The Cow(5)
松田は省庁内を歩いていた。
官僚、橋本・羽柴・深田の言葉を反芻していた。自分がこの政界に入るまでの経緯、苦労、そしてその光跡を与えてくれたのは紛れもなく自分と同じ道を歩んできた先人たちだった。
大石のもとで行ってきた事務次官としての生業。それはつまり壮馬の指示のもとであったことを松田は再認識していた。
東乃宮琉乃という女の所業と壮馬と大石たちの距離的関係の矛盾に松田は腹の虫の居所が悪い。
松田は目を閉じた。そしてゆっくりと、黒い瞳を開いた。
その先に壮馬が大石を引きつれて歩いてきた。松田は一礼した。
「松田、ご苦労。省庁内の職員の仕事の進捗具合はどうだ? 例の件で滞る報告はないか? 」
「壮馬さま、お気遣いありがとうございます。職員は順調に職務を遂行しております。なにかありましたら報告させて頂きます」
「ああ、頼んだ」
大石が壮馬に一言掛けた。
「壮馬さま、琉乃さまの進捗具合を… 」
「ああ、わかっている」
松田の黒い瞳がうわづいた。
「…… 」
「松田くん、あとは頼みましたよ」
「かしこまりました、大石さま」
簡易な研究室で琉乃は溜息をついた。
「医学的な観点はここまで、… かしら」
琉乃はとりあえず自身で出来る予防策は講じた。防護服を脱いで研究室を跡にした。琉乃にとって考えなければならないことはまだあった。
考え事をしながら自分の部屋へと戻る途中だった。琉乃はなにかにぶつかった。
「お前はそれが癖なのか? 」
呆れ顔で壮馬が立っていた。横には大石もいる。
「壮馬さま… 」
琉乃は壮馬に松田からの伝言を聞いたか確認しようとした。その時、大石が壮馬に伝えた。
「衛兵の報告では鈴木一家の行方が難攻しているとのことです」
「そうか」
鈴木一家の行方… 琉乃はまさにそれを考えていた。
「ねえ壮馬さま、ひとつ不思議なんだけど、この都にかくまう所なんてあるのかしら…? 」
壮馬の右頬がぴくり、と動いた。
「壮馬さま? 」
壮馬は考え込んだ。
(まさか… いや、考え過ぎだ)
「どうしたの? 」
「いや、なんでもない。琉乃、ご苦労だ。きちんと身体も休めろよ」
「… はい」
壮馬はそのまま大石を引きつれて行ってしまった。
琉乃は壮馬の過行くさまを見ていた。それは広くて、壁のような背中だった。




