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伝説の生き物が、目の前に迫っていた。


『ケンタウロス』――馬の首から上が人間の上半身となった半人半獣の生き物。

ギリシャ神話で有名だが、似たような伝承は世界各地にある。


古来より、人は求めていたのかもしれない。

類まれなる機動力を持つ生物と、他の追随を許さない高い知性の生物との融合を。

今その完成形が、目の前にあった。

盛り上がった筋肉の胴体。がっしりとした骨太な脚。鋼鉄の堅牢さと皮のしなやかさを併せ持つ、馬部分の下半身。鎧の上からも見て取れる、厚い胸板、はち切れんばかりの二の腕。馬部分に見劣りしない、力強さを体現した究極の肉体美とも云える、人間の上半身。森羅万象を理解したような、賢者のような眼。それらが見事に融合していた。

そいつらが近代兵器を振り回している。


「『ケンタウロス』っていったら、弓矢だろ。なんで機関銃をぶっ放してんだよ!」


理不尽だ! そんな思いが言葉に出る。


殿倉(とのくら) 主馬(かずま)が創った生物(せいぶつ)ですもの、何でもありよ」


事も無げに、明日香はのたまう。


「主馬が創った?」


「それ以外ないでしょ。こんな生物(せいぶつ)が自然発生したとでも? 私は寡聞(かぶん)にして知らないのだけど、どこかにケンタウロスの生息地とかが在るのかしら?」


それは電脳世界か、誰かの頭の中にしかない。


「主馬は何だってこんなモノを……。いくら “馬の神“ で思い入れがあるとしても、やり過ぎだろ」


ついつい俺は零す。明日香はその問いにじっと考え込む。

俺にとっては単なる愚痴だったのだが、投げ掛けられた明日香にはそこに無視出来ない何かが在るようだった。そして彼女は、語り始める。


「……『ケイローン』って知っている? 射手座(サジタリアス)のモデルになった、ケンタウロス族の賢者」


俺は頷く。アキレスを始め数多くの英雄を育てたとして、その名はあまりにも有名だ。


「じゃあ彼の父親は誰か、知っている?」


頭を首を横に振る。流石にそれは知らない。


「『クロノス』よ。ゼウスの父親で、ゼウスの前の主神、そしてゼウスによって倒された神。……クロノスは馬に姿を変えて、女神『ピリュラー』と交わった。だから、その間に生まれた『ケイローン』はその様な姿となったの」


ギリシャ神話はそういうのが多いな。ゼウスも牛やら白鳥やら色々なモノに化けていた。


「そして『クロノス』は『時間の神』……」


思わせぶりな口調で明日香は言う。


「何かの……暗示か?」


俺はここに来る前に見た、主馬の能力を思い出す。そしてあの赤い馬のような目を。

明日香は肩を(すく)める。


「さあ? 言ったでしょ、『考察は任せる』と。不得手な事に手を出して火傷(やけど)するのは、もう懲り懲り」


心底げんなりした顔をする。


「間違っててもいい、お前の意見を聞きたい。ここは、俺たちの知っている現実世界の “奉天(ほうてん)“ なのか? それとも平行世界とか異世界とかの、違う “奉天“ なのか?」


明日香は眉を寄せ、思案する。言うべきか、言わざるべきか。


「……私の考えでは、そのどれでもないと思う」


その答えは俺を困惑させた。では一体、何だというんだ。


「現実世界だとしたら、転移するのに遠すぎる。満州までは、距離があり過ぎる。そして平行世界や異世界では、話の辻褄が合わない。いま主馬は、『新世界』に行こうと必死にエネルギーを集めている。平行世界や異世界にホイホイ行けるのなら、そんな必要はないでしょう。そのどれににしても、移動するのに巨大な力を使わないといけない。状況的に、私たちを倒すのにそんな力を使う余裕は無い筈よ」


明日香の分析は理に(かな)っている。では一体ここは?


「あるでしょう、お手軽に出来る方法が。既に存在する空間に、構成要素を加えて変質させて作り変える。そこでは自分が創造主、絶対の力を持つ場所。つまりここは……」


明日香はゴクッと唾を飲み込む。


「殿倉 主馬の―― “インナースペース“ ! 私たちはあの部屋から、1ミリも出ちゃいないのよ」


俺たちは、主馬の心の内に捕らえられたというのか。


「じゃあ俺たちは、肉体を残して精神だけでこの世界に来ているのか」


それでは、もう詰んでいる。如何にこの精神世界で戦い勝利しようと、現実世界に残した肉体に危害を加えられたら、もうそれで終わりではないか。


「そうじゃないと思う。前に悠真の精神世界に入った時と違う。今のあなたはあの時と違って、厚みがある、存在感がある、肉体を纏っているみたいに、感じる。……多分あなたは、肉体ごと来ている」


