The Cow(1)
鈴木一家が行方不明になった結婚式当日は実に騒然とした空気に包まれていた。琉乃は鈴木家と百合が時間になっても現れないことから、会場を跡にして鈴木家に来ていた。すると家が荒らされており、一家もろとも姿が無かった。琉乃の後から来た結婚式の参列者がその異様な光景を目の当たりにし、会場にいる者たちに知らせ、それがあっという間に民に拡がった有様だ。
牛たちが声高々に鳴いていた。鈴木家を遠巻きに見ている民が同情するように言った。
「きっと鈴木さんの悲劇に嘆いているのよ」
他の民たちがそれに共鳴しているようにしていた。
放牧されている草草に琉乃はしゃがみ込んだ。
「刺傷のときなんかにでる血痕じゃない。これは… 吐血の跡」
「ほお? では何と見る? 」
壮馬が大石と衛兵らを引きつれて現れた。
「壮馬さま、国の主が直々にお出ましですか」
壮馬の顔が引きつる。大石がすかさず琉乃に耳打ちをする。
「琉乃さま、いまの壮馬さまのお立場をお分かりでしょう。この事件を無事解決すれば民からの信頼も取り戻せる筈です」
「大変なのですね、色々と」
大石が首を縦に振った。壮馬が顔を赤らめて咳き込む。そして民に向けて声を上げた。
「皆の者、今回の件については衛兵を可能な限り動員させ解決に取り組むことにした。民の安全は担保されていると思って良いだろう。皆の者、安心して生活を送りなさい」
民らから歓声があがった。
壮馬は早速衛兵らに指示を与え、順々に動いていった。家の中の痕跡と周囲の捜索だ。
壮馬は振り返り、琉乃のもとに改めて来た。
「琉乃、お前はこの件をどう思う? 」
「どうって… まだ何とも言えないけれど、気になる点はいくつかあるわよね。けれどそれがなにを示すのかまではまだわからないわ」
「そうか… 」
「壮馬さま? 」
「琉乃、お前をいつもこんなことに巻込んでしまって申し訳なく思っている。その、なんというか… 」
壮馬が口を紡ごうとした、その時だった。
遠巻きにいる民の中から駆けつけたであろう声がした。
「百合! 百合‼ 」
「なんだ? 」
壮馬が民の方をみた。年配の女性とそれを支える年配の男性、そして隣には若い男性が悲痛な顔をしていた。
大石が壮馬に耳打ちをした。
「壮馬さま、あの民は花嫁の家族です。父親は確か官職で事務補助をしていたと記録には残っております」
「そうか」
「ちなみに、花嫁の百合さんは民の教育制度では首席をとっております」
琉乃の耳にも大石の声は入っていた。
壮馬は井上家のもとへと近づいて行った。大石もそれに続く。
井上家の父、井上修三は壮馬に気付き顔を傾げ敬った。兄、修平もそれに続く。
「壮馬さま、この度は我が娘のためにご尽力をありがとうございます」
「いや、都の秩序のためだ。それよりも、心痛察する」
「ありがたいお言葉、ありがとうございます。しかし、これも運命ともいえるのかもしれません。ご尽力頂いているにも関わらず、このような無礼をお許しください」
「どういう意味だ…? 」
「百合! 百合―‼ 」
「母さん… 」
兄の修平が母を支えていた。兄が口を重く開いた。
「百合は、俺たちが反対するにも関わらずそれを押し切って鈴木家に嫁いだんです。俺たち井上家は民の中でも代々学力が優れていて、血筋となる者はそれ相応の家柄であることが家訓にあるのです」
修三もそれに続く。
「百合は、大切に育ててきました。民として与えられた教育で優れた結果を残すよう、きちんと教育をしてきたのです。その過程で私たちがどれだけの地位にいるのか、弁えること、そして毅然とすることを教えてきたつもりです。それなのに、あんなに愚かな娘になるとは思いもしませんでした。百合が鈴木家に嫁ぐことは勘当同然だったのです」
「愚かな娘…? 」
壮馬が不振な顔をして聞いた。修三は慌てて顔を伏せた。
「いえ、こちらのことです。このような娘のためにご尽力を賜りまして心から感謝申し上げます」
「衛兵を使えるだけ使い、解決へと向かうつもりだ」
「ありがたきお言葉です」
修三と修平が深く頭を下げ、壮馬は向き直った。その先に琉乃が顎に手を添え考え事をしてる姿があった。
(結婚式会場に井上家が参列していなかったのはそのような理由があったから… 百合さんの置かれていた環境背景が浮き彫りになってきたわね。それにしても、百合さんはどちらかというと穏やかでおっとりしているタイプだったわ。父親や兄のように家系を誇示するタイプではない。ある意味、百合さんは井上家では違和感、それよりも疎外感を感じていた可能性があるのかしら)
壮馬は琉乃の顎を持って自分の顔に近づけた。
「なにを考えている? 」
壮馬の長いまつ毛を近くに見た琉乃は、笑った。
「さあ? なんでしょう? 」
壮馬は琉乃の近い笑顔に顔を赤らめた。そして手を払い顔を背けた。
大石が壮馬の肩に手を掛ける。
「壮馬さま、見事に返り討ちにされております」
「大石、あいつ反則だろう」
「琉乃さまにその認識はございません」
琉乃は考えを巡らせていた。
(壮馬さまのDNAか… 優良物件で誰もが欲しがりそう)
その時、琉乃の頭の中で修三と修平の言葉が霞めた。
壮馬が気を取り直して琉乃に声を掛けようとした時だった。琉乃がなにかに閃いた顔をしていたことに気が付いた。
「琉乃? 」
「もしかして、百合さん… 」
「琉乃さま、どうかされましたか? 」
大石が声を掛けると琉乃ははっとした。
「あ、いえ。なんでもないです」
壮馬が明らかに不機嫌になった。
(絶対に何か隠しているな)
大石は壮馬の様子に気付いた。
(ドギマギしたり怒ったり、忙しいお方だ)
琉乃はそれどころじゃないという様子で我先に鈴木家に向かってしまった。
大石は深い溜息をついた。
(まったく、このおふたりは何とも自由人というか… )
「行くぞ、大石」
不機嫌になっている壮馬のあとを大石は追った。
(やれやれ… )




