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二者択一

「 "élan(エラン) vital(ヴィタール)"(生命の飛躍)!」


そう叫ぶ主馬は、信念を主張すると云うより、救いを求めるみたいに見えた。

零れ落ちた幸せを、時を巻き戻して取り戻すかのように。


「冷めた眼だね。直輝さんの復活に、心揺す振られないのか? 父親離れする年頃か。攻め方を変えるか……」


斬撃を繰り出しながら、主馬は呟く。

攻撃の主体は、物理から心理に移りつつあった。


「君の年頃なら、一番効くのはこれか――」


主馬の赤い目が、カッと見開く。

彼の全身から、青白い稲妻が走る。

眩しい光と轟音の中、一つの影が現れた。




「勇哉……」


その影は俺に呼び掛ける。

甘く蕩けるような極上の声で、俺の心を揺さぶる。

神が顕現したとしても、ここまで動揺はしなかっただろう。



「……メア?…………」


そこに現れたのは、俺が求めて止まぬ、唯一の存在。

折れそうな俺の心を、いたわり、さとし、支えてくれた人。

彼女がいなかったら、どれだけ世を恨んでいただろう。どれだけ尖っていただろう。

彼女の言葉が体温が、俺を救ってくれた。

呪いを祝福に、吹雪を小春日和に変えてくれた。


彼女は寓話(ぐうわ)を聞かせてくれる。

長い旅路の果てに辿り着く、優しい世界。

()い人ばかりで、青い鳥が(さえず)る理想郷。

『いつか、きっと行こうね』――そう言って重ねた小指の温もりを、忘れる事はない。



「ここは、何処(どこ)なの? だだっ広い平原、日本じゃないの?」


メアは狼狽し、俺の腕を掴み、尋ねる。

それを主馬は、ニヤニヤと見ていた。


「私、なんでこんな所にいるの? 確か青翠(せいすい)館に行って、そこにタキシードを着た勇哉が居て、そこで亜夢美さんの額にキスしてプロポーズして……」


メアの顔は、段々と青ざめる。全身が、震え始める。


「……私に出来る事は、勇哉の幸せを邪魔しない事」


泣きそうな顔で、メアはまるで自分に言い聞かせるみたいに呟く。


「違う! そうじゃない! 誤解だ! 俺は亜夢美と結婚しない!」


「私は邪魔者、疫病神。私がいたら、勇哉は幸せになれない……」


「聞いてくれ! 俺が愛しているのは、お前だけだ!」


「諦めなければ。勇哉の幸せが、私の幸せ。身の程知らずな望みを、(いだ)いちゃいけない……」


俺はメアを抱きしめる。

だがメアは、うなされた様に『諦めなくちゃ、諦めなくちゃ』と繰り返す。

俺の言葉は、彼女に届かない。


メアの表情に、変化が起きた。

何かを思い出した様に目を輝かせ、言った。


「そう、私にも出来る事がある。主馬さんが教えてくれた。『君の力を使えば、誰もが幸せな世界を創れる。勇哉くんは、そこで幸福な人生を送る事が出来る』って。私にも出来るんだ、勇哉を幸せにする事が!」


暗闇に光を見いだした様な顔をしていた。

それは余りにも憐れで、痛々しかった。

自分の幸せを一顧だにせず、俺の幸せだけを望むその姿が、見ていられなかった。

俺は堪らず、メアを力いっぱい抱きしめる。



「……痛い。あれ、勇哉? 何でこんな所にいるの?」


メアはキョトンとして、俺を見つめる。

さっきまでの嘆きが、嘘みたいに消え失せていた。

まるで、生まれたての子どものような目をしていた。



おかしい! 俺は得体のしれない違和感に襲われる。



「ここは一体どこ?」


メアは同じ質問を繰り返す。まるで記憶が混乱しているみたいだった。


まさか! 一つの仮説に辿り着いた俺は、キッと主馬を睨みつける。

主馬は腕を組み、笑っていた。



「気づいたようだね。それは、私が創った『アメリア』だよ」


『ははははは』と、主馬は愉快そうに高笑いをする。


複製(クローン)か――」


俺は忌々し気に吐き捨てる。


さっき言っていた遺伝子情報の再生か。

神域を侵された様に、許しがたい怒りがこみ上げて来る。

メアを、穢すな!



「これは紛れもなく、アメリアだよ。彼女の遺伝子、記憶を再構成した存在。複製(クローン)であろうと、原型(オリジナル)であろうと、差異はない。あるのは、受けとめる者の拘りだけ……」


主馬は俺の怒りを、どこ吹く風で受け流す。


「それは、禁忌だ……。許される事ではない」


未来においても、それは倫理的に認められていない。


「君に言われるまでも無い。そんな事は、重々承知している。(ばち)当たりな事だとな」


主馬は肩をすくめ、おどけてみせる。

そして俺の後ろに視線をやり、面白そうに言う。


「そうら、 “(ばち)“ がやって来たぞ」


俺は主馬を警戒しつつ、彼の視線の先を見る。


そこに、黒い(もや)のような物があった。

どす黒く、温かみを一切感じさせない、無機質的な匂いがした。

とても生き物とは、思えなかった。


「 “(ことわり)“ だよ。 “同一の存在を否定する概念“ と云うべきか」


手品の種明かしをするみたいに、得意気に説明する。


「あれは、世界の何処(どこ)にでも存在する。そしてバグとなる存在を見つけては、潰してゆく。ニキビを潰したり、白髪を抜くように。なんの意図も感情も無い。ただエラーを是正しているだけだ」


それは、この世の法則とも謂うべき存在じゃないか。

どう立ち向かえと言うのだ。


「だからこちらは、選べばいい。残すべきモノを、生命力の高いモノを。選ばれなかったモノを差し出せば、アレは去って行く。そうすれば手元には紡ぐべき命が残り、老いれば再び再生し、何度でも甦る。灰の中から蘇る不死鳥(フェニックス)の如く!」


(おぞ)ましい取捨選択が提示された。


「さあ! 君は、どうする?」


知るもんか! 追っ払うだけだ!

