The Cow(2)
琉乃が鈴木家に入ると、家屋の調べをしている衛兵は数人だけ残りその他の衛兵は捜索に乗り出していた。
琉乃は家の中を見回した。殺風景ではあるがきちんと生活様式があり、窓も開いている。窓は開いたままで風に揺れていた。恐らく、事件が起こった当初から開いていたのだろう。衛兵たちは壮馬の指示でなるべく事件が起こった現場を荒らさぬようにしていた。
テーブルや少しの家具は引っくり返され物色された形跡もある。
台所はちょっとした調理道具も棚から引っ張り出されていた。台にいくつか零れた跡があった。
「牛乳… 」
琉乃は注意を払いながら家の中を見回った。
ここは放牧を営んでいたのだから牛乳料理がよくでていたのだろう、そんなことを思いながら平常心を保った。
鈴木さん、鈴木のおかあさん、瑛輔さんに百合さんはとても朗らかで気持ちの良い家族だった。出来ることならば無事を祈りたいと琉乃は何度も思っていた。
そして、余計なことは考えてはならないと葛藤していた。
何故結婚式当日というこの日にこのようなことが起きたのか? この日ではならなかったのか、偶然か必然か。
「琉乃先生、大変なことになりましたね」
安岐が背後から琉乃に話しかけてきた。
「安岐さん、貴方もここに来るよう命が出たの? 」
「ええ、大石さんから直々に言われました。琉乃先生のサポートをしてくれ、と」
「そう、ありがとう」
安岐は水の流行り病の時も献身的に琉乃をサポートしてくれていた。看護を担当してくれていた官職の人たちの軸的な役割をしてくれていて、琉乃にとっては心強い人物だった。
「此処に来る途中、民の噂話が耳に入ってきたんですけど、なんでも鈴木さんの卸している牛乳、前に比べると各段に量が減ってきていてみんな困っていたそうですよ。しかも質も落ちていたというふうに言ってる人もいました」
「牛乳の量と質の低下がみられていた… 」
「ええ、一部の民からは夜逃げじゃないかと心無いことを言う者もいます」
(夜逃げ… そう捉えられなくもないけれど結婚式当日にそんなことをするものだろうか。いや、それ以上に… )
琉乃は足元にある物に目をやった。安岐もそれに気付いたようだった。
「あれ? 手編みのくつ下ですか。百合さんの手作りかな? 器用そうな娘さんでしたもんね」
「… 安岐さん、ちょっとこっち来てくれる? 」
「はい」
琉乃は安岐を連れて家と放牧場の間の草の生えた通りに来た。そこは琉乃が先程疑問を呈した場所だった。
「琉乃先生、これ血ですよね? 」
「ええ、吐血した跡よ」
「吐血… 」
安岐は血を見ながら考えた。
「もしここで襲われたのならその時の刺傷跡や襲撃跡…つまり負傷した痕跡、血の跡があってもよさそうですよね。けれどそれが無い。吐血の跡だけがある」
「逆に言うならば、吐血は意図したものではない」
「鈴木家の中にもともと体調不良の方がいた、ということでしょうか」
「そうみてよさそうよ。けれどわざわざ病人を襲ったり誘拐する理由がわからないのよね」
「うーん… 理由ですか」
「家の荒らされ様も納得いかないのよね。基本、都の民の生活は自給自足でしょ? 金目の物がここにあるなんて普通思わないわよね」
「物色の目的は金目のものではなくて別の目的ということでしょうか」
「そうね、それかカモフラージュ」
「なんの為に? 」
「わからない。可能性の段階でしかないけれど」
「そういえば、民が言ってましたよ。鈴木さんちの旦那さんがたまに夜遅くに都をうろうろしている姿をみたって噂してました」
「夜遅くに? 」
「ええ、それを奥さんや息子さんが慌てて家に連れ戻していたとか」
琉乃は考えこんだ。そしてポッケの中からプラスチックグローブと袋を取り出した。
「とりあえず、必要なことはしておいた方がよさそうね」
開いた口が塞がらない安岐は溜息混じりに言った。
「そんなもの常に持ち歩いているとか、琉乃先生らしいですね」
「そうかしら? 」
牛が声高々に鳴いた。安岐が笑う。
「ほら、牛もそうだって言ってますよ。それにしても牛たちも可哀そうになぁ。どうするんだろう、これから」
「今、それを考えてあげられる余裕があればいいんだけどね」
「そうですよね。あ、あっちの牛は元気がない。ご主人さまのことを憂いているのかな」
琉乃は溜息をついた。採取した草についた血を袋の中に入れて立ち上がる。
「安岐さん、行きましょうか」




