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ドワーフ

日もとっぷりと暮れ、夜来香(イエライシャン)の上品で甘い香りが漂ってきた。

洗っていた俺の服も乾いた。もう帰る時間だ。


「そろそろ帰るよ、また来るから」


浴衣から洗った服に着替え、帰る準備をする。


「それじゃあ、鈴を駅まで送って行ってくれねえか。こいつの住んでいるのは駅のすぐそばだから」


「おべ爺たちと一緒に住んでいるんじゃないの?」


てっきり二世帯同居だと思っていた。


「こいつの父親は○○〇に勤めてる。名前くらいは聞いたことはあるだろう?」


知らない奴はいない位の有名な会社だ。ソフトウェアやサービス、システム、製品などを開発・販売している、世界有数の総合電機メーカー、ITベンダーの会社だ。確かこの近くに本社があったっけ。


「小さい頃から機械いじりが好きで、ウチの工場を継ぐかと思っていたが、そこに就職しやがった。旋盤加工より電子工学が面白いとよ。まあ時代かね」


寂しそうにおべ爺は言う。


「計算速度ランキング世界一位のスーパーコンピューター開発に関わっていてな。ほら、コロナん時に感染リスクの確率をはじき出したアレだよ。ハードウェアのCPUはあいつんトコの使ってるんだ。神戸研究所に設置されてるんで、出向という形であっちに行ってた。帰ってきたのは最近だ。……むかし説明したはずだがな」


小学一年生にそんなことが理解出来るか! 無茶をぬかすな!



「まあ立派になっちまって、いまさら工場を継げとは言えねえわな」


誇らしげに、さみしそうにおべ爺は言う。

千多(ちた)ばあちゃんは、おべ爺の肩にそっと手を添える。


そんな二人を見て、鈴が声をあげる。


「おじいちゃん、私が工場を継ぐって言ってるじゃん。私はスパコンより、『挽き物』を回転させながら切削工具(バイト)で削りあげてゆく旋盤が好き。『外丸削(そとまるけず)り』も『突切(つっき)り』も『中刳(なかぐ)り』も面白い。おじいちゃんの跡は、私が立派に継いでみせる!」


おべ爺は鈴の頭をくしゅくしゅと撫でる。鈴も嬉しそうに目を細める。

ここの家族はみんな職人なんだな、鈴の父親も含めて。ただ進む道がちょっと違うだけだ。






「ユマ、おめえ明日なんか予定あるか? ないなら、明日も来てくれないか……。鈴、お前もな」


見送りに出たおべ爺は、真剣な目で言ってきた。

俺はコクリと頷く。それ以外の答えは無かった。



「これで鈴と、なにか美味しいものでも食べておいで」


そう言って千多ばあちゃんは俺に茶色い封筒を手渡す。

うっすらと中身が透けて見える。一万円札が見てとれた。


「もらえないよ、こんなに!」


俺は思わず声をあげる。


「いいから黙って貰っときなさい。これは今まであげる事が出来なかった分なんだから」


そう言って千多ばあちゃんは強引に俺に握らせる。

俺は有難く頂くこととした。






「さ~て、軍資金も貰ったことだし、なんか美味しいもんでも食べようか!」


駅に着いた鈴は、溢れる喜びを隠しきれないように嬉しそうに言う。


「私の行きつけの店があるから、そこでいい?」


この辺りの店はよく知らない。鈴に任せるしかないだろう。

俺はこくりと頷く。


しかし『フェアリー・クイーン』の行きつけの店か。

どんな店に連れて行かれるのだろう。

洒脱なイタリアンか、スタイリッシュなカフェか。

お花がいっぱいでキノコが生えたような、メルヘンチックな店でなければいいな。


鈴は駅の広場を横切り始めた。

その先には広場に置かれたオープン席で、カップル達で賑わうカフェがあった。

あそこに連れて行かれるのか。

俺は場違い感に襲われ、暗鬱たる気持ちになる。


「何してんの、行くよ」


鈴はカフェに立ち寄らず、広場を通り抜けてゆく。

ここじゃなかったのか? 俺は少しほっとする。


広場の先に、ひとつの通りがあった。


「着いたわ、ここよ!」


彼女は通りの入口に高く掲げられた、通り名を表わす看板を指差す。

『バーボン・ロード』と書かれていた。

おい、本当に何処に連れて行くつもりだ。


そこはまごうことなき、飲み屋街であった。

酔っぱらい達が行き交う、飲み屋街であった。

俺たちはその中にある、焼き鳥屋の暖簾をくぐる。

もうもうと上がる煙と、炭と肉が焦げる匂いが漂ってきた。



「おっちゃん、久しぶり。お客さん連れて来たよ~」


「鈴ちゃん、いらっしゃい! おいおい、男連れじゃねえか。みんな、大変だ。鈴ちゃんが男を連れて来やがったぞ――」


その言葉に、うおっ――と店内はどよめきに包まれる。

カップルで賑わうカフェ以上に、()(たま)れなくなった。


「とりあえず、『かわ』と『ぼんじり』と『つくね』と――あと『ハツ』! 塩でねっ」


可愛くない! 注文が絶対可愛くない。女子高生成分が一切ない。おっさん成分満載だ!


「あいよっ。出来るまで、これ食べてなっ。サービスだ。茹でたてで、美味しいよっ」


熱々で、青々と艶のある、新鮮な枝豆が出て来た。

豆もふっくらとしている。実の入り具合が7~8割だ。パンパンになった、育ち過ぎたものではない。

わかっている。これがいちばん香りが高く、さやも硬くなく美味しいやつだ。

俺はほくほくと熱い枝豆を頬張る。


「へいっ、つくねお待ち!」


威勢のいい声と共につくねが出て来た。

丁寧に炭火で焼き上げられたつくねは、絶妙な香ばしさを醸し出している。

串を持ったまま口に運ぶ。舌で押すだけでほろりとくずれる柔らかさだ。

軟骨入りで、肉のうまみが凝縮されていた。


隣を見る。

妖精の女王さまが、つくねを口に運び、美味しさのあまり身悶え、足をばたばたと振っている。


「おっちゃんサイコ――! ああ、酒が飲みてえ――」



こいつ、フェアリーじゃねえ、ドワーフだ。

女王じゃねえ、親方だ。



「鈴ちゃん、とんでもねぇこと口走らないでくれるかな。警察に聞かれたら、この店えらいことになる」


そりゃそうだ。冗談で言っているのは分るが、それが通じない奴らもいる。


「ごめんごめん。つい魂の叫びが出ちゃった。それもこれも、おっちゃんのつくねが美味しいのが悪い!」


とんでもない責任転嫁だ。だが大将は嬉しそうに微笑んでいる。



「おっちゃん、私が二十歳になるまでこの店潰さないでよ。二十歳になったらこの店で、思いっきりビールを飲むと決めているんだから。私の夢を潰さないでよ」


鈴はぐびっと烏龍茶を飲み、静かに呟く。


「ずいぶんと欲のない夢だねぇ~」


「私にとっては、でっかい夢よ!」




夢の大きさは測れない。

このつくねがくれた幸せは、決して小さなものではない。



俺は次に出された焼き鳥を口にし、幸せを噛みしめる。

居酒屋でも、お酒を飲まないなら未成年もセーフと聞きます。

法律的には問題がないと思うのですが……。


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