俺は闇雲に剣を振う。思念を込めて。

あれが概念と謂うのなら、精神エネルギーをぶつければ効果はある筈だ。


だが剣は、手応えなく突き抜ける。

黒い(もや)に、何の変化もない。

逆に俺の剣は(もや)に触れた部分が黒く変色し、砂のようにボロボロと崩れ去った。



「どんな攻撃も、効かないよ。相手は概念なんだから。いま君が見ているのは、アレの一部でしかない。二次元の存在が、いくら平面上で消滅させたとしても、上下に干渉出来なければ、三次元の存在を消す事は不可能だ」


主馬の言葉は、絶望的なものだった。

けれど諦める訳にはいかない。例え倒せなくとも、追い払う事は可能な筈だ。

だが主馬は、そんな俺を嘲笑う。


「もしここで、アレを撃退したらどうなると思う? 別にどっちでもいいんだ、二つある内の一つを消せれば。複製(クローン)を消す事が難しいなら、原型(オリジナル)を消せばいい。……それだけの事だ」


その言葉は、俺の闘いを全否定する文言だった。

複製(クローン)の救出は、原型(オリジナル)の消滅を意味する。

俺の努力が、メアを殺すのか!


「だから、君がする事は一つ。複製(クローン)を、殺せ! それが本物のアメリアを救う道だ!」


悪魔が叫ぶ。

メアを救う為に、メアを殺せと。



俺の目の前のメアは、怯えた貌をする。

だがフッと諦めたような、悟ったような顔をして、俺に呼び掛ける。


「あなたの手で、殺して。どうせ死ぬなら、あなたに殺されたい。あんな化物に消されるのは、嫌!」


涙を浮べ、笑いながら言った。


「おねがい――」


彼女にとって、生涯一度のお願いだった。

俺には、それを拒むことは出来なかった。


メアは目を瞑り、首を差し出す。

俺は剣を振りかぶる。


「ごめんね、つらい思いをさせて……」


メアは、最期まで俺を気遣う。

彼女の唯一の我が儘が、『愛する人に殺されたい』だった。

やり切れなかった。


「さあ、勇哉! あいつが来る前に!」


メアは叫ぶ。

黒い(もや)が、ゆっくりと近づいて来る。時間は、残されていない。



俺の視界は、涙で霞む。

自分の嗚咽が、耳に響く。

『なんで、なんで、こんな事に!』――情けない声が、抑えられない。

剣を振り下ろし、宙で止まる。それを何回も繰り返す。

俺の手は、ブルブルと震えていた。


「勇哉…………」


メアの心配そうな声が聞こえる。


「ごめんなさい……。無理を言って」


彼女の声は、辛そうだった。

自分の願いが、愛する人を苦しめる事に。

だが彼女は、どうしても欲しかったのだ。

愛する者から与えられる “死“ を。


黒い(もや)が、間近まで迫って来た。

もう残された時間は無い。

俺は剣に力を込める。

メアはキュッと唇を噛みしめる。




剣を振り下ろそうとした瞬間だった。

メアの身体が、砂のようにサラサラと崩れ落ちた。

右腕がボトッと千切れ落ち、上半身がドサッと地面に落下した。


彼女は上半身だけとなり、うつ伏せになりながら顔を起こし、残された左手を俺に伸ばし、最期の言葉を残す。


「あなたに会えて、幸せでした……」


最高の笑顔で、彼女は逝った。


『うわぁぁ――』 俺の叫びだけが、残された。

黒い(もや)は、消え失せていた。



なんで、彼女の望みを叶えてやらなかった。

なぜ俺は、こんなに弱いのか。


俺は、自分を呪った。




「残念、時間切れか」


主馬のつまらなさそうな声が、聞こえた。


「いまの私の力では、複製(クローン)を存在させられるのは、ここまでだ。で、どうだった? 否定できたかね、彼女(クローン)を。原型(オリジナル)を救う為に、消滅させる事は出来たか?」


俺は主馬を睨みつける。

それは、八つ当たりに近い感情だった。


「堪えられなかっただろう、その手に掛ける事に。偽物と分かっていても、殺せなかっただろう」


彼は、俺の弱さを(えぐ)る。


「そんな覚悟では、私を止められんよ。自分を、愛する人を、犠牲にする覚悟が無ければ!」



そう叫ぶ主馬は、修羅の貌をしていた。

修羅を倒すには、鬼になるしかない。




俺は優しさを、捨てることにした。

修羅と鬼が、睨み合った。

ここは主馬のインナースペース。想像したものが、具現化する世界。


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