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暴かれた真実

メアが消えた翌日、俺は何もする気にならなかった。

ただぼうっと一日を過ごしていた。部屋が広く感じた。音がうら寂しく聴こえた。


「ただいま—」 夕方になり、妹が帰って来た。


「あーあ、親のいない休日も終わりか。タイムリープでもしないかな――」


そんな事を言いながらリビングに入って来た。


「うわっ。ゾンビがいるよ。どしたん、彼女と喧嘩でもしたの?」


俺の顔を見ながら、心配そうに覗き込む。


「別に…………」


俺はぶっきらぼうに答える。


「何があったかは聞かないけど、あんまり思いつめちゃ駄目だよ。話し合えば、大抵の事は解決するから。一番いけないのは、思い込んで、一人で抱えて、不安の種を育てる事。……彼女さんとのコミュニケーション、大事にしなよ」


ホントにこいつ中学生か。人の心の機微を知り過ぎている。


「さて、何か美味しいものでも作って進ぜよう。胃が満たされれば、心も満たされる。何がいい?」


温かい気持ちが流れてきた。


「みそしる…………」


俺はボソッと呟く。


「はっ?」


「温かい、味噌汁。……白味噌で、かつおと昆布の合わせ出汁。具材はワカメと三つ葉。あと、あさり」


俺はこれまでで食べた中で、一番美味しかった味噌汁を思い浮かべる。


「贅沢ぬかすな! インスタント! 豆腐ぐらいは浮かべてやる!」


そう言いながら妹はキッチンに向かう。

出来上がった味噌汁は、まいたけと長ねぎだった。……インスタントではなかった。

少し、心が温まった。






翌日の月曜、登校するとクラスがざわついていた。

何事だろう。

俺は数少ない友達に声をかける。


「おはよう、(あゆむ)。ざわついているけど、何かあったのか」


「おはよ、悠真(ゆうま)。……あれだよ、あれが原因」


歩は後ろの掲示板を指差す。そこには『林間学校のお知らせ』と書かれた紙が張られていた。


「林間学校が来月あるけど、男子三名・女子三名・合計六名の班を作らないといけないんだ。その班作り」


俺は目の前が真っ暗になった。

なんで男子六名ではいけないんだ。なんで男女混合じゃないといけないんだ。

女子に嫌われている男子の気持ちを考えてくれ。

『ズル休み』 そんな言葉が頭をよぎる。


「大変なことになったね」


歩は『気の毒に』という視線を俺に投げかける。まったくだ。こんな不幸なことはない。


「悠馬の、取り合いになるね。女子による『夢宮 悠馬 争奪戦』の開幕だ」


へ? こいつは何を言っているんだ。『争奪戦』じゃないだろ、『押しつけ合戦』だろ。


「その顔、やっぱり分ってなかったんだね、自分の置かれた状況を。……もしかして悠馬、自分が女子に嫌われてると思ってた?」


似たような台詞を最近聞いた気がするが――。あれは心霊現象だと思っていた。



「ちょっといいかしら」


女子の一人が俺たちの許へやって来た。


江角(えすみ) 未沙都(みさと)、このクラスの中心人物だ。


微笑しているくせに、猛禽(もうきん)のような鋭い目付きをしていた。

顔は整い、美しい。

だが口をきゅっと締めたきつめの表情は、美しさよりも酷薄さを前面に押し出している。

そんな氷のような人だった。


桐生や鈴みたいに、際立って特筆すべき能力は無い。

しかし彼女の人脈は並外れたものがある。

その人脈で、彼女はクラスを掌握していた。

そして彼女はこう呼ばれていた――『女王』と。シンプルに、飾りも、比喩もなく。



「夢宮くん、貴方一緒の班になってくれる女子の当てはあるの?……ある訳ないわよね。困ったわね――。そんな貴方を助けてあげる。この私が、この完璧美少女の私が、貴方の班に入ってあげる。もう二人も用意してあげる。……感謝しなさい」


