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鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)

蕾がほころぶ瞬間みたいな、得も言われぬ緊張感があった。

亜夢美は三叉槍(トライデント)を、左手だけで厳かに持つ。

そして滑らかに、弧を描く様に穂先を廻す。

黒光りする刃が、キラリと光る。

その光は、闇夜を切り裂く閃光だった。


同じ様に、亜夢美も煌めきを放つ。

彼女が纏う漆黒の着物が、波打つように揺れている。

黒一色の友禅に、銀糸の紋が描かれていた。

揚羽(アゲハ)(チョウ)“ に見立てて描いた “(ひいらぎ)(ちょう)(もん)“ ――殿倉の家紋。その蝶が、いま羽ばたこうとしていた。




『気を付けて。あいつの間合いは……』


明日香が念話で呼びかける。


『分かっている。槍は全長2メートル。柄を長く持ち、リーチを足して、間合いは3メートル。プラス踏み込みで1~2メートル伸びる事を加味し、5メートル以内を危地とする』


俺と明日香は、無言で頷く。

三叉槍(トライデント)の穂先から、ただならぬ妖気が漂っていた。

あれは、ヤバイ。

毒とかそんな、生易しい物ではない。

もっと(おぞ)ましい物が、ついていた。



「あらっ!」


そんな俺たちを見て、亜夢美は顔をほころばせる。


「『5メートル以内を危地とする』――ですか?」


バレている。俺たちの念話が、聴かれている。


「とんだ思い違いを、なさっていらっしゃる」


コロコロと、楽しそうに彼女は笑う。


「槍じゃありませんよ、これは――」


三叉槍(トライデント)を縦に持ち、前に突き出す。


「魔法の杖です!」


その瞬間、風が吹いた。

亜夢美の袖がはためく。

パタパタという音と共に、ウオーンという唸るような音が聴こえて来た。

音は、穂先から鳴っていた。空気が歪み、ゆらゆらと揺れていた。

鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)』――そんな言葉が相応しい、哀しく不気味な音だった。



「魔法の杖?」


俺は反射的に訊き返す。

それは、魔法少女が持つ物なのか? それとも魔王が携える物なのか?


「ええ、魔法。魔道の(のり)。魔界の法則。人の絶望が生み出した呪い」


可愛らしい方ではなく、ダークネスの方だった。


「これが何で出来ているか、分かりますか?」


亜夢美は優しく穂先を撫でながら、訊ねる。


綜馬(そうま)小夜(さよ)の物語は、ご覧になられましたよね」


俺は顔を顰め、頷く。

三百年前の、始まりの物語。やるせない悲劇。


「綜馬の魂は “羽衣“ に、小夜の魂は “剥製“ に宿りました」


悍ましい記憶が甦る。


「では、その肉体は? 皮を剥ぎ取られた肉は、内蔵は、血は、どうなったのでしょう?」


彼女は赤い目を妖しく光らせ、問う。


「大道寺の人間も、殿鞍の人間も、鬼ではありません。それらを手厚く弔いました」


どうしてだろう。その言葉に、少しも救いを感じられない。嫌な予感が、抑えられない。


「当時の埋葬は、土葬です。二人は土に還されました。但し、同じ場所に埋める事は叶いませんでした。小夜は、死して天下人に仕えた忠臣。綜馬は、主君に逆らい誅殺された逆臣。二人は、分け離されました」


……それは、やむを得ない仕儀だろう。

秀吉に盾突く様な真似は、二人の犠牲を無にする事だ。


「魂である “羽衣“ と “剥製“ は、受け入れていたのでしょう。大人しいものでした。ですが残された躰は、その限りではありませんでした」


亜夢美の声は、深く沈んで行く。


「二人を弔った場所から、夜ごとすすり泣く声が聴こえました。『会いたい』『淋しい』『ここから出して』と。毎夜毎夜……」


それは……誰を責めればいいのだろう。

どうすれば、その悲しみを消せるのだろう。

当時の大道寺・殿鞍の人々を思いやる。

大道寺(だいどうじ) 直英(なおひで)も、殿鞍(とのくら) 忠継(ただつぐ)も、殿鞍(とのくら) 晴明(はるあき)も、みんな二人を愛していた。

決して悲しませたくはなかった。

ただ時流が、それを許さなかった。


「そしてある日、それぞれの埋葬された場所で、土中から何か突き出ているのが発見されました。それは硬く鋭く、赤く染まった刃先でした。大道寺・殿鞍両家の人間は理解しました。『これは、固まった骨だ。血肉が染み込んだ骨だ。……怨念だ』と」


