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双子座(ジェミニ)

穂先にルーン文字が記された槍が、俺に向けられている。

神槍 “グングニル“ か。

“スレイプニル“ といい、まったく……。

普通なら圧倒的戦力差で、戦う前に負けている所だぞ。




「参る……」


俺は気力を振り絞り、一言だけ発し、赤兎馬を駆り、主馬へ一直線に突進して行く。

手には槍が握られている。 “鈴“ 作だ。

無銘だが、歴史上の名槍にも引けを取らない力を秘めている。

主馬の意識は、直線上にだけ注がれている。

それで正解だ。

横に方向転換しようとすれば、一瞬だが静止する事となる。

それは、戦いに置いて重大な隙だ。横に逃れようとするなら、その前に仕留めればよい。

それは真理だ。だがな……。


「赤兎馬、行くぞ!」


俺は首筋に手を当て、合図を送る。

彼は『ブルル』と(いなな)き、脚に力を込める。

瞬間、馬体が宙に浮く。

止まる事なく、円を描くように赤兎馬が宙を舞う。


鈴が授けてくれたギミック、 “磁気浮上“ ――リニアモーターカーの応用だ。

赤兎馬の蹄鉄(ていてつ)にそれを仕込んでいる。


急な方向転換は、主馬も出来ないはず。

『もらった!』――そう、思った。


「つまらん真似を……」


主馬はそう呟き、手綱を引く。

彼の愛馬は速度を落とす事なく、こちらに方向転換する。


『何故!』――俺は物理法則を無視した動きに驚愕する。

そしてその解答を目の当たりにし、舌打ちした。


スレイプニルはその八本の脚を巧みに交差させ、各々違う方向に力を向けていた。

それは法線ベクトルとなり、力の向きが変える。


「パワーを得る為の八本じゃなかったのかよ!」


俺は嘆きの声を漏らす。


「神に、隙はない――」


主馬は冷たく言い放つ。

そして神槍(グングニル)が放たれた。

『決して的を外さない』――その名の通り槍は目標を見失わず、自動追尾ミサイルみたいに、俺の胸へと向かって来た。

そして俺の胸に口づけをし、心臓を穿ち、背中を突き破り、俺の胸に大穴を空けて、飛び去って行った。


俺はどさりと馬上から落ちる。

胸からは滝のように血が流れている。

地に伏す俺の目には、空が広がっていた。


「空が、蒼いな……」


それが最期に思った事だった。






「フゥ。この手も通用しないか……」


俺は馬上で、深い溜息を吐く。


「仕掛けないのか? せっかく先手を譲ってやったというのに……。来ないなら、こっちから行くぞ」


()れるように、主馬は言う。


「仕掛けてますよ、何度も。もうかれこれ七度は殺されましたかね」


頭の中で、何度も挑み、敗れている。

俺の予備動作に、主馬は僅かな反応を示す。

それだけでもう、解ってしまう。戦いの流れが、結末が。俺は何度も断末魔の悲鳴をあげた。


「けどね、それだけ死んだ甲斐がありました。見えました、無限の敗北の中で、残された勝利への道が」


俺の声は希望に溢れていた。決して強がりではない。


「ほぅ……」


主馬は見定めるみたいに、俺の顔をじっと眺める。


「ところでコイツ等は使わないんですか?」


俺は手を握り親指を突き立て、後ろにクイッと回し、周囲を取り囲むケンタウロスたちを指差す。

彼らは俺と主馬を中心に直径50メートル円を作り、等間隔で並んでいた。


「アレは、柵だ。狩りの獲物が逃げ出したりしない為のな」


主馬の声は、余裕に満ちていた。


「大層なリングロープですね。無駄遣いもいいとこだ」


「そうは思わんな。獲物を逃がしたら、元も子もない。その為に費やす労力を惜しむ程、私は吝嗇家(りんしょくか)ではないよ」


謙虚のようだが、それは驕りに塗れていた。

自分の勝利を疑わない驕り。

己の立ち位置が、決して覆らないと云う驕り。


神は、驕る。だが彼らは、それを驕りだとは思わない。絶対的真理だと思う。そこに、付け入る隙がある。


「貴方は、未来が視えているのかもしれない。けれどそれは、一つの未来でしかない。未来は、幾筋も在る。現在(いま)の行ないで、未来は選び取れるんだ!」


主馬の眉が吊り上がる。


「では、見せてみよ、証明してみよ。お前が掴んだ “未来“ とやらを!」


彼は槍を構える、心を構える。俺を滅すと云う思いを燃やす。

槍を薙ぎ払う。穂先が吼える。切り裂くは眼前の敵か、過去の自分か。


神馬が、八本の脚を惜しみなく使い、真っすぐに進んで来る。


「頼んだ、赤兎馬!」


俺は愛馬の腹を軽く蹴り、合図を送る。

正面から迎え撃つ。

神馬と名馬が互いを見据え、突進して行く。

賽は投げられた。



「いい馬だ。いい槍だ。だが、私には及ばん!」


近づく主馬は豪語する。


「先刻承知! 力が、技量が、及ばぬというのなら、知恵を使う。それはあんた達が怖れ、 “禁断の実“ として封じた物じゃなかったのか、神さま!」


