局地戦
「よっしゃー! I win――!」
江角は高々と拳を突き上げる。
9人の敗者はがっくりと膝をつく。
熾烈なジャンケン合戦は、残酷な勝者と敗者の陰影を映し出し、静かに幕を下ろす。
江角は晴れて俺たちの班の一員となった。
なんで、こうなった?
考えてみれば、当然のことである。
俺たちの班の女子枠は残り一名。その枠に名乗りをあげるのは、江角一派以外に誰もいなかった。
当たり前だ。学校一二の人気を誇る二人の間に割って入り、なお且つ過激派集団を敵に回すような物好きは、まず居ない。一般女子の圧倒的不人気、過激派集団垂涎の的となってしまった。そして断腸の思いで、江角を受け入れる事と相成った。
「よろしくお願い致します、ご主人さま! 私のことは『卑しいメスブタ』とお呼びください! ハァハァ」
こいつ、反転しやがった。お前のプレイに巻き込むんじゃねぇ――!
涎を垂らしながら挨拶する江角にドン引きする。
「モテモテだな、夢宮」
大爆笑しながら肩を叩いてくる奴がいた。
『兎越木の青騎士』――『香坂 颯太』だ。
『俺』、『姫川 歩』に続く、俺たちの班三人目の男子だ。
クラスいちのモテ男。他の班からの誘いを断り、敢えてこの問題班に加入した。
加入理由は『だって、面白そうじゃないか』だ。……高みの見物である。
「で、どの娘が本命なんだ? 桐生氏? 新開嬢? 江角サマ? それとも大穴で姫川クン? いや、多様化の時代だ。どの娘を選んでも祝福させてもらうぞ」
おい、さらっと男子も混ぜるな! 周囲の女子がキャーキャー言っているじゃねえか。いっそお前も混ぜてやろうか!
「しかし『類は友を呼ぶ』と云うが、ホントにお前の周りには変わった奴が集まるな。退屈しない」
お前も大概変わり者だけどなっ。
「新開さん、ちょっといいかしら。さっきの事だけど。あの、その、『あなたのお父様を交えて話し合う』っていうのは、その……いったい……」
もじもじと桐生は鈴に問いかける。
「ふっふーん。そうなんだ、桐生さん。そっか、そういう事か。……あのタラシめ」
鈴は質問に答えず、一人納得する。
「答えてちょうだい! あなた達、どういう関係なの!」
クールビューティとは何処にいったのか。桐生は余裕なく声を荒げる。
「……かわいーねー、桐生ちゃん。惚れちゃいそう。けどゴメンね、私のハートは売約済みなの。購入者は……わかるでしょう」
にこっと妖精のような無垢な笑顔を向ける。
「フェアにいきましょ、フェアに。……ウチのお父さんと話すといったのは、ユマと私のおじいちゃんが昔からの知り合いで、その絡み。まだ私とユマは付き合っていないわ。……『まだ』ね……」
思わせぶりな、牽制するような言葉を発する。
「そう、よくわかったわ、あなた達の関係性。……くすっ。そっか――。おじいちゃん、お父さんの手助けが必要なお子様ですか――『フェアリー・クイーン』さまは――」
桐生は自分を取り戻したようだった。
人の無条件な愛情にはまだ慣れていない。最近その世界を知ったばかりだ。
だが言葉の殴り合い、悪意の応酬は彼女が元来得意とするとこだ。
自分が大切に思うものを奪おうとする敵。彼女は今その敵に、遠慮会釈なく、牙を剥く。
「あ”ぁ”、ケンカ売ってんのか、『ミステリーの女王』サマよぉ――」
対する鈴も、一歩も引かない。
自分が長年求めていた理想のパートナー。
人と人の繋がりをしっかりと捉え、外見などと浅薄な物に惑わされず、思いやりにあふれた人。
その右席を譲るつもりは無い。
二人の女王が、火花を散らす。
「るっるっるー、るっるっるー、るるるるる――――」
ハミングしながら、スキップしながら、江角は廊下を進む。…………ご機嫌である。
その江角の眼前に、突然腕がすっと伸びる。
腕は真横に江角の鼻先を掠め、バンと壁に突き立てられる。
「ハイ、江角さん! ご機嫌なところ悪いけど、ちょっといいかな。話があるんだ。とっーても大切な……」
『姫川 歩』――『ヒメ』『天使』と謳われる者であった。
「姫川くん――?」
江角は戸惑いの声をあげる。
違う。自分の知っている姫川ではない。清らかで、悪意と云う物と無縁のあの天使ではない。
昏く、鈍い、粘り気のある光が、その瞳から放たれていた。
「ちょっとやり過ぎたようだね。おままごとの内なら、悠真の可愛い顔が見れるからと見逃してきたけど、さすがにここまで来ると放っておけない。……潰すよ」
人を見る目ではない。虫けらを見る目だ。
江角の膝は、ガクガクと震える。
「……理解したようだね、自分がしてきた事を。自分がいま奈落の穴の縁に立っている事を」
江角は涙を浮かべ、コクコクと頷く。
逆らってはいけない。本能がそう告げている。
「いいかい、悠真のこと壊したら、生まれてきたこと、神経のあること、感情のあること、心の底から後悔させてあげる。……誰にも壊させない、僕以外の誰にも――」
江角は理解した。こいつは、『本物』だ。数多のプレイを重ねてきた彼女だから解る、剝き出しの狂気。それを首筋に突きつけられた。ひやりとしたナイフの感触がした。
引き千切れんばかりに、江角は勢いよく頭を縦に振る。この恐怖から逃れるように。
「いい子だね。大人しくしていたら、いずれご褒美をあげるから……」
ニコッと歩は微笑む。天使のように淫靡に。悪魔のように無邪気に。
『悪魔とは、天使のもうひとつの名前である』
彼女はその言葉を思い出した。
愛、恋、好き…………。
そう云った感情には、色々な形が存在する。
登場人物キャラクター紹介の回でした。彼らの活躍をご期待ください。
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