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解釈違い

金剛石(ダイヤモンド)の龍が、その巨体をくねらせ、宮殿を飛び回る。

高さ20メートルもある広い空間が、狭く感じる程に。



「調整 終了。 撃滅 開始」


亜夢美の短い指示が飛ぶ。

全長10メートル、太さ2メートルの龍が、俺たちに向かって突撃して来た。


質量は、暴力だ。

こんな物、受け止めようが無い。


「悠真、避けて! 安全距離を取って! (うろこ)をよく見て!」


明日香の呼びかけに、全体像だけでなく、部分部分を凝視する。

明日香の言わんとする事が、理解出来た。


鱗が、光っていた。

ダイヤモンドの煌めきで、七色の光を放っている。

だがその色が目まぐるしく変わるのは、ダイヤモンドであるからだけでは無かった。


鱗が、廻っていた。

ダイヤモンドの円盤が、風車(かざぐるま)のようにクルクルと廻っていた。


「ダイヤモンドカッターか……」


刃先に人工ダイヤモンドの粒を埋め込んだ、ダイヤモンドカッター。

最高硬度を誇るこの工業道具は、コンクリートや石を切断する。

俺たちがあれに触れれば、ひとたまりもない。


だが、弱点もある。


「800℃で、炭化するんだっけ」


俺の問い掛けに、明日香はコクリと頷く。


ダイヤモンドは、熱に弱い。

600℃で黒鉛化し、800℃を超えると炭化を始め、1,000℃で燃焼して二酸化炭素となる。

その為ダイヤモンドカッターは、空気冷却か注水冷却を行なう。



「行け、赤龍!」


俺は明日香から預かっていた赤龍を飛ばす。

こいつは明日香の躰から噴出された蒸気が(もと)だが、高熱を発生させる能力に長けている。

金剛石の龍には、天敵ともいえる。


『どうだ!』と言わんばかりに、自信に満ちた顔で亜夢美を見やる。

彼女は、嗤っていた。


「熱に弱いは自明の理。ならばその対策を講じるは道理。戦いとは、如何に相手の理を潰し、如何に己の理を活かすか。さあ競いましょう、互いの理を!」


怯むことなく、赤龍を迎え撃つ。


二匹の龍が、激突する筈だった。

だが両者の間に、割って入るものがあった。

海が、あった。

膨大な量の水流が、流れ込んで来た。

赤龍はその熱を、敵に注ぐ事が能わない。



「ここが何処か、私の手にあるのが何か、お忘れですか」


亜夢美が、力強く問いかける。


「ここは “王冠(ケテル)“ ――海王星。これなるは “三叉槍(トライデント)“ ――海神の象徴。水の加護の、いと深きかな」


自信と誇りに満ちた声だった。


「これはチェスです、将棋です。駒の “強さ“ を競うのではなく、駒の “使い方“ 、それも連携を競うのです。貴方は、単体で物事を考え過ぎます」


「なら、こいつはどうだっ!」


俺は二の矢を放つ。

初撃で倒せるなどと、甘い考えは持っちゃいない。

赤龍と金剛石の龍が押し合っている横を抜け、上空に昇る。

そして龍たちの頭上から、金剛石の龍に剣を向け、降下した。


「ダイヤモンドにはもう一つ、大きな弱点がある」


俺は明日香から教わった知識を披露する。


「 "劈開(へきかい)性" だ。結晶面に沿って割れやすいという(もろ)さだ」


目を凝らし、剣を振う方向を探る。

見えた! 死線が、見えた。龍を黄泉へと送る、導線が。

俺は導きに従い、剣を突き刺す。


剣は、龍の突き出た顔の眉間に突き刺さった。

亀裂が走る。龍の全身に、縦横無尽に。

パリンと音を立てて、龍の躰が砕けた。

龍は、細かな粒子と化した。



ダイヤモンドの雨が降る。

キラキラと、プリズムによる光の分散を行ないながら。

神殿が、虹に覆われる。


幻想的な光景の中、パチパチと拍手が鳴り響く。



「お見事です。これで貴方も『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』! おめでとうございます!」