江角は見下すような冷たい目つきで、(ののし)るかの如く言ってきた。

悔しい。だが言い返せない。俺は唇を噛みしめる。

そんな俺を江角は満足そうに眺めていた。


彼女は、これまで俺を嫌い、罵倒してきた集団のリーダーだ。

折に触れ、俺の心を折ってきた。

俺の、天敵だった。

彼女は、獲物を甚振(いたぶ)る捕食者みたいに俺を見る。

緊迫した空気が流れた。




「あら、それは要らぬお世話じゃないかしら」


俺たちの会話に、誰かが割って入ってきた。

俺は声のする方を振り向く。

一人の、美しい女子生徒が近づいてくる。


桐生(きりゅう) 明日香(あすか)……」


江角は悲鳴のような声をあげた。



「私、夢宮くんの班に入れてもらおうと思っているの。別に無理して江角さんが入る必要はないわよ」


救いの女神が現れた。


「困りますね~、夢宮くんのパートナーである私を無視して話を進められては。私たちを引き剥がすような真似は駄目ですよ。ずっと一緒だって誓ったんだもね、ユマ!」


もう一人、女神が現れた。


新開(しんかい) (すず)、あなたまで!」


江角の声は震えている。


「そういうことですからご心配なく。ユマの班の女子は間に合っています。お引き取りください」


ぴしっと鈴が言い放つ。江角の顔は蒼白だ。

そりゃそうだろう。このクラス、いや学校でも一二を争う人気者二人が参戦してきたのだ。相手が悪い。



だがもう一人、蒼白な顔をしている者がいた。


「ちょっ、ちょっと待って、新開さん。『パートナー』ってなに? なんで『ユマ』って呼んでるの? 私でさえ『夢宮くん』なのに。……どういうこと?」


クールビューティーな桐生らしくもなく、あたふたしている。


「どういうことも何も、家族公認のお付き合いですから、私たち。今度ウチのお父さんを交えて将来について話し合うんだもね――、ユマ」


メガトン級の爆弾を落としやがった、こいつ。

鈴はしてやったりという顔をしている。

対する桐生はKO(ノックアウト)寸前だ。



正直、この二人が出て来るとは思わなかった。

彼女たちの影響力は計り知れない。だから俺たちの関係は表に出さないでおこうと決めたのだ。

これは俺から提案したことだ。俺のような嫌われ者と係わっていると知れたら、彼女たちの評判にも関わると説得して。彼女たちは不承不承(ふしょうぶしょう)、受け入れた。


いまその二人が、俺に救いの手を差し伸べてきた。



「ま、まだ二人しかいないわよね。あと一人必要よね。わ、私が入ってあげる。見返りとかは要らないから」


江角は必死の形相で言い寄ってくる。

こいつは何を言っているんだ? 何が目的だ?

そう問おうと思った。だが、それどころではなくなった。


「「はあぁぁぁぁぁ――――?」」


甲高い、複数の女子の悲鳴みたいな声が、輪唱(りんしょう)のように響いてきた。

そして後ろから、9人の女子が飛び出してきた。

江角の派閥の女子だ。いつも江角と一緒になって、俺を苛めていた奴らだ。

その中の一人が、大声で叫ぶ。


「ズルイ、ズルイですわ、江角さんばっかり。三人同じ班になれるというから承知したのに。大体今日は江角さんの番じゃないでしょう。ローテーションは守ってください。『みんなで仲良く壊さぬように。夢宮くんはみんなのモノ』って決めたじゃないですか!」


はぁ――? なんなのそれ?



「これは一体どういう状況なんだ?」


俺はカオスな状況に悲鳴をあげ、平然と見つめる歩に問いかける。


「悠真、このクラスが『クイーンズ・コート』と呼ばれているのは知っているよね」


歩は大きく溜息をつき、『しょうがない』と云う顔で説明を始める。


「ああ、もちろん。文壇に君臨したり、学園の生徒を魅了する女王さま達の集まりだ」


「やっぱり分ってない。『女王』の意味を調べてみて」


俺はスマホを取り出し、検索してみる。


スマホよ スマホよ スマホさん、『女王』の意味はなあに?

魔法の板(スマホ)は答えてくれた。


『女王』――1、女性の君主。

      2、特定の分野で秀でた女性を指す言葉。

      3、『ミストレス(女主人)』から派生したもの。主に…………。


あ、3番はいいっす。


『1、女性の君主』――これは『鈴』にあたるだろう。その魅力で信者を増やし、王国を築いている。

『2、特定の分野で秀でた女性を指す言葉』――これは言わずもがな、『桐生』だ。もっとも彼女は『腐海の女王』でもあるが。


なるほど、確かにこのクラスは『女王の中庭(クイーンズ・コート)』だ。



「悠馬、現実逃避してないで3番を読んで」


ちっ。横から天使さまのお告げがあった。――仕方ない。俺は現実に向き合う。



3、『ミストレス(女主人)』から派生したもの。主に『SM』で使われる。服従的なパートナーに対する支配的な女性を指す。



やっぱそれか――。そっちか――。


俺は彼女たちの爛々とした目を見る。

こわいよ――。



「気が付いてなかったんだね、悠馬を罵倒する時の彼女たちの表情に。恍惚として、とろんとして……。アレ、イッちゃた目だよ。18禁の目だよ」


俺は、知らない内にプレイに巻き込まれていたのか。

『知らぬが仏』とは、よく云ったもんだ。



「『女王』って、そう云う意味なの? あの(むち)とか(なわ)とか蝋燭(ろうそく)とかの世界の……」


俺は否定を求めて歩に問いかける。期待を裏切るように、歩は大きく頷いた。


「……そう云うこと。悠真は理想的な『M』なんだろうね。嗜虐心(しぎゃくしん)をくすぐるような」


嬉しくねぇ――。俺にはそっちの趣味はねぇ――。開発するつもりもねぇ――。




俺は(SM)世界の住人たちを、改めて見つめる。

内紛が起きていた。王国は崩壊寸前だった。

共通の趣味で繋がっていたのかもしれないが、今や終焉の時を迎えていた。


江角がキッと俺の方を見る。

背筋が凍った。

亡国の女王は、俺の許に走り寄って来る。

そして勢いそのままに、スライディング土下座を始めた。


「お願いしますぅ~。夢宮さまの班に入れてくださいぃ~。何でもしますぅ~。『薄汚いブタ』と(ののし)って頂いても構いません~。どうか、どうか、お慈悲をぉ~」


土下座し、必死に懇願する江角の姿があった。


「「お願いします――。どうか夢宮さまの班に入れてください――」」


続いて残りの9人も土下座を始める。

俺の眼前で見目麗しい10人の女子が、額を床に押しつけ、お願いしてくる光景が繰り広げられた。




地獄絵図に、俺は卒倒しそうになった…………。

ソロパートが終わり、絡み合いが始まります。彼女たちの競演どうぞお楽しみ下さい。


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