Betrayal within betrayal(11)
数週間が経った。救命救護室で琉乃は祠で倒れていた衛兵の数少ない生き残りの者たちの看護をしていた。現在でも目を覚まさずに苦痛を強いられている者たちだ。まるで悪夢に取り憑かれているようだった。
或る衛兵は爪をたてている。自身を痛めつけていることで少しの快楽を感じている。快楽を感じては頬が緩み、また引きつる。
(表情の機微は医師の学習の基本中の基本。そこから患者心理を見極める判断基準となる…… なんて、学生時代が懐かしい。まさか、それを使いこなす日がくるなんて思ってもみなかったけれど…… )
奥の簡易な研究室に進むと、すかさず琉乃は顕微鏡を覗いた。そこにはあの、乳鉢に残った壮馬たちが作った聖伝に書かれた薬があった。
「不謹慎よね…… 」
琉乃が医師免許を剥奪された理由は、タブー視されていたある研究を世間に知られた為だった。その研究はまだ段階を踏んでいる途中のことだった。
「まさかその決定打を示す薬が、この世界にあるなんて…… 」
(ううん、まだ決定的とは決まっていない。この薬から派生する薬をわたしはつくらなければならない。それはつまり、この世界でわたしの研究を証明する、ということになるわ)
目頭をつまみ、窓を開けた。風が小さく入ってきた。遠くから民の声も乗ってきた。
「萩原さんの作る炭が肥料にもいいらしいのよ」
「まあ、いい仕事ねえ。私たちの仕事にも精を出してくれるなんて」
「それより聞いた? 大石さん、なんでも得体の知れないスラムな中年男をしもべにして貧相な生活を送っているらしいわよ」
「そうそう、なんでも財産も没収されたとかで… 落ちぶれたものよねー 」
琉乃は元居た世界を思い出していた。あの大きな地震が起こる前、世界はAIが進化し続けていた。それと同時にアナログなものの価値も附随していたのが琉乃が生きていた2222年だった。
器用にこなすデジタルが進化したが故に、人間の荒さに価値を見出していた。だからこそ、人間が不器用にこなす何か、や、舞台に立つ心の恐怖でさえも魅力を感じることが出来る人間というのが、琉乃が生きていた時代だった。
「妖怪物語にくるみ割り人形、か…… 」
琉乃はやりかけの仕事を終わらせ、研究室と救命救護室をあとにした。そのまま森の中に進んでいく。霧が追いかけてきた。辺りは満面のハーブ畑。
ウッド造りの簡素な家の扉をノックした。扉を開けたのは、梅だった。
「待っておったぞ、琉乃」
「遅くなりました、梅さま」
「いまハーブティーを淹れようとしていたところじゃ」
梅の住まい、ハーブは勿論のこと、緑が沢山生活を共にしていた。湯がコトコト沸いていた。椅子に既に座っている人がいる。ハーブティーを淹れるカップとソーサ―が4脚、準備されてあった。