やり切れない思いが、偲ばれる。


「二つの刃は、それぞれの家に持ち帰られました。読経をあげ、護符を張り、鎮めようとしました。ですが毎夜のすすり泣きは、止みませんでした」


俺は言葉を失う。恨みも、嘆きも、行き先を知らない。


「それは二十五年も続きました。そしてある日、ようやく終わりを告げます。大坂から、ある物が持ち帰られてから……」


俺はそれに、心当たりがあった。


「 “羽衣“ となった綜馬、 “剥製“ となった小夜、そして……」


亜夢美はごくっと唾を飲み、続ける。


湖月(こげつ)の、 “頭蓋骨(ずがいこつ)“ です!」


それは、思ってもみない物だった。


「大坂城落城の折、二人の現状を聞いた湖月はこう言ったそうです。『我の頭を持ち帰れ。二人と一緒に。さすれば二人を背に乗せ、天へと昇ろう。大坂は落ちた。もう何の気兼ねもあるまい。……一緒に弔え』と」


躰を二人と過ごした大坂に残し、魂は二人と一緒に天へと昇る。それが湖月の望みだったのだろう。


「そして湖月の骨は、長く鋭い刃となりました。この三叉槍(トライデント)の中央の刃。両端の刃は、綜馬と小夜の刃。柄には皮が貼られました。羽衣と剥製を合わせた皮を。……嘆きは、治まりました」


亜夢美は高々と、三叉槍(トライデント)を掲げる。

槍は、神聖さと哀しさを醸し出していた。


「そして大道寺・殿鞍両家の後継者は、亡くなるとその血肉をこの槍に塗り込めました。この槍は大道寺・殿鞍両家の魂の結晶、三百年の想いが詰まった “魔法の杖“ なのです!」


槍は静かに唸っていた。


物質界(アッシャー)である “王国(マルクト)“ 、神界(アツィルト)である “王冠(ケテル)“ がここに内在します。ここから、様々な “球体(セフィラ)“ が派生しました。すなわちこれこそが、 “生命(セフィロト)の樹“ の(もと)!」


槍は光を放つ。ビックバンのように力強く、厳かに。

世界の起源が、ここに在った。


「そして今、相馬家に与えられていた “右眼の力“ ―― “繋がりを司る力“ が還されました。それは、こんな事が出来るのです」


亜夢美は穂先の逆側―― “石突(いしづき)“ をトンと地面に当てる。

そこから黒い影が、蛇の様に地面を走り出した。

蛇は金剛石(ダイヤモンド)の柱に到達し、そのドーリア式の柱を駆け上る。

影が、天井まで辿り着く。

その瞬間、柱はパリンと音を立てて砕けた。木っ端微塵に。

周りが、ダイヤの粒で覆われる。

だがダイヤは地に落ちない。宙を漂う。モザイクように、白い光と虹色の光が美しく点滅する。

その光が黒い蛇に向かい飛んで行き、纏わり付き、巨大な生き物へと成長して行く。

蛇はどんどんと膨らみ、その躰は壊れる前の柱よりも太く、長く化して行く。

それは、伝説の生き物だった。

二本の角と長い髭、鋭い爪がある四つの足、全身に光り輝く鱗を具えていた。


「金剛石の龍よ、天の使者よ。我が意に従い、その威を示せ!」


(あるじ)の命に、神獣は咆哮(ほうこう)をあげる。

亜夢美はいま、創造主となった。

その手には、魔法の杖が握られていた。

これが、三叉槍(トライデント)の正体。綜馬と小夜の物語です。


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