テンプテーション
「あなたに、最高の初体験をさせてあげる――」
彼女の細い指がうねうねと蠢き、俺の顔に近づいて来る。
頬に触れ、さわさわと一本一本の指が撫でる。
「とびっきりの…………」
ねとり――という音が聴こえるような、粘っこい声が耳もとで囁かれる。
脳みそが溶けそうだ。
このまま流されたい、という欲望に必死に抗い、理性を総動員する。
「とにかく服を着てくれ。そんな恰好じゃ話も出来ない」
俺は視線を逸らしながらクローゼットから服を取り出す。
寝巻代わりのスウェット上下だ。
「別にこのままでもいいのに。見てもいいんですよ――。ほれほれ――」
彼女はその大きな胸を下から持ち上げ、たぷんたぷんと揺らす。
ふざけんな!思春期の男子をいたぶるような真似をするんじゃねえ。
心が身体に引っぱられるお年頃だぞ。
「ふざけんなら話はここまでだ。お前の言葉、一切聞かん」
鋼の意思で突っぱねる。
これ、なんの苦行だ。
「はーい、わかりました。じゃ、お借りしまーす。あとから匂ってもいいからね」
一々いらん事を言うな。ぜって―しねぇ―。多分……しない。しないと、いいな……。
――人は、弱い生き物なんだね。
しゅるしゅると服が擦れる音がする。
俺が着る時と同じ音なのに、なんでこんなに蠱惑的なんだろう。
いかん!しっかりしろ、俺。
「着替え終わったよ―」
俺のダサダサなスウェットを装着し、チャームの魔法を封印された彼女を見る。
全然封じられていねぇー。
彼女の胸からチャームの権化が突き出しているー。
何でこの体格差で突き出すんだよ。
彼女のチャームは化物か。
「うーん。いまいちサイズが合っていないかな」
そらそうでしょう。
「ウエスト、ガバガバだよ。ずり落ちそう」
そっちかよ。
絶対に落とすんじゃねえぞ。
さすがにパンツまでは貸せなかった。
俺のを渡すのは気が引けたし、妹のを使うのは大問題だ。
ばれたら死ぬ。いろんな意味で。
従って今の彼女は……。
――絶対に、落とすんじゃねえぞ。
ベッドの上で正座となり、向かい合って座る。
「さて、お前の目的をもう一度聞かせてくれるか」
神妙な面持ちで俺は訊ねる。
「うん、改めて言うね。あなたの初体験のお手伝いに来たの!」
ちくしょう! 聞き違えじゃなかったのかよ。
俺の初めては幽霊相手かよ。
こんなん相手にしたら、俺の性癖がねじ曲がってしまうだろうが。
待て待て、初体験って云っても色々な意味があるからな。――――そうか!
俺の頭に、合理的で倫理的な認識が浮かぶ。
そうか、そういう事だったのか。ならばこう答えるべきだな。
「悪い。俺には異世界無双をするチート知識は無い。申し訳ないが、お前の世界を救うことは出来ない。他を当たってくれ」
「……なんの話?」
心底わからない、こいつ何を言っているんだという、冷たい目つきで俺を見る。
「なにって、お前は異世界からゲート(俺のパンツ)をくぐって勇者を迎えに来たんだろ? 初めての冒険を支え、滅亡に瀕した世界を救うために」
「……どこのライトノベルよ」
違ったのか、じゃあこっちか。
「未来の歴史を変えることも出来ない。俺の子どもが人類滅亡から救う英雄になるのかもしれない。だがそんな過酷な運命に、愛する我が子を送り込む事は出来ない」
「……言っとくけど、あなたのパンツはタイムトンネルでもないからね。これはファンタジーでもSFでもありませんぅ――。現実世界ですぅ――」
「てめえの存在そのものが非現実だろうがっ!」
煽るような言い方に、思わずカチンときた。
女の子に威圧的な物言いをするのは褒められたことではないが、そもそもこいつは人間かどうかも怪しいからな。
「私は正真正銘この世界の人間。ついでに言えば、あなたのクラスメイトですよ。出席番号33番、夢宮くん」
えらいリアルな数字が飛び出した。それは事実と合致している。
けど、おかしい。俺はクラスの面々を思い浮かべる。
俺のクラスは総勢36名。女子はその半分の18名。俺は彼女たちの顔を思いだす。
次々と浮かび上がる顔、顔、顔。その中に合致する物は……ない。
まだ入学して1か月だが、こんな生徒はいないと断言できる。
「お前は……誰だ?」
「誰なんだろうね――。よく分かんないや――」
「……おちょくってんのか」
「大真面目だよ。私よく理解できないの、自分のことが。分かるのはただ一つ……夢宮くんのことだけ」
こいつは何を言っているんだ?
「野球やバスケよりサッカーが好き。蕎麦よりうどんが好き。冬より夏が好き。右腕に小学校の頃犬に噛まれた傷跡がある。一つ下の妹さんに頭が上がらない。異世界転生小説に嵌まっている。…………私に分かるのは、それくらい」
背筋に冷たいものが流れる。ヤンデレかよ。
こいつはこの世界の人間だ。俺のクラスの人間だ。とびきりピーキーな人間だ。
俺は自分のクラスを思い返す。
俺たちのクラスはこう呼ばれている。
『クイーンズ・コート(女王の中庭)』と。
クラスの女子たちは、独力で学園に君臨する女王のような奴ばっかりだ。
尖った才能でその分野で名を馳せ、類まれなる美貌で君臨する。
世紀末覇者のような奴らが揃っている。
戦国時代のように群雄割拠し、覇権を争っている状態だ。
そうすると『初体験を手伝う』という言葉は、違う意味に聞こえてくる。
「確かに俺は数多くの女性を篭絡してきた。ハーレムも築いた。だがその裏で、何人もの女性に涙を流させ、バットエンドも迎えた。……あんな事は、もうしたくない。お前の『クラスの女子を言いなりする』と云う企みには、手を貸せない」
過去の傷がリフレインする。ハードボイルドの主人公のように、俺は答える。
「仮想空間と現実の区別はつけようねっ!ゲーム廃人はシャレにならないよっ!」
くはっ。一刀両断。真っ当な意見が一番堪える。俺の回想がアホみたい。
オタクに優しいギャルは存在しないのか。
「もしかして、協力を求められていると思ってる? 私がクラスで天下を取るのを」
拗ねたような、ちょっぴり怒ったような表情を、彼女は浮かべる。
「……違うのか?」
「違いますぅ~。そんなレベル上げを他人にさせてゲームクリアするような真似して、なにが楽しいの。それを含めてのゲームでしょうが」
こいつ意外と真面目なんだ。
だがそうなると、こいつの言っていた言葉の意味は――――。
「なんでそう難しく考えるかな~。言葉通りだよ、私が言っているのは。…………最高の女の子と、最高のエッチをさせて、最高の思い出を作ってあげる!」
輝く笑顔で、清らかな声で、官能的な誘惑を囁いた。
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幽霊が出てきますが、ホラーではありません、ラブコメです。
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