亜夢美が満面の笑みで、祝福を送って来た。


「……どういうつもりだ。自分の眷族が殺されたというのに」


彼女の瞳には、悲しみも憎しみも、まるで感じられなかった。


「殺されたならば、甦らせればいいじゃないですか。こんな風に――」


亜夢美は “三叉槍(トライデント)“ の穂先を大理石の床に突き刺す。

すると空中に、変化が起きた。

宙を漂っていたダイヤモンドの粒子が、渦を巻いて穂先に集まって来た。


光の帯が空を駆ける。幾筋も幾筋も。

吸収される様に光は穂先に吸い込まれ、刃は眩い光を放つ。

そこに、バスケットボールくらいの光の球体が誕生した。


「さあ、降誕です!」


亜夢美の呼びかけ応じ、光が弾けた。

光の球が破裂し、散乱した。


龍が、生まれた。

あれは卵、これは産卵。

いま、再生が行われた。


「確かに貴方は、金剛石の龍を破壊しました。その命を奪いました」


静かに厳かに、彼女は語る。


「ですが、この “繋がりを司る力(コネクト)“ があれば、なんら問題はありません」


冷徹な事実を、彼女は告げる。


「割れようが砕けようが、固体であろうと液体であろうと気体であろうと、関係ないのです。それらは一つの群体として存在するのですから」


気負いも嘲りも無く、淡々と話す。


「問題となるのは、内在する熱量(エネルギー)、硬度、電気伝導率、そういった類の物です」


彼女の目には、この龍はどの様に映っているのだろう。

無機物? 有機物?

生命体? 道具?

家臣? 兵器?

カテゴライズに意味は無いのかもしれない。

だが知りたかった。彼女はそれを “仲間“ と認めているのかを。



「この龍は、高いエネルギー効率を誇る、有能なる戦士。伝説に謳われるオリジナルと比較しても、遜色ありません」


本物の龍たちに比肩する能力を秘めた、金剛石(ダイヤモンド)の龍。

その存在意義は、力のみなのか、希少価値だけなのか。

卵から孵ったばかりの雛のように、非力でも小さくても、尊い存在ではないのか。

巨大で高い価値を持つ龍が、哀れに思えた。




「さて、第二幕の開演と参りましょう」


龍が、俺を睨みつけていた。

その目は、怒りに燃えている。

亜夢美の号令を待ち侘びたかの様に、龍は咆哮をあげた。


大量の鱗が、龍の全身から発射された。

ミサイルの様に、弧を描きながら高速で俺に襲い掛かる。

(おびただ)しく、無秩序に。


俺は必死に軌道を計算する。その凶刃から逃れる為に。

計算は、完璧な筈だった。回避は、間違いなく出来る筈だった。

だがそれは、叶わなかった。


鱗たちは俺の努力を嘲笑うかのように、軌道をいきなり変える。

法則も統一性もなく、狂った様に。

鱗は高速で回転し、眩い光を放っている。

光の狂乱だ。

それが大挙して、俺に襲い掛かる。



「赤龍、悠真を守って!」


明日香の叫びに赤龍は姿を蒸気に変え、奔流となって光の鱗を押し流す。

(すんで)の所で、助かった。



ホッと一息をつき、亜夢美を見やる。

彼女は平然としていた。

もう少しで俺を仕留められたのに、ちっとも悔しそうに無かった。



「百花繚乱、キレイですね……」


赤龍との衝突で流され、ふわふわと漂い、煌めき放つ鱗を眺めながら亜夢美は呟く。

まるで桜吹雪を見ているようだった。


「美しいでしょう。キラキラと輝いて、まるで光の花が咲いたみたい」


彼女の顔も輝いていた。ダイヤモンドの煌めきを受け、碧く白く美しく輝いている。

その輝きに劣らず、内面から喜びが(ほとばし)っていた。



「嬉しそうだな」


嫌味でも何でもなく、率直な感想が零れた。


「それはもう。だって、夢が叶ったんですもの。『貴方を凌駕する』と云う夢が」


邪気の無い、子どものような笑顔で、亜夢美は答える。


「そんなに俺を倒したかったのか?」


思わず苦笑する。この清らかな笑顔の源泉は、俺への敵対心か。


「……違います。貴方を……守りたかったんです」


俺を真っすぐ射抜くように見つめ、か細い声で訴えかける。


「強くなって、貴方に降りかかるあらゆる災いから、守りたかったんです」


それは慈愛に満ちた、優しい声だった。


「今まさに、恐いヤンデレさんに襲われて、絶賛危機一髪真っ最中なんだが……」


俺は戸惑った。彼女の行動が示す悪意と、彼女の内面から滲み出る愛情の乖離に。


「肉体の損傷は、如何様(いかよう)にもなります」


亜夢美は幼子(おさなご)を諭すように、優しく語りかける。


「恐れるのは、精神の破壊です」


暗闇を怖れる幼子みたいな、震える声が発せられた。


「貴方は、太陽に向かって真っすぐに伸びる、向日葵(ひまわり)