「それはそれで問題だな。この世界で負ったダメージは、そのまま戻った世界に持ち越すようになる。当然こちらの世界の死は、元の世界の死を意味する」


「……そうね」


セーブポイント無しの、デスゲームか。

死の使者が、地響きを上げて迫って来た。



敵は兵を左右に長く展開してきた。そして左右両翼が前にせり出し、Vの字となり、両翼包囲(りょうよくほうい)を仕掛けてきた。いわゆる『鶴翼(かくよく)の陣』だ。一度はやってみたい、ロマン溢れる戦法だ。


「まあ、妥当な戦い方ね。これだけ戦力差があれば、自陣を崩されるより、逃げられるのを警戒する」


敵兵およそ1000、こちら3。戦力差333対1。……話にならん。


「ま、なんとかなるでしょ。要は包囲される前に中央突破すればいい。『鶴翼(かくよく)の陣』に対抗するなら『魚鱗(ぎょりん)の陣』よ。両翼は、私と鈴が抑える。悠真は中央――多分主馬がいる所を攻撃して。主馬を倒せば、ゲームオーバー」


気軽に言ってくれる。333対1だぞ。


「コツはね、まともに相手しない事。四方八方から押し寄せる敵をみんな相手していたら、数の暴力に飲み込まれる。敵の攻撃を一定方向だけに誘導し、個別撃破を狙う。地形や状況を利用してね」


言うは易く行うは難し。


「さて、早速お出ましよ」


敵右翼が迫って来た。

上半身に、旧日本陸軍の軍服を身に着けている。

その数およそ300。転進し、中央の俺たちの居る場所に向かって来た。

その中の指揮官らしき男が、銃剣を掲げ檄を飛ばす。

長身で高く通った鼻筋、そして印象的な大きな目。

日本軍の軍服を着ているのに、西洋人のように見えた。

その顔に、見覚えがあった。


「おい、あれ――」


俺は思わずその男を指差し、横の明日香に顔を向け、訊ねる。


「 “秋山(あきやま) 好古(よしふる)“ ね、間違いない」


“日本騎兵の父“ のお出ましかよ。そいつがケンタウロスとなって、機関銃をぶっ放しながらやって来た。俺は頭を抱える。

それに対して明日香は、泰然としている。まるで予想していたかのように。

俺の戸惑いの視線に、明日香はフッと笑い、話しかけてきた。


「ここが何処かを考えると、あいつが出張って来るのは当然でしょう。大地には、思い出が眠っている。力を秘めて。それを掘り起こすには、鍵となる存在が必要」


事もなげに明日香は話す。

だがそれは、この世界では重要な意味を持つに違いない。


秋山兄が駆けて来る。

腰に下げていた軍刀を抜き、頭上に掲げ、檄を飛ばす。


「本日天気晴朗なれども風強し。新世界の(おこ)り、此の一戦に在り。各員一層奮励努力せよ!」


おいっ! 弟の名文をパクるな! いくら兄弟でも、そいつはアカン!


「中々の分析ね。視界良好なので銃弾による遠距離攻撃をしたくなるが、風が強いので流される恐れがある。『軌道計算するか、槍や剣による近距離攻撃に切りかえろ』という指示よ」


すいません。そこまでの深読みは出来ませんでした。

秋山兄は、そこまで考えていたのか。俺は彼に視線を投げかける。


彼は腰に軍刀を収め、反対側の腰に吊り下げていた物を手に取る。

軍用の水筒であった。口栓を開け、ぐびっと飲み干す。


「ぷは~。染みるの~。やはり酒は辛口に限る」


……飲酒運転、お仕事中の飲酒はお控え下さい。

そういえばこの兄弟、一つの茶碗の飯を分け合って食べる程貧しかった時でも、毎日5合は酒を飲む “呑兵衛(のんべえ)“ だったそうだな。戦場でも水筒の中に入れて飲んでいたけど、それだけでは足りなくて、従兵が自分の水筒にも酒を詰めて差し出していたと聞く。現代ならコンプラ違反で、一発でアウトだ。


「いいね、いいね、いいね――――。五臓六腑に染み渡る命の妙薬。く~私も搔っ食らいたい!」


横で鈴がじゅるりと口を鳴らす。

そういえば、ウチにもドワーフがいたんだっけ。


「あの銃、 “M249軽機関銃“ に似てるね。鹵獲(ろかく)したら、分解してもい~い?」


こいつの興味の対象は、相変わらずだ。


「好きにしなさい。その代わり、お楽しみは仕事を済ませてからんね。……あいつは任せていい?」


「イエス、マム!」


明日香も、こいつの扱いは手慣れたものだ。


「よっし! 鈴ちゃんの本気を見せちゃる。……我が思いに応えよ、黄龍(こうりゅう)!」


鈴の叫びと共に、黒い砂塵が舞い上がる。

それは、砂鉄であった。

砂鉄は塊となり、鋼鉄となり、ある物へと変化してゆく。


「あと、これも要るよね」


鈴がまた大地から何かを探し始めた。


「あったー、ポーキサイト! これを “ホール・エルー法“ と “バイヤー法“ を使って精製して――。時間が無いから時短料理で――。出来たっ、アルミニウム! これとさっきのを掛け合わせて――」


