ポイント(6)
夕刻になると、琉乃は仕事を終え帰宅していた。
この家に暮らしてから自身の身の上を民に知られてからも琉乃は三食料理人から作ってもらっている。
大石からはこの管轄で暮らしているからには例外は作らない方針を伝えられていた。
琉乃は箱一杯のものを持って厨房へと訪れた。
「料理長さん。これ、診察した患者さんから頂いたの。よかったら使ってください」
箱を置いて、琉乃は中の食材を見ながら言った。
「これは琉乃先生、ありがとうございます。また一品いやそれ以上に皆さんに振る舞えますよ」
「皆さんも召し上がってくださいね。いつも美味しいお料理、ありがとうございます」
「ご丁寧に、どうも」
「今日のお夕飯、出来ていたら一緒に持って行ってもよろしいかしら? 」
「琉乃先生の分は、壮馬さまに言われて壮馬さまの部屋に一緒に運んでございます」
「え? そうなの? 」
トントントン。
壮馬の玄関を琉乃はノックする。
玄関が勢い良く開けられる。
「遅いぞ」
「診療が長引いた患者さんがいたから… あの、わたしのお夕飯こちらに運ばれているって聞いたんだけど」
「早く入れ。俺は待ちくたびれてぺこぺこだ」
「え…? … はい、おじゃまします」
テーブルには壮馬と琉乃の二人分の料理が並ばれてあった。
「手洗って来い。それから食べるぞ」
椅子に着席して、洗ったばかりの手を合わせて合掌する。
「いただきます」
「今日の診療はどうだったんだ? 」
「今日はフォローアップを重点的に行いました」
「なんか仰々しいな。いつも通りでいい」
「これがいつも通りです。それよりも、体調どうなんですか? 」
「全然いつも通りじゃない。
俺に平気で弁を立てる女だろう、お前は。
体調はいいぞ。お前の薬が効いている」
「そう、それは良かったです」
「なんか怒ってないか? 」
「~⁉ そんなんじゃないけれど… もう、いいわ。仕事は出来たの? 」
壮馬は笑顔になる。
「ああ、休み休み出来たから身体にもいいし、仕事もなにもしないよりは少しの進捗があってよかったぞ」
「そう、それは良かったわね」
「蜂蜜檸檬、美味しかった。
蜂蜜と檸檬の割合がちょうど良くてな。
あれから厨房に行っておかわりを頼んだんだがお前と同じ味にはならなかったんだ。
あとでまた作ってくれ」
「はい。国の主の仰せのままに、ね」
「それよりも、琉乃。お前、俺のこと貴方と呼ぶだろう?
おれはこの国の主だ。貴方という名ではない。北山壮馬という名があるんだ」
「なんて呼べばいいの? 」
「壮馬、と呼べ」
「呼び捨てになんて出来ないわよ。国の主でしょう? 大石さんの目が光ってるわ」
「じゃあなんて呼ぶんだ? 」
「きちんと皆さんと同じように壮馬さま、と呼ぶようにするわ」
「へ―、そう… 」
「なに怒っているのよ? さっきから変よ? 」
「怒ってもないし、変でもない! 」
「… そう、なら良かった」
「… 」
ふたりは食事を済ませ、琉乃は食器を片付けに行ったついでに蜂蜜檸檬を作ってまた壮馬の部屋に戻った。
いまだに壮馬はむくれてなにも話そうとしない。
琉乃は静かに溜息をついた。
「蜂蜜檸檬、作ってきたわよ。ここに置いておくから」
「… 」
琉乃は自分の分の蜂蜜檸檬を口に運び、無言の中、隣で壮馬もそれを口に運ぶ。
「… やっぱり上手いな」
「それは良かったです、壮馬さま」
「… 」
また無言になる。