眩しい物を見つめる様に、目を細め、彼女は紡ぐ。


「その姿は気高く、穢れなく、目映(まばゆ)くて……」


尊いものを思い返すみたいに、涙を浮べる。


「けれどその茎は細く、脆く、容易く折れてしまう」


哀しく切ない表情が加わった。


「私は、そんな姿を見たくないのです。地に堕ちる貴方を見たくないのです」


滂沱(ぼうだ)の涙が流れる。悲しみの川がうねる。


「太陽に憧れるのは、仕方ありません。けれど近づきすぎ、その重力に囚われないで下さい。光の暗黒面に、取り込まれないで下さい」


()は願いか、(おそ)れか。祈りにも感じられた。叶うこと無き夢を想う。

彼女は、なおも続ける。


「私には視えるんです。貴方の心が傷つき、壊れる(さま)が」


神託の巫女が(せん)するように、確信に満ちた口調だ。


「傷ついた肉体は修復出来ても、壊れた魂は――神にも直せません」


目つきが、痛ましい者を見るようだった。


「私は、怖ろしいのです。貴方の魂が傷つくのが、そして変わるのが。愛した貴方がそんな風に堕ちるのは、堪えられません!」


彼女の悲しみの底が、見えなかった。


「理解して貰うつもりはありません。ましてや同意して貰えるとも思ってもいません。ただ私は、守りたいのです。あの日見た輝きを、消したくない!」」


暗闇の中の一筋の光。彼女が見ている物が、俺にも感じられた。


「あの日の貴方は、永遠に在らねばならないのです!」


清らかだった。純粋だった。――輝いていた。彼女こそが。




「……とんだ()に、見込まれたもんね」


うんざりした表情で、明日香が零す。


「私も仕事柄、色んな人を取材したけれど……。発禁レベルよ、ヤンデレ四天王レベルよ、コレ」


専門家から、イヤなお墨付きを与えられた。


「私の愛は、山よりも高く海よりも深い。陳腐ですけど、それが一番ぴったりです。質はさておき、量に関しては右に出る者は無いと自負しています」


自信満々に亜夢美は言い放つ。肝心の部分は、否定しなかった。こえーよ、コイツ。


「まるで、地母神みたいな言いぶりだな」


俺は皮肉を込めて揶揄(やゆ)する。そんな可愛いモンじゃない事は、百も承知だ。


「あらっ、ご存知ありません? 海皇(ポセイドン)の名前の由来は、『大地の夫(ポシス・ダー)』。元々は “大地の神“ 。それに “地母神“ と仰るのならば、貴方がまさにそうではありませんか」


俺が?


「多くの神々と(まぐわ)い子をなす、淫蕩な神。心当たり、あるでしょう」


矢を(つが)える様な鋭い視線で、えらい事を言って来た。

冷徹な視線と云う鉛の矢が、俺の胸に突き刺さる。


寝れ衣である。冤罪である。

弁護人を求め、後ろを振り返る。


後ろから、味方の陣から、敵陣から放たれたのと同じ “鉛の矢“ が雨あられと飛んで来た。

明日香が苦々しい貌をして、冷たい視線を向けていた。


「どうやら貴女も、同じ意見のようですね」


亜夢美はフフッと笑う。


「悔しいけれど、同意する。こいつが、あちこちに愛を撒き散らす “タンポポ野郎“ って事は」


おいっ! 言い方っ!

泣きたくなって来た。


「いいのですよ、好きなだけ撒き散らかして。私はその方みたいに、狭量な事は申しません。貴方の幸せの為なら、ハーレムだって何だって作って差し上げます」


「あんたとは、一生解り合えそうにない……」


亜夢美と明日香は火花を散らす。


「あらっ? 貴女も勇哉さんの幸せの為なら、他の女性と結ばれる事もやぶさかではないと仰っていたではありませんか」


「それはあくまで一対一の話。あんたみたいなハーレムエンドだと、ドキドキもキュンキュンもあったもんじゃない。私はそんな作品、書かない!」


……教義に、齟齬(そご)があるようだ。

異教の邪教徒よりも、同じ神を信奉する異端者を憎むと云うが、彼女たちが(まさ)にそうであった。

……神さまも、苦笑いだ。


「どちらが正しいか、どっちが悠真をモノにするか……戦争ね」


「望むところです。(ユウヤさん)は、吾に在り!」




ギガントマキアが勃発した。

巨人が、怪物が、神々が、英雄が、血みどろの戦いを繰り広げる聖戦の幕開けだった。

ヤンデレは、遠きにありて想うもの。

隣にいたら、堪ったもんじゃありません。


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