見る見る間に、何かの形が組み上がってゆく。


「じゃーん! 鈴ちゃんお手製、モトクロスバイク軍団! ドライバーは、磁力で動く人形でーす」


目の前に、100台のバイクが現れた。

色鮮やかなライムグリーンの車体。

横には『KAYASAKI』と書かれている。

モトクロス用ヘルメットを被った人形がバイクに跨る。

一斉にエンジン音が響き渡る。


「く~、いいね~。2ストロークの、力強く甲高い音。最高のサウンドだわ!」


鈴が悦に入っている。


「私の生まれ故郷 “茅崎(カヤサキ)“ と同じ名を冠し、私の育った神戸のすぐ近くの明石を本拠地とする、世界に名高い “ヘンタイバイクメーカー“ ―― “カヤサキ“ 。何度も工場見学に行き、その仕組みは頭に深く刻み込まれている。とくと味わうがよい、その実力を!」


何か訳の分からん事をほざいている。


「ヘンタイ?」


思わず疑問が口に出た。


「いい意味でね。誉め言葉よ、最上級の。あそこはその、何というか……とんがっているから……」


明日香は奥歯に物が挟まった言い方をする。ああそうだな。あそこは、そうだった。


「 “カヤサキ“ って、 “茅崎(カヤサキ)市“ が本拠地だと思っていたんだが」


「それ、よくある間違い。 “カヤサキ“ は創業者の名前から付けられたのよ。 “茅崎(カヤサキ)市“ とは無関係」


長年の誤解が一つ解けた。


「じゃあ、行ってくるね。者ども、つづけ――」


鈴がバイクに跨り発進する。

その先には、秋山兄率いる300の騎馬隊がいた。


「あっちは鈴に任しましょう。私は、こっちに行くわ」


明日香は右翼から左翼に向きを変える。

そちらからも、300程の軍勢が迫っていた。

俺は彼らの姿を視認する。

特徴的だった。一目で敵の正体が分った。


「おい、アレは…………」


明日香は腕を組み、何とも言えない顔をする。


「そう、アレよ……。清朝初代皇帝 “ヌルハチ“ の軍勢よ」


頭髪の一部を残し剃り上げ、残した髪を三つ編みにして後ろに垂らした、いわゆる “辮髪(べんぱつ)“ をした軍団だった。


「 “奉天(ここ)“ にはヌルハチの陵墓(りょうぼ)があるの。これを使わない手は無いでしょう」


当然の様に明日香は言う。


「強いんだろう……」


俺は不安に駆られ、思わず訊く。


「うん、強いわよ。清朝末期と違って、初期は生粋の騎馬民族で、バリバリの武闘派。秀吉でさえ勝てなかった “明“ を滅ぼしたくらいだもの」


その事実だけで、彼らの強さが窺い知れる。


「けどね、だから予想はしてたし、対策もしてた」


明日香は強がるでもなく、明るく答える。

彼女は両手を広げ、くるくると廻り始める。

身体から赤い靄が噴き出し、周囲を覆う。

それは固まり始め、人の姿を形作る。


100名ほどの侍が現れた。そしてそれに従う馬も現れた。

みんな甲冑を身に着けていた。

甲冑は全身赤く染まっていた。

そして正面に、紋所が描かれていた。

上下左右、隣り合うように描かれた菱形だった。その四つの菱形大きな一つの菱形を形作る。

いわゆる『武田菱(たけだびし)』である。


「武田騎馬軍団よ。それも信玄の最盛期の。相手が『中原(ちゅうげん)最強』なら、こっちは『戦国最強』よ」


これは、どちらが強いなどと言えない。どっちも強い。やり方次第だ。


「任せて。架空戦記は結構読み込んでいるわ。確かに実戦経験は向こうが上だけど、反則技を使った経験なら、こっちが上よ」


確かに、これはまともな戦いではない。如何に相手を()め、実力を発揮させないかの戦いだ。


「知らないかもしれないけど、わたし性格が悪いの」


『きゅるーん』という効果音を出しながら、指を唇に当て、ニコッと微笑む。

確かに性格が悪い。


明日香はくるっと迫り来る騎影を向き直し、騎乗する。

そして敵を見据えたまま、こちらを振り返る事なく、語りかける。


「……死んだりしたら、承知しないからね」


その声は、少し涙声だった。


「ああ、死んだりしない。約束したお前が死ぬまでは。だから……お前も死ぬな」


明日香はその言葉に一瞬静止し、グズッと鼻を鳴らす。


「なまいき!」


彼女は一言だけ残し、騎馬軍団を引き連れ、駆けて行く。


平原に、俺だけが残された。


さあ、俺も行かねば。

ここまでお膳立てして貰ったんだ。

ここで頑張らなければ、彼女たちに合わす顔がない。




俺は敵陣中央に、突進して行く。

不思議と、怖くはなかった。

ここは非現実世界。あらゆる事が、起こり得る場所。


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