ポイント(2)
琉乃は大石が帰ったあとに地図を見ながら大体の目星をつけた。
「大体この範囲くらいかな… さて、行きましょうか」
勿論、周りには誰もいない。
琉乃は筆と紙をもって出掛けた。
この琉乃が住んでいる家、部屋は保険省庁一帯にある。
いわば国の機関の人間が仕事をし、生活をする一帯を指す。
ここからの距離を大石からもらった地図をみて目星をつけた距離のところに出向いた。
処刑所に集まった民から診療を受けたいひとを集い、住所を書いてもらった、その紙を頼りに琉乃は一軒一軒みてまわった。
そして紙に赤、黄、緑と書いたものを家々に置き、地図にその色を書き、それを繰り返す。
それから大体の目星をつけた距離を出歩き診療の必要の有無を聞いて回り、怪我や体調の程度に合わせて色をつける。
いわゆる簡易的なトリアージである。
それを数日間続けた。
「肩が張るな… 」
肩を回して琉乃は地図上の色を判別した。
「しかしずっと研究職だったわたしが現場に出るとは… 不安が募るわ。けれどもうあとには引き下がれないわ。やるだけやってみせる! 明日から実務ね」
朝早くに琉乃は目を覚まし、森へと散策に行く。
その様子を壮馬は窓からみていた。
琉乃は早々に家を出たら、赤のついた家に行き、診察・手当をする。そして次に黄のついた家、そして更に次として緑のついた家へと行き、診察・手当をした。
幸いなことに重い病状をした民はいなかった。
壮馬は省庁にいた。
他の閣僚との連携は程よくストレスがかかる。人間関係は社会の位については嫌なほどついてまわる。
「以上、法案は現行の通り行う。今日はこれまでだ」
閣僚たちが立ち上がり、壮馬が会議室を退出しようとした。遠くで閣僚の小さな声が壮馬の耳に入る。
「若いやつが、本当にわかっとるんか」
「民からの信頼も薄らいできている。焦っている証拠だな」
ばたん、と壮馬は大石を隣に控え会議室のドアを閉めた。
省庁から出てきた壮馬は、距離のある間を世話しなく小走りの琉乃に気付いた。
遠目で見る、壮馬の瞳に映る琉乃はなんというか、伝う汗の良い意味を教えてくれていた。
「壮馬さま」
「なんでもない。あいつも他の者と一緒だ。俺のことをきっと、無能とでも考えているのだろうな」
「… 壮馬さま」
壮馬が咳をする。
「壮馬さま、大丈夫ですか? 」
「ああ、なんでもない」
壮馬の足元に男の子が近寄って来た。優弥だった。母親が慌てて優弥に言って聞かせる。
「だめよ、優弥。申し訳ありません、壮馬さま。去ります」
大石が話しかけた。
「無事に毎日を過ごせていますか? 」
母親が恭しく頭を下げる。
「ありがたいことでございます。
あの… 琉乃先生から聞きました。
壮馬さまは最初から私たちを処刑するつもりはなかった、と。
壮馬さまは琉乃先生を試したのだと…。
琉乃先生が忙しい傍ら我が家へときてくださいまして、頭を下げてくれました。
全て自分のせいだと、許してくれと。
私たちはそんな風に言ってもらえるような立場ではないのに、琉乃先生は一生懸命に話してくれました。
そしてお爺さんのこむら返りも治してくれました。
私はこの国に生まれたこと、そしてこのような国の主さまのもとで生きていることに感謝しました。
この子を始め、我が家がお世話になりまして… 本当にありがとうございます」
母親は一礼し、優弥と共に去って行った。
壮馬は先程いた琉乃を距離の向こうに探したが、琉乃の姿はそこにはなかった。