆく。
「どっちにするの、悠真?」
グラスを置きながら歩が訊ねてくる。
「コーラ×メロンソーダの悠真スペシャル」
ドリンクバーといえばこれでしょう。
「そっちじゃない。桐生さんと新開さん、どっちにするのって訊いてるの」
歩は苦笑しながら聞き直す。
「彼女たち、真剣だよ。受け入れるにしろ、断るにしろ、こっちも真剣に応えなければいけないよ」
諭すように語りかける。
数舜の沈黙のあと、俺は心の内を吐露する。
「あれは、愛とか恋とかじゃない。もっと別な何かだ」
俺の言葉に、訝しげな表情を浮べる。
「あいつらは、勘違いしている。自分が切望し、持つ事が能わない、そういう物を兼ね備えた人間への憧憬。絶対に裏切らない、自分を正しい方向に導いてくれる、そんな幼子が庇護者へ向けるような信頼。そういった感情と愛情を、勘違いしているんだ。……そこに、つけ込んじゃいけない」
あいつ等もいずれ気がつくだろう、そのことに。だから俺は、踏み止まらなければいけない。
「……それも、ひとつの愛なんじゃないかな」
俺の言葉を否定するのではなく、自分の考えを零すように歩は呟く。
「そうかもしれない。だがそうなると、俺にはもう分らなくなってしまう。どこまでが愛なのか、どこからが愛じゃないのか……」
グラスに飲み物が注がれてゆく。俺の気持ちのようにゆらゆらと揺れながら。
「入れ物は関係ないと思うよ。その形がどんなに歪でも、その中に詰まっているのが『愛しい』という気持ちならば、それはきっと愛なんだ」
歩は横に立ち、顔をグラスに向けたまま、それでも意識を俺に集中し、ライスシャワーのように愛を振りまきながら、語る。
「お前にかかっちゃ、世界は愛で一杯になってしまうな」
「そうだよ。僕は愛の天使なんだから。……Love is ALL!」
歩は顔を俺に向け、天使のように微笑む。口を三日月のように吊り上げて。
歩くん、ただのヤンデレではありません。もっと内面を描いていきたいと思います。
『ブックマーク』、『星評価』、『いいね』をお願いします。下段のマークをポチっとして頂くだけです。それが執筆の何よりの糧となります。……筆者の切なるお願いです。