「やれるものならやってみろ! 人ごときの力ではどう足掻(あが)こうと、神の喉元は掻き切れん!」


お互い寸毫の位置まで辿り着いた。


「さあ、見せて見よ。貴様の知恵とやらを。ポーカーに()ける “ブラフ“ じゃない事を祈るよ」


余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)と云った表情だ。願ったり叶ったりだ。


「 “双子座(ジェミニ)回路“ 発動!」


俺は封印を解く。

それは、この “双子座(ジェミニ)“ の “黄金鎧(ゴールド・アーマー)“ に施された並列回路。

鈴曰く、『一つの躰に内在する二つの魂の、それぞれの求めに応じて作用する多次元機能』。

よく解らんが、要するに “悠真“ と “勇哉“ の願いの補助機関。

それを使い、馬上からの槍と、もう一つの刃が主馬に襲い掛かる。


それは、地から噴き出した。

黒く太い針が、神馬の足元から無数に突き上げて来た。

砂鉄の針であった。ここまで集め、伸ばし、罠を張って待っていた。


「馬鹿な! こんな未来は無かった!」


主馬は狼狽した声を上げる。

そりゃそうだ。ついさっきまで、この魂は意思は眠らせていた、存在しなかった。

未来は、過去との陸続きだ。

存在しない過去は、無い未来と一緒だ。

主馬はその落とし穴に気づかなかった。


俺の槍が、主馬を襲う。

地から黒い針が押し寄せる。

王手飛車取りだ。さあ、どうする?


「舐めるなっ!」


主馬が吼える。

俺の槍を、躰をくねらせ紙一重でよける。

地から迫る針を、神槍をもって薙ぎ払う。一瞥もせず、正確に、的確に。

まさに、神業であった。

俺の槍は避けられ、針は全て霧散した。


「勝負あったな……」


主馬が、勝者の余裕をもって呼びかける。その顔は、満足そのものだった。

好敵手を打ち倒した嬉しさに。己の力を確信した歓びに。


「ええ、僕の……勝ちです。貴方の合理的判断に賭けた、僕の!」


「なにっ?」


彼の表情が凍る。


「貴方の槍を、よく見て下さい。もう、使い物になりませんよ」


俺の言葉に、主馬は弾かれたように顔を向ける。

そこには、黒くねっとりとした、コールタールのような物に覆われた神槍があった。


「空間を断絶する素材です。貴方の声は、もうグングニルには届きません。新たな主が現れるまで、眠り続けます」


鈴特性の新素材だ。まったくとんでもない物創りやがった。


「賭け、だったんですけどね。その槍を僕に向けるか、地面からの攻撃に向けるか。まあ、『技量の拙い若造の攻撃なぞ、槍を使うまでも無い』との合理的判断でしょうが。……(あだ)となりましたね、それが」


神槍は、ただの棒きれと化した。


「そして、それは神馬にも及ぶ」


主馬が薙ぎ払い飛び散っていた黒い破片が、神馬の躰に纏わりつく。それは見る見る間に増殖し、躰中を覆い尽くした。


「馬鹿な! 仮にも神獣。その身を覆う程のエネルギーは有り得ん!」


彼の主張はもっともだ。


「ええ、だからこちらも身を切りました。ただで追っ払えるなど、虫のいい事考えていませんよ」


俺は下馬していた。そしてその横で、赤兎馬が少しずつ霞んでいった。


「こいつのエネルギーを使いました。神馬と相打ちなら、大金星でしょう」


俺は赤兎馬の(たてがみ)をとかす。

彼は嬉しそうに『プルル』と(いなな)く。


「よくやってくれた。おかげでアイツの脚を奪えた……」


彼は、笑っているようだった。勝ち誇っているようだった。

そして光の粒となり、消えていった。

天馬となり昇っていった彼の後ろ姿を、俺は見送った。


そして主馬と向かい合う。


「さあ、これでお互い飛び道具はなし。……やりましょうか。散っていった、誇り高き(しもべ)に恥じぬ戦いを!」


応えは、なかった。ただ風が強く吹いていた。


主馬は拳を握り締め、顔を俯け、身動きをしない。

ただ怒りの情念が、ゆらゆらと揺れていた。


「巫山戯るなよ。ふざけるなよ。ふざけるな。ふざけんなっ!」


主馬の感情が爆発した。


「私は、負けん! 負ける訳がないんだ! 貴様とは、背負っているモノが違うんだ!」


彼の声が世界を覆う。

そして主馬の背後に、朧気(おぼろげ)に映像が流れ始めた。


「四百年に渡る歴史は、そんなに軽くないっ!」


それは主張というより、信念だった。


主馬の後ろの映像が、明瞭となってゆく。

そこに現れたのは、侍姿の男たちであった。


「これはもしかして、殿倉家の過去?」


ここは主馬のインナースペース。

ならば彼の心象風景が映し出されても、不思議はない。




俺は流れる映像に釘付けになった。

次回、大道寺・殿倉因縁編です。是非ご覧ください。


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