ポイント(3)
夜、琉乃は風呂から上がりベッドの上で瞑想をしていた。
「段階的に行わなければならない。現段階でのことは大体終わった。さて、次のこと、そしてそれから次のことを考えねば… 」
音がする。
琉乃の部屋の家のドアがノックされた。
ドアを開けるとそこには大石がいた。
「大石さん、こんな時間にどうしたんですか? 」
「琉乃さま、夜分遅くに申し訳ありません。実は、壮馬さまが体調を崩してしまいまして… 」
琉乃と大石は壮馬の家へと訪れた。
「壮馬さま、具合どうですか? 」
壮馬はベッドから起き上がるが身体に重みがある怠さを隠せていない。
「大石、余計なことをするな… 」
「ですが壮馬さま… 」
「一晩寝ればすぐよくなるから、大丈夫だ。そういうわけだ、琉乃。帰ってくれ」
「失礼いたします」
「おい、聞いているのか⁉ 」
琉乃は壮馬の首元を触診した。
「おい、余計なことをするなと言っているだろう」
琉乃は自身の額を壮馬の額にあてた。
壮馬は顔をさらに赤くして硬直している。
「38度以上はあるわね、おとなしくしてなさい。食欲はある? 」
「昼食は飲み物だけしかとってません。夕食も食欲がないと言ってなにも口にしておりません」
「大石、それ以上は言うな… 」
ベッドの中で絞りだすように声を出す壮馬にはこの部屋の中ではもう権限はないようだ。
「料理人に頼んでお粥を作ってもらうことは出来るかしら? 」
「厨房は既に終っておりまして、料理人たちも帰宅してしまってます… 」
「そう、わかったわ。とりあえず、水分とりましょう」
壮馬はもう抗う気力がなかった。
「口開けて。…
扁桃腺が腫れているいるわね。恐らく風邪ね。
ちゃんと休息をとった方がいいわ。
大石さん、明日、この人、仕事お休みすることできる? 」
「調整します。壮馬さま、休んでくださいませ」
「おい、仕事を休むわけにはいかない。俺は明日もいつも通り仕事をするぞ」
「休むのも仕事のうちよ」
「… しかし… 」
琉乃は壮馬の立場を考えた。
そうだ、ちょっとやそっとじゃ休めない立場の人なのだ。
「家でデスクワークなら体調みながらやってもいいわ。
でも基本は休むことをベースにね。
休むときに休まないとあとあとに長引いちゃうから」
「… ああ、わかった」
横になった壮馬の額に琉乃は冷やしたタオルをあてた。
「大石さん、わたしが看てるから大石さんは自宅に戻ってもらっていいわよ」
「しかし… 」
琉乃は笑顔で答える。
「大石さんは明日、この人の分も頑張らなきゃいけないんでしょう?
今日の分の疲れ、ちゃんと睡眠とって休まなきゃ大石さんもダウンしちゃうわ。
大丈夫よ、わたしがついているから」
「痛み入ります。壮馬さま、それでは私はこれで失礼いたします」
大石がその足で壮馬の部屋を去ると、琉乃は枕もとにやってきた。
そして頭を撫でる。
「… なんのつもりだ」
「ゆっくり休める、おまじないです」
「子供騙しだな」
「じゃあ、騙されてみたら? 」
撫でる手に心地よさを感じながら、壮馬はそのまま眠りにつく。
そんな壮馬を見守りながら、琉乃はそっと壮馬の部屋を出た。
それから1時間半位して、壮馬は薄っすらと目が覚めた。
良い匂いがする。
「起きた? お腹空いたでしょう」
壮馬のお腹がタイミング良く鳴った。
琉乃がくすくす、と笑っている。
「お粥と根菜の煮物作ってきたの。
お口に合うかどうかわかりませんけど、どうぞ」
椀の中に盛られたそれらはとても美味しそうに香っている。
口に持っていくと、想定以上に美味しかった。
「これ、お前が作ったのか? 」
「ええ、厨房を勝手に借りちゃったんだけどね。
明日大石さんに言っておくわ。
冷蔵庫の中のもの、勝手に拝借しちゃったって。それと、これも」
琉乃は壮馬の枕元に氷枕を置いた。
「これ、していた方が治りが早いわ」
壮馬はあっという間にたいらげた。琉乃は壮馬に薬を渡した。
「風邪薬よ。数日間は服用したほうがいいわね」
「粉薬は苦手なんだ。… 苦いだろう? 」
「子供じゃないんだから、ほら、さっさと飲んで」
「飲まなくても休んでいれば勝手に治る。薬は要らない」
「あのねぇ… 病気を安易に考えてはいけないわ。
肺炎にでもなったりしたらどうするの? 」
「大丈夫だ、ご飯も食べれたからもうよくなる一方だ」
琉乃は溜息をついた。
そして、そのまま粉薬を水と一緒に口に含み、壮馬の口に移した。
壮馬は目を見開いて琉乃をみた。
「飲み込んで」
言われるまま、ごくり、と飲み込む。
壮馬は薬だけでなく全てを飲み込んでしまったような気がした。
「次からは自分できちんと飲みなさい。OK? 」
こくん、と静かに壮馬は頷きそのまま床に入る。
琉乃は壮馬の食べたあとの食器を片付け、そのまま外へ出ようとした。
壮馬はその気配に気付き、ベッドから起き上がった。
「行くのか? 」
「… 寝てた方がいいわ」
ドアの閉まる音と共に琉乃は行ってしまった。
壮馬は消化しきれないものを抱きながら布団にくるまった。
20分ほどたってから、ドアが開き琉乃が現れた。
「部屋に戻ったんじゃないのか? 」
「食器洗ってきたの、そのままに出来ないから」
琉乃の手には紙と筆があった。
「寝ていいよ。わたし、ずっとここにいるから」
「… ずっと、か? 」
「風邪ひくと、寂しくなるの知ってるから」
「… 俺はそんなことには慣れている」
「… そう、わたしはずっと慣れない。
この先もずっと、慣れないと思う」
「ここにいたければ、ずっといればいい」
「… ありがとう。机、借りるね」
壮馬は布団をかぶり、琉乃に背を向けた。
そのあとで、琉乃の方に身体を向けた。
薄ら目でみると琉乃はそんなことお構いなしに筆で書を書いている。
心地よい空間で眠りにつくのはいつからのことだろう、と思いながら壮馬はそのまま夢の中にいざなわれていった。